何度も聴いた“ノリがよい”曲でみんなで盛り上がれれば楽しさもひとしおだが、その一方、良い意味で“期待を裏切られる”音楽体験が音楽への尽きない興味を続けさせることが最近の研究で報告されている。
■音楽は期待を裏切られたほうが楽しめる?
音楽の好みは人それぞれだと言ってしまえばそれまでなのだが、鑑賞が“クセになる”楽曲にはそれなりの理由があるようだ。
米・ニューヨーク市立大学シティカレッジとアーカンソー大学の合同研究チームが2019年3月に「Scientific Reports」で発表した研究では、人々がどれくらいその音楽に魅了されているのかを神経科学的に探っている。
一般的に言って楽曲の多くは、その曲の中で一定のリズムが繰り返されるものだが、こうした曲は聴いているうちに最初の感動も薄れてきそうだ。いわゆる“打ち込み系”の曲は“ノリがよい”が、何度も聴いているうちに新鮮さが失われていくだろう。実際に音楽鑑賞中の脳波を測定すると、繰り返しのリズムが多い曲を聴いていると、楽曲への没入度を示す脳波の値が低下していくということだ。
しかし楽曲の中には一般的なビートやテンポから外れたまさに独創的な曲もある。こうした奇抜で斬新なスタイルの楽曲は、聴衆の興味関心を長く繋ぎとめるということだ。これは特に何らかの音楽の訓練を受けた個人にとって顕著であるという。
リズムが予想できない独創的な曲とは例えばフィリップ・グラス(Philip Glass)の「弦楽四重奏第五番(String Quartet No.5)」などであるという。意外性のあるリズムが奏でられるクラシックやジャズの人気が一部で根強い背景にはこうしたこともありそうだ。
人々の脳波を測定することによって、人々が音楽についてどのように感じるか、何がその曲を特別なものにしているのかを研究できることが今回の研究で示されたということだ。
いわゆる“縦ノリ”の曲はみんなで盛り上がるにはいいのだが、その一方で展開が読めないフリージャズなどの楽曲に酔い痴れてみれば音楽の楽しみ方が深まりそうだ。
■意外性溢れる音楽体験で報酬系が形成される
音楽の楽しみ方において“意外性”が鍵を握っていることが示されているのだが、それもそのはず、意外性に溢れる音楽体験は我々の脳に“報酬系”を作りあげていることが最新の研究で報告されている。我々は食べ物やお金を欲するのと同じように、文字通り音を楽しむ“音楽”を本能的に求めているというのだ。
ライブコンサートでミュージシャンがレコーディング音源とはまた違ったアドリブ演奏で場内を盛り上げることがあるが、こうした予想を“裏切られる体験”は我々に本質的な音楽の楽しみをもたらしてくれることが指摘されている。音楽鑑賞において我々は予定調和よりも“冒険”を期待しているのである。
カナダ・マギル大学モントリオール医学研究所の研究チームが2019年2月に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で発表した研究では、実験を通じて音楽的な予想が外れることで脳の“報酬系”が形成され、学習に深く関係してくることを報告している。
20人の実験参加者はそれぞれ音楽的な満足、あるいは不満足を予測してその結果を実際に聴くという課題を繰り返し、課題中の脳活動の様子がfMRIでモニターされた。
こうして収集したデータと分析すると、予測が外れる「予測エラー」が脳の側坐核(nucleus accumbens)の活動に関係していることが明らかになった。この側坐核は特定の情報入力に対して報酬としてドーパミンを分泌させ、行動を学習・強化する“報酬系”の形成に大きな役割を果たしていると考えられている。
これまでの研究で、食べ物やお金の獲得などの実益のある行動に報酬系が形成されることがわかっているが、今回初めて音楽のような美的な楽しみについても報酬系が形成されることが示されることになった。我々は食欲や金銭欲と同じように、音楽を楽しむこともまた本能的に求めていることになる。
そしてこの音楽の楽しみとは、ある意味で予想をはぐらかされることであり、“一杯食わされる”斬新で新奇的な音楽体験なのである。我々は食べ物や富といった資源を周到に手に入れるべく世知辛くサバイバル競争を行なっている一方で、感動できる音楽体験という新たな体験についても心が開かれていることになる。アートへの興味関心もまた我々の本能に基づいているとすれば、今後の人類にもまだまだ可能性が広がっていると言えそうだ。
■バンドメンバー間の“テレパシー”の正体は?
我々は楽曲にまんまと“一杯食わされたい”と思っていることが指摘されているのだが、その一方でミージシャンの側は実に正確にバンドメンバーの演奏を予測しているという興味深い研究も報告されている。
ライブでは楽譜などにとらわれない即興演奏もまた醍醐味のひとつだが、演奏者が1人ならばともかく、バンドでのアドリブはなかなか複雑なパフォーマンスになるだろう。それでも“息の合った”バンドならば、メンバーの突然の演奏の変化にいともたやすく対応しているようにも見える。そこでまるでテレパシーのようなこのバンドメンバー間の非言語コミュニケーションのメカニズムを探る実験が行なわれた。
カナダ・マクマスター大学の研究チームが2019年1月に「Scientific Reports」で発表した研究では、有名なアンサンブルバンドであるグリフォン・トリオ (Gryphon Trio)のメンバー3人にモーションキャプチャーを装着した状態で演奏を行なってもらう実験を行なっている。
演奏中の3人の動きを解析したところ、それぞれのメンバーは他のメンバーの“挙動”を敏感に察して演奏を予測していることが明らかになったのだ。アイコンタクトやましてはテレパシーなどではなく、ほかのメンバーの身体の動きを常に把握してアンサンブルを行なっているのである。
特に演奏が喜びや悲哀といった感情表現のモードに入った時は、メンバー間での演奏の予測がより素早く正確になってくることも確認された。確かにアドリブ演奏などはこうした局面で起りやすいのかもしれない。
もちろんこうしたことが可能になる前に、メンバー間で何度も演奏を重ねてコミュニケーションを取り合っていることが前提とはなるが、非言語コミュニケーションのメカニズムの一端を解明する興味深い研究になった。
歩く動作は人それぞれ違うといわれているように、“ボディランゲージ”はこれまで考えられてきた以上に“雄弁”なのかもしれない。
参考:「The City College of New York」、「The Neuro」、「Springer Nature」ほか
文=仲田しんじ
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