都市生活者は“スローライフ”志向だった!? 大都市で暮らすためのサイエンス

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 東京都の豊島区や中野区などは、居住者の人口密度がずば抜けて高い地域として知られているが、都市レベルで人口密集度の高い都市トップ10が“ダボス会議”のサイトで発表されている。

■人口密集度の高い都市ベスト10

 世界経済フォーラム、いわゆる“ダボス会議”のウェブサイトでは2017年5月に世界で最も人口が密集した都市のトップ10を発表している。

1.ダッカ(バングラデシュ)人口密集度:4万4500人(1平方キロあたり)

2.ムンバイ(インド)人口密集度:3万1700人

3.メデジン(コロンビア)人口密集度:1万9700人

4.マニラ(フィリピン)人口密集度:1万4800人

5.カサブランカ(モロッコ)人口密集度:1万4200人

6.ラゴス(ナイジェリア)人口密集度:1万3300人

7.コーター(インド)人口密集度:1万2100人

8.アブジャ(ナイジェリア)人口密集度:1万500人

9.シンガポール人口密集度:1万200人

10.ジャカルタ(インドネシア)人口密集度:9600人

(※UN Hbitat調べ)

 現在、世界人口の約半数が都市住人であると見込まれ、国連の予測によれば2050年までには世界人口の66%が都市住人になるということだ。新たな都市住人の9割はアジアとアフリカの都市に現れるという。

 どうして都市に人口が集中するのか? 報告では人々が都市に“押し寄せて”いる側面と、都市が人々を“引きつけて”いる側面の2つがあると説明している。

“押し寄せて”いる最も大きな理由は現在の生活状況を改善しようという人々の意欲だ。“引きつけて”いる最も大きな要素はやはり都市にある賃金の高い仕事の数々である。

 古いことわざに「みんなでいれば怖くない(There is safety in numbers)」というフレーズがあるように、人類の暮らしぶりの基本的な傾向からも、ますます進む都市への人口流入が説明できるかもしれない。

 しかしながらスラムと呼ばれる人口密集地域では人々はきわめて過酷な居住環境での生活を強いられているのも事実だ。アフリカ最大規模のスラムとも言われるキベラのスラムでは、鉄道のレールに沿って5kmにもおよぶスラム街が形成されており、人口およそ100万人が暮らしているといわれている。またインド・ムンバイのダラヴィのスラムには1平方kmあたり20万人もの人々が劣悪な衛生環境の中で生活している。

 一方で富裕層にとって都市での生活には計り知れないメリットがもたらされる。公共交通機関の充実や、各種公共サービスの利便性が格段に高いからである。利点も欠点もある大都市での生活だが、世界的には今後もますます多くの人々が都市に流入してくるのは間違いないようである。

■大都市住民は意外や“スローライフ”志向

 大都市での生活といえば、毎日ラッシュアワーに巻き込まれて慌しく仕事に追われ、車で溢れかえる街は排ガスまみれの空気で、無法者がはびこり路上にはホームレスの人々が行き倒れになっているといった、なんとも殺伐としたイメージをまず先に思い浮かべるかもしれない。しかし本当に大都市での生活はそういったネガティブなものなのか。

 アメリカ・ミシガン大学のオリバー・ソン氏らの研究チームが2017年1月に「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した研究は、こうしたネガティブな都市生活のイメージに一石を投じるものになっている。なんと大都市の住人ほど“スローライフ”を送っているというのだ。

 実は動物の社会にあっては、群れを成して生活をする種ほど個々のカップルは“スローライフ”を送っているという。ここで言うスローライフとは、性的な成熟が遅く(晩婚)、子どもの数が少なく、そのぶん子どもに重点的な投資を行い多くの資産を移譲するタイプのライフスタイルだ。例えば群れをなして暮らすゾウの場合、10歳代になるまで生殖行為を行なわず、子どもが出来た場合は当面その子の養育に励み、次の子どもは数年間はつくらないということだ。

 研究では、世界各国とアメリカ国内の地域住民の生活実態を詳しく分析することで都市住民の暮らしぶりの特徴を探っている。

 研究の結果、人口密度の高い地域で暮らす人々が意外にも“スローライフ”を送っていることが指摘されることになった。具体的には、晩婚で少子で、生まれた子どもの教育には多額の投資を行なっていて、未来指向型の考えを持っていることがわかったのだ。そして寿命についても都市住民のほうが長い傾向が浮き彫りなったという。

 例えばソン氏の故郷であるシンガポールはご他聞に漏れず高い人口密度を誇る(!?)都市だが、住民たちは決して性的に奔放ではなく、モラルの高いふるまいを示して勤労に励み、家族のために協力を惜しまないということだ。確かにシンガポールでは路上にタンやツバを吐いたり、歩きタバコの吸殻やゴミを捨てると罰金が課される。またたとえホテルの部屋や自宅の中でも、公共の場所から見えるところで裸になることも禁じられている。人口密度が高いがゆえの高いモラルということだろうか。

 人口密度の高い地域ほど、住人は将来を見据えた“スローライフ”を指向するようになるというのは、確かに興味深い指摘だろう。

■活気のある都市にはパブリックスペースが多い

 大都市での生活に対する見方が変ってしまうような話題が続いているが、住むに値する良い大都市とはどんな都市なのか。

 観光名所となるような史跡や旧跡、歴史的建造物があったり、充実した美術館や劇場、名店と呼ばれる飲食店の存在など都市の魅力はさまざまだが、幸せで健康的な都市に必要不可欠であるのが、オープンなパブリックスペースとストリートであるといわれている。

 自発的に人々が集まり結びつきあえて、時には政治的な抗議運動などの自由な表現活動が行なえるパブリックスペースこそが、その都市の地域経済と社会的健全性の鍵であるという指摘もある。

 実際にスウェーデンの研究で、近所の公園をよく利用している都市住民ほど、精神的ストレスが原因となる各種の疾病にかかりにくいことが報告されている。そしてたとえ植林による人造的な公園の緑であれ、木立の中を歩くことで生活上の問題解決能力が向上することが2008年の研究で示唆されている。15分間、緑の多い公園をゆっくり散歩することで、実人生上のさまざまな気づきがもたらされるということだろう。

 そして歩行者が安心して歩ける、じゅうぶんな幅としっかりした縁石や車止めで守られたストリートも活気溢れる都市に欠かせないパブリックスペースだ。観光客が安心して歩けるばかりでなく、地元のオフィスワーカーにとっても徒歩での移動か楽になり生産性が向上するものにもなる。

 ニューヨーク・マンハッタンのセントラルパークの生い茂る緑地や、繁華街のど真ん中でありながら安心して歩けるタイムズスクエアなどは、狭い歩道が多い日本の都市からしてみれば羨ましい限りだが、都内でも明治神宮や代々木公園をはじめ緑地公園は少なくない。緑地公園の存在に感謝の念を持って有効に利用したいものだ。

参考:「World Economic Forum」、「Psychology Today」、「Wired」ほか

文=仲田しんじ

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