集団でノスタルジーに浸ると国産製品が売れる!?

サイコロジー

 オリンピックなどの大規模イベントをシェアした思い出に浸ると、国産製品が良く売れるようになるというから興味深い。

■集合的郷愁で国産製品が売れる

 思い出すとしみじみと懐かしい気分になる個人的な思い出は、マーケティング的にはサイフの紐を緩ませることが報告されている。これは「ノスタルジア・マーケティング(nostalgia marketing)」と言われ、もう二度と体験できない“プライスレス”な思い出に近づくことができるのであれば、その商品やサービスに対して気前が良くなるのだ。

 郷愁に誘う個人的な思い出の一方で、過去の大イベントや当時のヒットソングなど、共に時代を体験した者として懐かしさを覚える思い出もあるだろう。こうした大勢とシェアした思い出は集合的郷愁(collective nostalgia)と呼ばれているが、これまではあまり研究の対象にされてこなかった経緯がある。

 ギリシャのアテネメトロポリタン大学、米・カリフォルニア大学リバーサイド校、英・サウサンプトン大学の合同研究チームが2019年1月に「Journal of Experimental Psychology」で発表した研究では、集合的郷愁が消費行動に及ぼす影響を探っている。

 ギリシャで行なわれた実験では参加者は3つのグループに分けられた。

 Aグループにはアテネ五輪(2004年)などの過去にギリシャで開催された大イベントが思い起こされる(集合的郷愁)文言が伝えられた。Bグループにはそれぞれの幼少期の個人的な体験が思い起こされる(個人的郷愁)文言が伝えられた。そしてコントロールグループであるCグループにはこうしたことは一切伝えられなかった。

 その後すべての者にポップソングやテレビ番組についての好みが質問されたのだが、集合的郷愁が思い起されたAグループは音楽もテレビ番組もギリシャのものを好む顕著な傾向が明らかになった。一方でCグループは逆に外国のポップスとテレビ番組を好む傾向が見られた。

 Aグループに起った現象は自国バイアス(domestic country bias)と呼ばれるバイアスで、国内の仲間たちと共有した思い出が好ましいものであった場合、愛国心が高まり国産製品への好みが強くなる現象である。

 自国バイアスは国だけでなく組織についてもあてはまるということで、何かにつけて旅行やイベントの多い会社は確かに社内の一体感や結束力が高いのかもしれない。共有できる思い出が多いほどに心の距離も縮まるということだろう。

■集合的郷愁で罪悪感が軽減

「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」という“古き良きアメリカ”の復権をスローガンに掲げて2016年に大統領に当選したドナルド・トランプ氏だが、もちろんこの主張にはまったく問題はないものの、心理学的にはなかなか見過ごせない問題を孕んでいることが最近の研究で指摘されている。“古き良きアメリカ”へのノスタルジーが歴史の教訓を忘れさせてしまうというのだ。

 ドイツ・ケルン大学、米・カンザス大学とアリゾナ大学の合同研究チームが2017年11月に「European Journal of Social Psychology」で発表した研究では、5つの実験を通して集合的郷愁(collective nostalgia)と歴史上の反省すべきネガティブな出来事という“黒歴史”との関係を探っている。

 特に第一次世界大戦、第二次世界大戦において参戦各国は場合によっては歴史上の汚点となる人道に背く行為に及んでいるケースがあることは改めて指摘するまでもないだろう。

 1つの調査につき100人から200人にインタビューを行なった研究では、“古き良きアメリカ”に対して強いノスタルジーを感じている者ほど、例えば第二次世界大戦の「日系人の強制収容」などの歴史的な非人道行為についての罪悪感が軽減されていることが突き止められた。

 さらに“古き良きアメリカ”を美化している者は、歴史的なアメリカの非人道的行為について指摘されると、あろうことか集合的郷愁が引き起こされてくることもまた判明した。つまり過去の歴史的な非人道的行為というネガティブな案件が取り沙汰されても、当の本人たちには“古き良きアメリカ”の懐かしさにポジティブに浸れてしまうのである。これでは歴史について反省することはきわめて難しくなる。

 この実験結果に基づき研究チームは郷愁はネガティブな記憶を遠ざける働きがあり、属する国家なり組織を正当化することを指摘している。これはメンタルヘルス的には好ましいことかもしれないが、裏を返せば現実を直視することなく自分たちにとって都合の良い“現実逃避”にもなり得る。

 これももちろん国家だけでなく、各種の組織にもあてはまることだろう。“古き良き”時代の恩恵に預り、懐かしく振り返ることにはこうしたリスクをはらんでいることをよく理解したいものだ。

■貴重な思い出が多いと楽観主義者になれる?

“古き良き”時代の思い出に浸ることで、良くも悪くもネガティブな考えを寄せつけなくなることが示されているのだが、そこからさらに一歩進んで懐かしい郷愁は人を楽観主義者にすることが最近の研究で報告されている。

 英・サウサンプトン大学をはじめとするイギリスの合同研究チームが2018年4月に「Cognition and Emotion」で発表した研究では、郷愁がどのように形成されているのかを解明する試みが行なわれている。

 226人が参加した実験では、各人にかつての貴重な出来事や体験を思い出してもらい、その時にどれほどその体験を楽しんだのか、そして現在その思い出がどれほど懐かしいのかを評価してもらった。

 回答データを分析したところ、ある意味では予想された通りだが、その時にその体験を存分に楽しんだほど、その体験が懐かしく思い出深い体験になっていることが明らかになった。つまり心から楽しむことで、後になって懐かしいノスタルジアになるのである。

 さらに122人の同窓会参加者に対して行なわれた調査では、学生時代に楽しい体験を多くした者ほど、学生時代により強い郷愁を感じていて、加えて将来に対してはより楽観的になっていることも示されることになった。つまり郷愁の副産物として楽観主義がもたらされるのだ。

 卒業式に参加した66人の大学生に対して行なった調査では、どれくらい大学生活を楽しんだかを評価して申告してもらった後、4~9ヵ月後に再び接触して大学生活がどれほど懐かしいか、そして将来をどの程度楽観的に考えているのかを報告してもらった。

 ここでもやはり、学生時代をより多く楽しんだ者ほど、大学生時代に懐かしさを強く感じていて、しかも将来に対する楽観が強かったのだ。

 1つ1つの出来事や体験を存分に楽しんだ者ほど懐かしい思い出を多く持ち、こうしたかけがえのない郷愁を持つほど将来に楽観的になれるとすれば、郷愁はまさに人生の“宝”だとも言える。楽しめる機会には思う存分に楽しんで良い思い出を多く作りたいものである。

参考:「University of California, Riverside」、「Wiley Online Library」、「NLM」ほか

文=仲田しんじ

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