日々の生活はあれかこれかの選択の連続だが、我々が選択の対象を見る目はなかなか一筋縄ではいかないようだ。我々はより長く見つめていたオプションを選ぶとは限らないことが最新の研究で報告されている。
■眺める時間に関係なく“注視”した対象を選ぶ
数々の選択において基本的に我々は好きなもの、自分にとって得になるほうを選んでいるのだが、問題なのはどちらも甲乙つけ難いケースである。
オハイオ州立大学の研究チームが2018年12月に「Psychological Science」で発表した研究では、アイトラッキング技術を駆使した6つの実験を詳しく分析して目の動きと意思決定の関係を探っている。
実験の1つでは、参加者はアイトラッキング機器を装着した状態で100以上もの食品画像からPCディスプレイ上に表示された2つの画像のどちらか好きなほうを選ぶように求められた。参加者の視線の動きは判断を行なう前から追跡された。
収集した実験データを分析したとろ、研究チームは食品画像を見ている時間は実際の意思決定に関係がないことを突き止めた。我々は長く見つめた対象を高く評価するわけではないということになる。
では視線の動きは意思決定に関係ないのかといえばそうではなく、意思決定を予測できるのは“注視”の度合いであるという。最新のアイトラッキング技術は視線の動きをハイスピードで追うことによって、漠然と全体を見ている状態やじっくりと注視している状態なども判別できるようになっている。そして我々はより注視したほうのオプションを選ぶ可能性が高くなるということだ。
この研究結果はマーケティングの分野への助言になるだろう。つまりCMなどで人々に長く見せるよりも注視させることがいかに重要であるのかが再認識されてくるからだ。いずれにしても視線の動きと意思決定はこれまで考えられてきた以上に複雑なメカニズムがありそうだ。
■脳の構造の違いで意思決定が異なる
人それぞれ好みや価値観が異なるので、意思決定に違いが出てきても当然だと言えるが、最近の研究では脳の構造の違いが意思決定の違いを生み出していることが報告されている。
米・イリノイ大学の研究チームが2018年6月に脳神経科学系ジャーナル「Human Brain Mapping」で発表した研究では、304人の健康な成人を対象に脳活動をモニターするfMRIと、偏見のない意思決定の能力を測るテストを使って、脳の構造と意思決定の能力を探っている。
「Adult Decision-Making Competence」と呼ばれる意思決定の能力を測るテストでは、意思決定能力を6つの側面から評価し、よりバイアスの少ない正確な意思決定能力が測定できるということだ。
テストを受けてもらう一方で、参加者はfMRIで脳の機能結合性(functional brain connectivity)がそれぞれ調べられた。機能結合性とは脳神経細胞の繋がりがどれほど密接であるのかを示す指標である。脳の各領域だけに留まらず、研究チームは脳全体の神経回路の“地図”である脳コネクトーム(brain connectome)の活動も検分している。
脳のデータとテストの回答を分析したところ、研究チームは脳の特定の領域の機能結合性が、各種の意思決定に結びついていることを発見した。例えば、前頭頭頂ネットワーク(fronto-parietal network)は実行機能を制御し、腹側注意ネットワーク(ventral attention network)は注意力を担い、大脳辺縁ネットワーク(limbic network)は感情的および社会的な対人交流活動の処理に関わっている。
そしてこうした脳の各領域の機能結合性の度合いが高い脳の持ち主は、それに応じた意思決定の能力が高かったのである。総じて脳の機能結合性の度合いが高ければ、優れた意思決定能力を持つことになる。人によって意思決定が違うのはその人の脳の違いにあるということになりそうだ。
■猛暑は認知能力を低下させる
気温の変化など、外在的な要素も意思決定に影響を及ぼすことが指摘されている。猛暑は多くの場合で意思決定能力を損なっていることが最近の研究で報告されているのだ。
米・ハーバード公衆衛生大学院の研究チームが2018年7月にオンラインジャーナル「PLOS Medicine」で発表した研究では室内の温度と認知機能の関係を探っている。
研究チームは2016年の夏にサチューセッツ州ボストンに住む44人の学生(平均年齢20.2歳)に認知機能の能力を測る2種類のテストを12日間にわたって自室で毎日受けさせた。学生のうち24人はエアコンつきの部屋に住んでいて、20人はエアコンなしの部屋に住んでいたのだが、テスト中の室内温度もそれぞれ毎日記録された。
認知テストの回答データと室温の記録を分析したところ、エアコンのない部屋に住む学生の認知機能が低下していることが明らかになった。
学生たちはストループ(stroop)と呼ばれる色名語とそれが書かれた色名が異なる単語をいち早く発見するテストを毎日行なったのだが、エアコンなしの部屋に住む学生はエアコンつきの部屋に住む学生よりも、反応時間が13.4%長くなり、情報処理能力が9.9%低下していたのである。
室温の平均はエアコンなしの部屋は平均26.3度で、エアコンありの部屋は21.4度であった。実験期間中には一帯を熱波が襲ったこともあり、エアコンなしの部屋では室温30度を越えた日もあったという。猛暑の折の中で何か重大な意思決定に臨む際には、文字通りいったん“頭を冷やして”から行なったほうがよいのだろう。
参考:「Ohio State University」、「Wiley Online Library」、「PLOS Medicine」ほか
文=仲田しんじ
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