組織の中でトップに君臨する人物は他の人間と何が違っているのか。知能なのか腕っ節なのかそれとも強いメンタルなのか。最近の研究ではそれは“素早い決断”にあることが指摘されている。
■権力を握る秘訣は“素早い決断”にあった
ヒエラルキーの階段を登りつめ、支配力を増していく人物は平凡な人間とどこが違うのか。それは反応が速く“素早い決断”ができることにあることがスイスの研究から報告されている。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームが2018年8月に学術ジャーナル「Cerebral Cortex」で発表した研究では、支配力を持つ男性のその力の源泉は“素早い判断”にあったことを突き止めている。
240人の男子大学生が参加した実験ではまず、支配的な性格特性を計測するテストを受けてもらってから、認知機能を測る5つの課題に挑んでもらった。写真の人物の表情から感情を読み取るタスクや、顔を覚えるタスク、道順を覚えるタスクや、スクリーンに特定の画像が表示された際になるべくキーを早く叩くタスクなどがあったが、実際に意味を持つ課題は5番目のタスクであった。
5番目のタスクでは、参加者はEEGと呼ばれるキャップ型の脳波測定器を装着した状態で、一連の写真の人物の幸せな顔と悲しい顔を仕分けしてもらった。続いてその後、今度は怒りの表情と普通の顔(無表情)を仕分けしてもらった。
これらの課題を行なっている間の脳活動をモニターしたところ、支配的な性格特性のレベルが高い者ほど顔を見た時に放出される脳内信号が速く出ていることが判明した。支配的な人物は写真の顔を見た直後、およそ240ミリ秒で脳内でシグナルが発生するという。
さらに脳の左島皮質、帯状回、右下側頭回、右角回といった部位が支配的な人物においてはタスク中に活発な活動を見せていることも突き止められた。この脳の部分は感情と行動に関係があると考えられている。
今回の研究で、支配的性格特性が高い男性は、社会的文脈にかかわらず、必要な状況でより迅速な選択を行なっていることが示唆されることになった。つまり“素早い判断”は、高い社会的地位を占う生物学的な指標になるのである。もちろんその“素早い判断”が正解であるのかどうかはまた別の問題になるが、権力を握る人間は他に先んじて“先手を取る”決断をすることで、その支配力を強めていることがサイエンス的にも明らかになったといえそうだ。
■サイエンスに裏付けられたコイントスの方法
素早い判断で常に先手を取って物事が進められればかなりの成功が収められそうだが、問題なのは判断に迷うケースだ。どちらかに決められなくて迷っている間に先を越されてしまうだろう。そんな時に役にたつのが“コイントス”だ。
コイントスは普通なら“運を天にまかせる”ことであるが、サイエンス的にコイントスを活用するにはその先がある。
フリーデリケ・ファブリティウス氏とハンス・ハゲーマン氏はその共著作『The Leading Brain: Neuroscience Hacks to Work Smarter, Better, and Happier』の中で次のように解説している。
「どちらを選んでも同じくらいのメリットに思われて心が引き裂かれたならば、コインをトスしてみてくさい。コイントスで決まったその決定に満足し、信頼感を得たならばその決定を実行してください。一方でもし、コインの決定に何か後味の悪さを感じたり、そもそもどうしてこんな重要なことをコイントスで決めてしまったのだという思いが過ぎった場合にはその反対の選択をしてください。“はらわたの感覚(gut feeling)が正しい判断に導くのです」(同書より)
我々の脳の大脳基底核(だいのうきていかく)には、これまでの意思決定の“履歴”が保存されていると考えられている。そして意思決定の局面において、無意識に脳はこの大脳基底核のデータを“参照”しているといわれている。つまり我々が判断に迷っている間に脳はその問題をデータと照らし合わせてベターな判断を導き出しているのである。
脳が出した判断はどうやって当人に伝えられるのか。その役割を担っているのが島皮質(とうひしつ)である。島皮質は当人の身体を守るべくきわめて変化に敏感である。
良い判断をすることは脳内では報酬系になっており、脳が導き出した判断を行なえばわずかながらも快感が得られ気分が良くなる。しかし悪い判断をしようとしたとき、それを阻止しようと島皮質が身体に変化をもたらし、それが気分に影響を与えて違和感や不安感、胸騒ぎなどを生じせしめて当人に伝えようとするのである。
したがってコイントスの後に脳が伝えようとしていることに気づけるかどうかがポイントとなる。もちろん脳の判断が常に正しいとは限らないのだが、もし間違えた場合でもこの意思決定は貴重なデータとして保存され、後の意思決定に生かされるのだ。次に難しい判断に直面した時にはコイントスをして脳と身体に“聞いて”みてもよいかもしれない。
■不確実性に直面した時のほうが正しい判断を下せる!?
時間的余裕もなく、じゅうぶんな情報が揃っていない中でのシビアな決断が迫られる“現場”のひとつが戦場だ。場合によっては兵士の命に関わる判断を指揮官はタイムリーに下さなければならないのだから責任重大である。
こうしたシビアな判断をしなければならない場合は通常、できる限りの情報収集が求められる。そして過去の成功例に照らし合わせるなどして分析し、判断を確実なもにしていく方策が採られる。
「そう出てくればこうする」といった“定石”をいくつも用意できれば確かに判断は楽になるとも言えるのだが、興味深いことに最近の米軍の研究では、そうした定石が通用しないかに思える不確実な状況に直面した時のほうが、その後の判断の全体的な結果は良くなることが指摘されている。
アメリカ陸軍研究所内のネットワークサイエンス部門のジニ・チョウ博士はレンセラー工科大学のサイベル・アダリー教授と協働して「Network Science Collaborative Technology Alliance」という共同開発プロジェクトを発足させている。
このプロジェクトは広い意味で情報処理にまつわるものなのだが、その主たる目的は信憑性のある情報が不足しているために高い不確実性に直面している場合、意思決定のために僅かだが確実な情報から最大限の効果を引き出すことができるかどうかを検証するものである。
研究の結果、興味深いことに情報の洪水の中で不確実な状況に直面した時のほうが概して良い判断ができていることが示唆されることになったのだ。
より確かな判断を下すためには定評のある“定石”通りに考えて不確実な要素をできるだけ排除しようとしがちだが、これが“先入観”という認知バイアス(偏見)を生み出してしまう。しかし最初から定石が通用しそうにない不確実な状況であれば、認知バイアスのない視点から物事を見ることができるのである。したがって先入観に縛られない科学的で公正な判断がしやすくなるのだ。
「不確実性の高い状況下で正しい判断を下すためには、認知バイアスのない視点が不可欠です。真実の情報を追い求める必要はありません。認知バイアスがなければ、僅かな真実の情報からさえ正しい判断に導くことができます」とチョウ博士は説明する。
逆に言えば、定石が当てはまりそうに思える問題であっても、場合によってはその定石と常識を疑ってみる視点もまた必要だということにもなる。意思決定においては先入観や認知バイアスの存在に敏感でありたいものだ。
参考:「Oxford University Press」、「Harvard Book Store」、「Space War」ほか
文=仲田しんじ
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