過度の楽観は禁物ながらも無視できない楽観主義者のアドバンテージ

サイコロジー

 物事を悲観的に考えればきりがないが、かといって安易に楽観していれば思わぬ落し穴にはまりそうだ。しかしそうはいっても我々は基本的には楽観主義者であることが最近の統計で明らかになっている。

■5年後の生活は今よりも向上している?

 全米経済研究所(National Bureau of Economic Research)が2018年3月に公開したレポートでは、2006年から2016年の間の世界166ヵ国、170万人のギャロップ世論調査のデータから生活の満足度(wellbeing)を探る分析が行なわれている。

 幅広い年齢層の人々に、10段階評価で現在の生活の満足度を評価してもらってから、次に5年後の生活の満足度を予測して評価してもらった。収集した回答を分析したところ、基本的に我々はかなり楽観主義者であることが浮き彫りになっている。

 例えば15~24歳のグループでは、現状の生活の満足度は平均5.5ポイントで、5年後は7.2ポイントを見込んでいる。25~34歳では現状が5.3ポイントで5年後が7ポイントだ。

 若年層になるほど5年後の予測値は高いことが顕著に示されることになった。65~74歳のグループでは現状が5.4ポイントで5年後は5.9ポイントと、“楽観主義者度”は低くなっている。

 これまでの研究でも、社会生活を送る多くの人々には一般的に楽観主義バイアス(Optimism bias)が備わっているとされている。楽観主義バイアスとは漠然とした将来に対して「何とかなるのだろう」、「自分だけは大丈夫」と感じる基本的な思考スタイルのことだ。

 しかしこの楽観主義バイアスを見込んでも、今回の調査は当初の予測を上回る楽観主義の度合いであるということだ。混迷の時代にあってどうしてこうも我々は楽観的でいられるのか?

 調査研究を主導したノーベル賞経済学者のアンガス・ディートン氏によれば、楽観主義バイアスは脳が健康で普通の状態にあることの証であると説明している。生物学的に楽観主義が人間にとって普通の状態であり、サバイバルを行なうモチベーションになっているということだ。

 ディートン氏はまた、人々が未来について尋ねられるとき、悪化する可能性があるよりむしろ、自分たちの生活においてより良くなる可能性があることに焦点を当てる傾向があることも指摘している。まさに「臭いものにはフタをする」ということだろう。はたしてあなたなら5年後の生活がどうなっていると考えるだろうか。

■楽観的な見通しが良い思い出を作る?

 生物としての人間のノーマルな状態が楽観主義ということになるのだが、最近の研究では未来に対して楽観的な考えをめぐらせていたほうが、おおむね生活の満足度が高くなることが報告されている。それがたとえ誤解や曲解であったとしてもだ。

 日々の日常生活は、勝負事やスポーツの試合、各種の試験など勝ち負けや結果がはっきりとする物事ばかりではない。例えば旅行をしたとしても、旅程のすべてが楽しい経験になることなどめったになく、がっかりしたり疲れたりといろんな思いを味わうだろう。

 しかし楽観的な態度で事にあたることで、おおむね満足できる結果を招き、その体験が良い思い出になるという。いったいどういうことなのか?

 米ハーバード大学の研究チームが先ごろ「Association for Psychological Science」で発表した研究では、近く訪れるイベントに対して楽観的な見通しを立ててみることで、実際の体験はどうであれ、後で思い返せば好ましいポジティブな思い出になることが報告されている。

 ひとつの実験では、27人の参加者がランダムに選んだ生活上のイベントについて、事がうまく運ぶというイメージ、あるいは失敗するというイメージを思い浮かべてもらってから、それぞれが予測する事の経緯を声に出して3分間話してもらった。

 15分間の休憩の後、参加者は今が先ほどのイベントから1年が経過していることを想定してもらい、そして実際にそのイベントがどんな経緯で終わったのかを知らされることになる。ポイントとしてはそこには極端な成功や失敗はなく、ポジティブなものあればネガティブなものもあり、どちらでもない中立的なものも同じように混ざったイベントの経緯であったことだ。そしてこのイベントの経緯には12の要素があった。

 いったん実験は終了し、48時間後に再び集められた参加者は、このイベントの記憶に関する認知テストを受けた。回答データを分析したところ、事がうまく運ぶというイメージを持ったほうの参加者ほど、イベント体験の思い出の中にポジティブな要素を含ませていることが判明した。つまり事前に楽観的な見通しを立てた者は、事実に反するポジティブな思い出をも“捏造”してそのイベントを好ましい思い出にしているのである。

 たとえ実態からズレた認識であっても、良い思い出が増えれば生活の満足度は上がる。したがって未来について楽観的に思いをめぐらせることはおおむね正しい姿勢ということになるのかもしれない。しかし試験や試合など、結果がはっきりする類のイベントではあまり楽観的過ぎるのは失敗したときのショックが大きくなりそうではあるが……。

■楽観主義者は健康な心臓の持ち主

 楽観主義者はたくさんの良い思い出を持っていることもまた示唆されてくるのだがそればかりではない。楽観主義者は良い心臓の持ち主であることも最近の研究で指摘されている。

 ラテン系の人々は陽気で楽観的な気質の人が多いといわれている。米・イリノイ大学の研究チームが2018年3月にオンライン医学ジャーナル「BMJ」で発表した研究では、アメリカ在住の4900人以上のヒスパニック・ラテン系の人々を対象にして、楽観的な気質の人々の健康状態を分析している。

 アメリカ心臓協会の提唱する「ライフシンプル7(Life’s Simple 7)」は喫煙、食事、身体活動、BMI、血圧、コレステロール、空腹時血糖という7つの改善可能な心血管系リスク要因のことだ。

 対象の人々はまず、楽観性を測定するための性格診断テストである改訂版楽観性尺度(the revised Life Orientation Test)を受けてもらった。その後、それぞれの参加者のライフシンプル7の健康状態が診断された。

 収集したデータを分析したところ、楽観性尺度のスコアが高いほど、ライフシンプル7の健康スコアも高くなっていることが浮き彫りになった。つまり楽観的な気質の人物は健康な心臓を持っているということになる。

 楽観性はテストで判明する以外にも、年配であることや、結婚しているかパートナーがいる、十分な教育を受けている、裕福であるという条件でもその人物の楽観性を推察することができるということだ。

 さらにアメリカ疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention)の調査では、生まれがアメリカではないラテン系の人々は、アメリカ生まれのラテン系アメリカ人よりも循環器系疾患に罹患するリスクが50%も低下するということである。楽観的な気質と健康との因果関係はまだよくわかっていないのだが、有意の関係があるとみてまず間違いないのだろう。心臓の健康のために楽観的な性格になるという選択もあり得るかもしれない。

参考:「NBER」、「Association for Psychological Science」、「BMJ Open」ほか

文=仲田しんじ

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