幸福な老いにうまく成功することは「サクセスフル・エイジング」と呼ばれ、超高齢化が進む今日の社会において注目を集めている。どうすれば老いに“成功”できるのか? 60万人の遺伝子情報を調査・分析した研究で、老いに成功できる人物の特徴が浮かび上がってる。
■ビッグデータ分析で判明した“サクセスフル・エイジャーズ”の特徴
幸福に老いることに成功した人々、サクセスフル・エイジャーズにはどんな特徴があるのか。60万人以上の遺伝子情報というビッグデータを分析して判明したサクセスフル・エイジャーズの特徴が公表されて話題だ。
英・エディンバラ大学の研究チームは北米、ヨーロッパ、オーストラリアの人々を対象にした25の集団調査のデータと、60万人以上の遺伝子情報を分析して明らかになったサクセスフル・エイジャーズの特徴をまとめた研究を先日、学術ジャーナル「Nature Communications」で発表した。その概要は下記の通りだ。
1.高い知性
ビッグデータを分析したところ、高校卒業時からその上の高等教育を1年受けるたびに11ヵ月寿命が伸びていることが判明している。大学で4年間教育を受けた者は高卒者よりも寿命が3年7ヵ月長いことになる。
もちろん単純に学歴がそのまま知性に結びつくわけではないが、多く教育を受けた者が健康的なライフスタイルを選ぶ傾向があり、危険で不健康なアクティビティを避ける可能性が高いことが指摘されている。
2.ノンスモーカーである
幸福に老いることに成功した者の多くが非喫煙者であるか、あるいはどこかの時点で禁煙した人物である。タバコと肺がんの因果関係は完全には証明されてはいないが、ビッグデータを分析すればやはり強い関連があるということだ。そして禁煙に成功すれば寿命は徐々にノンスモーカーの平均に近づいていくという。
3.オープンマインドである
幸せな高齢者生活を送っている人物は、寛容で広い心を持ち、好奇心が旺盛であることが浮き彫りになっている。高齢になっても自分にとって新しい体験を追い求める人は、毎日同じような生活を送る人よりも寿命が長いということだ。
4.“善玉コレステロール”値が高い
サクセスフル・エイジャーズは動脈硬化や心筋梗塞を予防する“善玉コレステロール”と呼ばれるHDLコレステロールの値が高いということだ。HDLコレステロールの値が高い人は遺伝子情報で特定できる。健康な高齢者にはこのHDLコレステロールの値が高いことが判明している。
ではどうすればHDLコレステロールを増やせるのか。それには3つの方法があるということで、まずは体重の減量、運動、そして喫煙者においては禁煙である。さらに青魚、クルミ、亜麻仁といったオメガ脂肪酸が豊富な食事も、HDLコレステロールを上昇させることが判明している。
逆に寿命を縮める要因として、生涯に及ぶ喫煙は平均7年の寿命短縮に繋がり、BMI値が平均から1増える毎に7ヵ月寿命が短くなるということだ。一方ですでに肥満の人は体重を2ポンド(約900グラム)減量することで、2ヵ月寿命が伸びるという。特に肥満は冠動脈心疾患と強い因果関係があり短命に繋がるということだ。
サクセスフル・エイジャーズを目指すことは個人の幸福のみならず、医療費の削減にも繋がり個人と社会の“ウィン・ウィン”な関係を実現するものにもなる。もちろん最終的にはそれぞれの人生観の問題にはなるが、中年期に入ったならばサクセスフル・エイジャーズを少し意識してみても良いのだろう。
■若者は老人をどう見ている?
サクセスフル・エイジングは中高年にとって大きな希望となるが、それでも一般的に老いはネガティブな印象をもたらすものだろう。
たとえば2016年の研究では実験参加者の老いた時の顔の予想図を画像を加工して作成したのだが、それ見せられた参加者は老化についてより否定的になり、高齢者全般を無用な者だと判断する傾向があることがわかっている。
日本をはじめ先進各国で高齢化社会を迎えているが、若年層は実際に老人からどのような印象を受けているのだろうか。最近の研究では興味深い実験が行なわれている。
中国・新疆師範大学の研究チームが行なった実験では、若者(18~23歳)60人、高齢者(60~87歳)60人の実験参加者に任意の老人の画像を見せて、その人物の人となりを物語るベストな言葉を80個の中から15個選んでもらった。
80個の単語にはポジティブな言葉が40個、ネガティブな言葉が40個あった。実験参加者は若者と老人の比率は同じ割合で半分に分かれて、Aグループはポジティブな言葉もネガティブな言葉もごちゃ混ぜになっているリストから言葉を選んでもらい(つまり一見してその言葉がポジティブかネガティブがわからなくなる可能性のある状態)、Bグループはポジティブな言葉とネガティブな言葉がきっちり分かれて表示されたリストから単語を選んだ。
収集した回答を分析した結果、Aグループの高齢者は老人の画像にポジティブな言葉を結びつけていることが判明した。そしてBグループの高齢者とAB両グループの若者は総じて、老人の画像に対してポジティブな言葉とネガティブな言葉を半々の割合で結びつけていることもわかった。つまり若者は老人を特にネガティブな存在として見ているわけではなく、高齢者においてはむしろポジティブな印象も与えているのだ。
そして研究チームは実験参加者たちが80ワードからどの言葉をよく選んでいるのか、それぞれの単語の選ばれた回数を算出し、グループ別の傾向と若者と高齢者の言葉の選び方の違いを探った。分析した結果、若者と高齢者の言葉の選び方の違いは大きく、またAグループとBグループの選んだ言葉もかなり違うことが判明した。つまり老人や老いに対する印象はそれほど決まりきったステレオタイプなものではないということになる。
いわば世の中の“老人観”を探った研究ということなるが、老人が特別ネガティブで決まりきった固定観念で見られているわけでもない実態が浮き彫りになり、今後まだまだ世の“老人観”を変えられる余地があることが示されることになった。“老い”のイメージは現在進行形で変わりつつあるのだ。
■歳を重ねるほどにメンタルヘルスが向上する
そして実際に“老い”のイメージが大きく変わる研究が報告されている。歳を重ねるほどにメンタルヘルスが向上しハッピーになれる傾向があることが指摘されているのだ。
カリフォルニア大学サンディエゴ校センター・フォー・ヘルシー・エイジングが中心となって行なわれた昨年の調査では、サンディエゴ在住の21歳から99歳までの住民1546人に対して電話でアンケート調査を行なっている。
サクセスフル・エイジングの達成度合いを測定するSuccessful AGing Evaluation(SAGE)に基づく質問が行なわれ、また心身の健康の具合を自己申告で報告してもらうと共に、簡単な認知テストも行なわれた。
回答を分析した結果、メンタルの健康はヤングアダルトの年齢になると下がりはじめ、30代から40代を底にして再び上昇するというU字型を描いていることが示唆されることになった。
今回の社会心理学的要素と生物学的要素を組み合わせた人のライフスパンに及ぶリサーチは、高齢者のメンタルの強さを理解することで、広くすべての年齢層に対してメンタルの健康を促進する手段を提供できる可能性があるとしている。そして齢を重ねるほどにパッピーになっているのは、これまでの“老人観”を大きく変えるものになるだろう。
高齢者は知識と経験が豊富であることから情緒的にも安定していて、自分の“ゴール”が近いことを意識し日々意味のある生活を求めることで感情がポジティブになるという説明が有力であるようだ。
そのほかにも、20代、30代にのしかかる社会的プレッシャーが若者の幸福度を相対的に低くしているという説や、サンディエゴという温暖な気候が高齢者の幸福度を高めているという指摘もある。
いずれにしてもますます本格化する高齢化社会を迎えてこれまでの老人のイメージはある意味で否応なく変わっていくとみてまず間違いない。
参考:「Nature Communications」、「Taylor&Francis Online」、「Psychiatrist.com」ほか
文=仲田しんじ
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