高価なワインはどうして美味しいのか?

サイコロジー

 昨今は輸入ワインのラインナップがかつてないほど充実していることもあり、特にチリ産やアルゼンチン産などの1000円前後のボトルでも侮れないテイストのワインに出会える機会が増えている。これらの安価で美味しいワインは飲食店で倍、いや3倍の価格で提供しても気づかれないかもしれない。では実際に3倍の価格で出したらどうなるのか? なんとワインがさらに美味しく感じられるというから興味深い。

■高いワインは美味しい!?

 アルコールはどの文化圏でもわりと細かいグレードに分けられている。グレードの高いお酒は原材料の品質や製造工程が少し違っていたりするのは理解できるにしても、それは価格差ほどのものなのだろうか? こうした疑問は実は愚問のようで、その価格差こそがお酒の味を引き上げているという説がある。つまり高いお酒は高いからこそ美味しく感じられるのだ。

 これはマーケティングプラセボ効果(marketing placebo effect)と呼ばれ、高価な製品には期待が高まり、そして実際に良いものに感じやすいという効果である。このマーケティングプラセボ効果がどれほどのものなのかを探るため、ワインを使った興味深い実験が行なわれている。

 ドイツ・ボン大学の研究チームは、実験参加者30人(男性15人、女性15人。平均年齢30歳)にワインのテイスティングをしてもらう実験を行なった。テイスティングというからには、次々といろんなワインを味わって評価してもらう手筈になるのだが、実は使われたワインは1種類のみで、もちろんそれは参加者には知らせていない。

 美味しさには定評のある定番的な12ユーロ(約1500円)の赤ワインを使い、提供する毎にランダムに値札をつけて(380円、770円、2300円)試飲させ、それぞれの味を評価してもらったのだ。そして試飲の際には、参加者の脳活動の動きをMRIスキャナーでモニターし記録した。

 マーケティングプラセボ効果はやはりかなりの効力を発揮しており、中身は同じワインでありながらも高い値札のついたワインは評価が高く、低い値札のワインは評価が低いという結果になった。

 そしてテイスティング中には脳活動の動きにも変化があったのだ。高価な値札のワインを試飲する際には脳の内側前頭前皮質(medial pre-frontal cortex)と腹側線条体(ventral striatum)に活発な動きが見られることがわかった。脳のこの部分はいわゆる“報酬系”とよばれる役割を担っていると考えられている。つまり価格の高いワインを見た時、脳はそれが価値の高いものであると評価し、飲むことを促すのである。脳から強く動機づけられて飲むことでより美味しく感じられると説明できるのだ。

 我々はいとも簡単に“値札”にダマされてしまう存在であることをこの機会に再確認しておいて損はないだろう。

■試飲の効果は?

 ちょっと大きめの酒屋やデパートの一角では時折酒類の試飲を行なっていたりするが、パッと見た印象では試飲するもののそのまま離れていく人がほとんどのような気もするがいかがだろうか。

 あまり購入に結びつかないイメージもある試飲だが、小規模ビジネスマーケティングの専門家であるホーリー・エヴェレット氏はそれでも試飲や試食は定期的に行なうべきであると主張している。長い目で見ればいろいろな効果があるというのだ。

 試飲サービスをするべき第一の理由は、その店なり飲食店なりの在庫管理がきちんとしていることのアピールになることだ。そして2番目の理由は、新規の顧客を獲得するためである。新商品の味や香りを説明するのに一番良い方法が試飲や試食にほかならないが、新商品の試飲を通して新たな顧客を獲得することができるのだ。

 酒造ではなくあるスナック菓子メーカーの例にはなるが、同社の調べでは無料の試食品を提供した人々のうち25~30%の人が実際に商品を購入しているということだ。

 また、ワイナリーが無料の試飲コーナーを設けて来客に試飲させることで、平均で10ドル(1100円)購入額が増え、92%の人が再び購入してくれることが米・コーネル大学の研究で報告されている。

 2010年に行なわれた調査では12のワイナリーの顧客と販売状況を詳しく分析することで、無料の試飲コーナーの存在はブランドイメージの形成とリピーターの獲得に寄与していることが指摘された。

 また試飲コーナーを設けることで、好ましい雰囲気を作り上げたり、記憶に残る体験を提供できたりすることで顧客満足度の向上に繋がるという。消費者としても試飲の機会が増えるのは嬉しい限りである。

■スクリューキャップがいい3つの理由

 ワイン初心者の一部にとって、ちょっとしたハードルになっているのがまだまだ多いコルク栓ではないだろうか。簡単に開けられる金属製のスクリューキャップのワインボトルも順調に普及しているのだが、相変わらずコルクのボトルも多い。コルク派に言わせればコルクのボトルは“呼吸”しているためワインが年相応に熟成するのだという主張もあるようだ。

 しかし残念な現実としては、コルクボトルのワインの一定数はコルクの劣化や腐食などが原因で飲まれないまま廃棄処分にされているともいわれ、その割合は20%にも及ぶという統計もあるから驚きである。こうした実態があるにもかかわらず、相変わらずコルクボトルがなくならないのはどういうわけなのか。そこには“ワインはかくあるべし”というユーザーの思い込みもありそうだ。特に高級ワインはスクリューキャップでは“威厳”が損なわれると感じる人も多い。

 しかし今後のワイン業界の発展のためにも、ワイン愛好家の意識を早急に変えねばならないと、ワインエキスパートで輸入業者であるジェシカ・ブラディ氏が、スクリューキャップのほうが良い理由を3つ解説している。

1.コルク汚染の心配がなくなる
 昔からコルクテイント(cork taint)、フランス語でブショネ(Bouchonne)と言われるコルクの汚染(TCA汚染)がワインの廃棄処分に繋がっている。スクリューキャップにすれば当然、こうしたリスクは大幅に減少する。

 もちろん品質の良いコルクであれば汚染は起りにくいのだが、ブラディ氏によれば高品質のコルクを使用しているワインは12本に1本程度だということだ。ワインの品質保持の観点からもスクリューキャップへのすみやかな移行が望まれるという。

2.コルクを抜く“苦行”から解放される
 ご存知のように力が弱い人々にとってコルク栓を抜くのは骨が折れる行為だ。コルクの乾燥が進んでいる場合などには、栓を抜く過程でコルクの細かいカスがワインに混入してしまうケースもある。

 中にはコルク栓を抜くという“儀式”を愛している人もいるのだが、しなくてもよい苦労を万人に押し付ける理由もなさそうである。

3.ワインのために良い
 スクリューキャップは密封されるため余計な酸素が加わらずワインの品質を保ちやすい。つまりワインのためによいということになる。

 一方でボトル詰め後に何年も熟成させるヴィンテージワインを楽しむ人も少なくないが、個人でワインを長期間保存するのは実はかなり難しく、前出のコルク汚染のリスクも当然高まる。

 このように購入したワインをすぐに飲むごく普通のワイン好きにとっては、コルク栓の必要性はまったくないといっても過言ではなさそうだ。ワインにまつわる人々の“偏見”を早急に払拭しなければならないようである。

参考:「Scientific Reports」、「Restaurant Insider」、「Huffington Post」、ほか

文=仲田しんじ

コメント

タイトルとURLをコピーしました