飲食店内の選曲がメニュー選びに影響する?

サイエンス

 感情に訴えてこその音楽であるが、それゆえに感情を“操作”することも可能だ。一部の外食チェーンでは、店内の音楽を工夫することで売り上げを10%伸ばしているというから興味深い。

■飲食店内の音楽がメニュー選びに影響する?

 飲食店内の音楽がメニュー選びに影響を及ぼすのだろうか。米・サウスフロリダ大学をはじめとする合同研究チームが2018年4月に「Journal of the Academy of Marketing Science」で発表した研究では、店内の音楽のリズムと音量がメニューの選択に影響を及ぼしていることを報告している。

 スウェーデン・リンネ大学の協力を仰ぎ、研究チームはスウェーデン・ストックホルムのカフェで店内の音楽が来客のメニューの注文にどのように影響しているのかを実際に検証している。

 具体的にはそれぞれ55デシベルと70デシベルの音楽を店内に流した際の消費行動を分析した。55デシベルの音声は例えばエアコンや冷蔵庫などの微かな音で、一方、70デシベルは掃除機のようなかなり強烈な音である。実験は数日間にわたり、それぞれの状況下が数時間続いた環境で行なわれた。

 カフェのメニューは3つのカテゴリーに分類された。サラダなどのヘルシーなメニュー、チーズバーガーなどのあまりヘルシーでないメニュー、そしてパスタなどのどちらでもない中立的なメニューである。

 収集したデータを分析した結果、70デシベルという大きな音量では、50デシベルの環境にいた来店客よりも約20%多くヘルシーではないメニューを注文していたことが浮き彫りになった。つまり大音量のダイナミックな音楽が流れている場合は、よりカロリーの高い食べ応えのあるメニューを選びがちになっているのだ。

 店側にしてみれば店内の音楽を活用して売れ行きを操作できることになるが、実際に昨年、ファストフードチェーンの「マクドナルド」やレストランチェーンの「TGIフライデーズ」などでは、「Soundtrack Your Brand」という選曲システムを使って売り上げを最大10%伸ばしていることを公表している。

 このSoundtrack Your Brandはスウェーデン・ストックホルムのコンサルティング会社「HUI Research」による大規模な実験の末に開発されたもので、売り上げに貢献するのみならず、チェーンのブランドイメージと顧客満足度の向上に繋がる画期的なシステムであるという。我々はいろんな状況下で音楽の影響を知らず知らずのうちに受けているというこになるだろう。

■1人で聴く音楽はより心が動かされる

 いろんな局面で我々は好むと好まざるとに関わらず音楽の影響を受けていることが指摘されているのだが、より音楽に感化されやすい状態があるという。それは1人でいる時だ。

 中国・北京大学とドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学の合同研究チームが2017年10月に認知科学系学術ジャーナル「Cognitive Processing」で発表した研究では、1人でいる時と複数人でいる時に音楽から受ける影響の強さを実験で確かめている。

 実験を検証した結果、1人で音楽を聴いている時のほうが愉快な曲ではより愉快に、悲しい曲ではより悲しくなっていることが判明した。研究チームによれば、1人でいる時のほうがより音楽鑑賞に集中できるために、音楽の影響を強く受けるのではないかと説明している。飲食店に1人で入った場合は店内の音楽の影響をより強く受けて、気前が良くなってしまうかもしれない。

 もちろん複数人で音楽を聴くことにもメリットはある。2016年の独・マールブルク大学の研究では、複数人で音楽を聴くことでストレスの低減効果がもたらされることが報告されている。1人の場合は癒されたいという目的を明確にして音楽を聴かないとあまりストレスの低減効果はないということだ。

 また同じく2016年の英・リバプール大学の研究によれば、ライブ演奏の音楽を聴くことは聴衆により感情的な体験をもたらすことが報告されている。生演奏の空間ではより歌手や演奏者とシンクロナイズできることが体験をより感情的なものにしているということだ。

 もちろんどんな聴き方であれ、音楽はさまざまな影響を及ぼし有意義な時間をもたらす。イヤホン&ヘッドホン鑑賞、ステレオ鑑賞、ライブ鑑賞とあまり偏らずに楽しむことで音楽をより深く堪能できるのかもしれない。

■なぜゲーム音楽が生産性を上げるのか

 ボクシングやプロレスなどの勇ましい入場テーマ曲などを仕事場で流せばいかにも作業が捗りそうにも思えるが、最近の研究では音楽はパフォーマンスに影響しないことが指摘されている。それどころかある種の楽曲は集中力を奪い生産性を低下させることもあるという。その一方で、別の研究では静まり返った無音の環境では逆に集中できないことも報告されている。

 ではいったいどうすればよいのか? 仕事の生産性が向上する音楽として一部で注目を集めているのがビデオゲームのサウンドトラック、いわゆるゲーム音楽である。例えば『スーパーマリオブラザーズ』や『ザ・シムズ』などのBGMだ。

 仕事の生産性を高めるためになぜゲーム音楽が効果的なのか、ジャーナリストのサラ・チョードッシュ氏がその3つのポイントを解説している。

1.歌がない
 進化人類学的な発達によって我々は人間の構成要素を認知するとその全体像をイメージするように脳が動き出してしまうという。例えば人の声を聞くと、その声の人物がどんな外見でどんなキャラクター特性を持っているのか、勝手に頭の中で思い浮かべてしまうのだ。

 したがってボーカルのある楽曲はその歌手の人物像をどうしても思い浮かべてしまうので、今行なっている作業への集中の妨げになる。その点で、ビデオゲームの音楽では人間の声が使われることはほとんどないので集中が途切れてしまうリスクはかなり低いのである。

『ザ・シムズ』では“住人”たちの間で「シム語(Simlish)」が話されているが、話し声はコンピュータが生成した音声であり、そもそも言葉の意味がわからないのでもし流れたとしても集中の妨げにはならない。

2.一定のパターンで繰り返され音量が小さい
 もちろん音量そのものは好みによって調節できるが、音量に幅のある曲は突然音が大きくなったりして集中を途切らせる一因にもなる。

 ゲーム音楽はそもそもゲームプレイをスムーズに行なえるようにアシストするものでもあることから、音域の幅はあまりなく坦々とリズムが繰り返される楽曲が多い。したがって突然気を散らされることなく集中が持続できるのだ。

3.比較的速いテンポ
 音楽のメロディは気持ちをリラックスさせたり発奮させたりもするが、作業中に聴くのであればメロディアスな曲よりも速いテンポのほうが作業に集中しやすくなる。

 とはいってもロックなどは刺激が過ぎるので、アップテンポのテクノサウンドが主流のゲーム音楽が集中を要する作業に適しているのだ。ランニングや運動ではヒップポップやラップも効果的であることも最近の研究で指摘されている。

『ザ・シムズ』の長時間のサウンドトラックはYouTubeにいくつもアップロードされているが、試しに仕事中に聴いてみてもいいのかもしれない。

参考:「Springer」、「AllPsych」、「Popular Science」ほか

文=仲田しんじ

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