G.W.や夏休みなど急ぎの仕事が減ったタイミングで思い切って長い休みをとるべきなのだろうか。都市で仕事をしている者ほど時には都会を“脱出”すべきであるという指摘が昨今増えているようだ。
■バケーションがもたらす5つの効能
仕事が順調でやりがいを感じている時には、休暇を取ってまで旅行に行く必要性をあまり感じず、むしろ軽い罪悪感さえ覚えることがあるかもしれない。しかしそれでも“バケーション”を取るべきであると強く推奨しているのが、米・ニューヨークのヘルスケア医院「Parsley Health」である。都会を離れたバケーションには得することが5つもあるという。
●長寿に繋がる
アメリカの医療研究機構・フラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)によれば、あまり休暇旅行に出かけない人は、年に1、2回旅行をする人に比べて心臓疾患のリスクが高いことを指摘している。休暇旅行の頻度は、その後の心臓疾患および急性心臓死を予測するうえで極めて重要なファックターになるということだ。つまり定期的に旅行に出かけている人ほど健康である傾向が浮き彫りになったのだ。
●減量効果がある
休暇での何もしない時間が減量に結びつくという。仕事に追われながらついつい無意識に口にしている食べ物を排除できるのだ。ピッツバーグ大学が1400人を調査して行なった研究では、生活の中で何もしない時間が多い人ほど健康的な痩身体型である傾向が導き出された。
●自然治癒力を高める
2010年にオハイオ大学の医学生が発表した研究によれば、大学のテスト期間中は外傷が治るのに時間がかかるようになるという。つまり精神的なストレスが傷の回復を遅らせているのだ。精神的なストレスに晒されることで免疫システムが弱まることが原因と考えられる。休暇旅行で精神的なストレスからいったん自由になることで、損なわれていた自然治癒力を元の強さに戻すことができるのだ。
●よりよい判断が可能になる
人間の意思決定のメカニズムを生物学的アプローチで解説した『How We Decide』の著者、ジョナ・レーラー氏は、そもそも人間の脳は大量の情報を処理するためには作られていないと語る。
現代の人間はマイコン時代のCPUで最新ビッグデータを分析しているようなもので、当然その結果はお粗末なものになるという。よりよい判断をするためには、パソコンをシャットダウンするように休暇などで脳を完全に休ませる時間が必要とされているのだ。
●良いアイディアが生まれ、創造性が高まる
カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョナサン・スクーラー氏は、目の前の仕事に専心しなくてもよい状態に起る夢想状態、マインド・ワンダリング(mind-wandering)に着目している。このマインド・ワンダリングは休暇中などには実に起きやすい現象である。
マインド・ワンダリングの内容の半分ほどは未来に対する漠然とした夢想だといわれ、新たなアイディアを生み出したり、クリエイティブな思考をめぐらせることに密接に関係している。休暇などでいったん目の前の課題から完全に離れることで、考えに新風が吹き込まれるのだ。
さまざまな効能をもたらす休暇旅行だが、残念ながら2日や3日ではその効果は薄いという。オランダ・ラドバウド大学の研究では8日間の休暇で心身の“回復”がピークに達すると報告している。8日間の休暇というのはなかなか難しいとは思うが、長い休暇のさまざまな効能については気に留めておきたいところだ。
■最低でも週1回30分は自然に身を浸したい
とてもじゃないが夏の休暇旅行で8日間も休みがとれるわけがないという声も多いだろう。働き盛りの世代にとって、特にここ日本ではそういう声のほうが普通かもしれない。
だがそんな忙しいビジネスパーソンにも朗報だ。週に30分以上、緑の多い公園を訪れるだけでも、高血圧や精神疾患のリスクを下げるという研究が先頃発表されたのだ。もちろん、可能であればもっと長い時間滞在できれば良いのは言うまでもないが、最低でも週1回に30分ということであればかなりハードルは低くなるのではないだろうか。
オーストラリア・クイーンズランド大学とオーストラリア研究会議の環境研究機関、CEED(Centre of Excellence for Environmental Decisions)によってオンライン学術誌「Nature Scientific Reports」で発表された研究によれば、自然環境への滞在時間が心身の健康に大きな影響を及ぼしているということだ。
「毎週、地元の自然公園に30分滞在すれば、うつのリスクが7パーセント下がり、高血圧症のリスクが9パーセント下がります」と語るのは、CEEDの研究者であるダニエル・シャナハン博士だ。
広大な自然環境を誇るオーストラリアだが、意外にもブリスベンなどの都市住民はあまり自然に触れてはおらず、ブリスベン在住の約40ハーセントが公園に行く習慣を持っていないということだ。
そこでCEEDは、今後は住民にどうやったらもっと公園に来てもらうか、そのためのコミュニティ活動に取り組む必要があると力説する。それというのも昨今、オーストラリアの医療費の支出、特にうつに関する医療費の増大が問題になっているからである。
もちろん成人の公園利用を促すことも大切だが、特に子どもたちに生活の中で日常的に公園を利用してもらうことで、成人になってからも公園に行く習慣を保ち、自然環境の保護についての意識を高めることが期待されている。忙しい日常の生活の中で、たとえわずかであっても自然環境に身を浸す時間を確保したいものである。
■自然“環境ビデオ”でもストレスは低減する
それでもここ一番の“激務”が続いているときなどは、睡眠と栄養補給がまず最優先で、心身のリラクゼーションに割ける時間がなかなか取れないこともあるだろう。だがそれでも選択肢は残されている。環境ビデオや自然ドキュメンタリー番組など、大自然の魅力を映し出した映像を15分ばかり眺めるだけでも、メンタルヘルスの改善に繋がるということだ。
大都市での生活を“コンクリートジャングル”に囲まれた生活だと表現することがあるが、文字通りの極端なコンクリートジャングルなのが刑務所だ。当然のことながら収監者には大自然に触れる機会などほとんどない。
たとえば米・オレゴン州のスネークリバー刑務所(Snake River Correctional Institution)では、収監者は2メートル×3.7メートルの独房で1日のほとんどを過ごすことになる。部屋に小さな窓がひとつあるが、直接外の景色が見えるわけではない。週に4、5回、狭い中庭で小1時間ほど運動することが許されているが、学校の体育館の20分の1ほどしかない面積の中庭で、そこで仰ぎ見えるコンクリートに囲まれた狭い空が、収監者にとっての唯一の“自然”の姿だということだ。
極端に自然から切り離された環境の中で、所内の暴力事件と自殺の発生率が減ることはなかったが 専門家らによって2013年からある試みが行なわれた。所内に自然の景観の映像をプロジェクターで映し出すビデオ室を作り、一部の収監者に利用してもらったのだ。“環境ビデオ”は全38種類あり、海や森林、川を特集したものから、空から撮影された映像や、宇宙を題材にしたものもあったという。収録時間はそれぞれ15~20分ということだ。
こうして日々のレクリエーション時間の中で1年間、このビデオ室を利用した収監者のグループでは、暴力事件の発生が26パーセント減ったということだ。それだけでなく所内の観察記録によれば、ビデオを見ていたグループでは攻撃性が下がり、苦悩を訴えることや、イラついたり神経過敏になったりすることが減ったという。またこれは予期していなかったことだが、敵対的になりがちな収監者と看守との関係もこの期間を通じて改善されたという。
研究チームは、今回の社会実験はたとえビデオ映像であっても自然に触れることでストレスが低減できることを証明するものであり、刑務所のみならず今後は病院、学校、養護施設、軍隊などにも応用できるソリューションであるとしている。近いうちにはVR機器などで“バーチャル大自然”を体験できる技術やコンテンツも普及してくるだろう。自然に触れることの大切さを改めて確認したいところだ。
参考:「Parsley Health」、「PsyPost」、「Popular Science」ほか
文=仲田しんじ
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