“迷信”と“先人の智恵”の違いとは?

サイエンス

 自転車を漕いで交差点に近づいた時、コーナーから突然黒い猫が現れたら自転車を止めるだろうか? もしそのまま進んでいたら交通事故の可能性があったのではないかと考えれば、この黒い猫に何らかの意味を感じてしまうかもしれない。たとえそれが“迷信”であったとしても……。

■“迷信”はどのように広まり定着するのか

「夜中に爪を切ってはいけない」、「家の中で傘を広げてはいけない」などの教えに何の疑問も感じることなく従っている人は案外多いという。従わないことには“落ち着かない”という人も少なくないようだ。

 こうした“迷信”はどうやって広まり、そして定着するのだろうか。この謎に米・ペンシルベニア大学の研究チームが挑んでいる。その鍵となるのが進化人類学とゲーム理論であるということだ。

 研究チームは迷信の定着をわかりやすく説明するのに、交差点の信号機を引き合いに出している。対面する信号が赤の時には止まり、青の時には進むというのは交通規則だが、たいていの場合で我々は偶然にその色の信号に直面する。

 信号という偶然のシグナルに行動を左右されてしまうというのは良く考えれば“非合理的”である。自分のほかに明らかに誰もいない時などは、信号を無視したほうが“合理的”であると言うことも可能だ(もちろん交通違反にはなるが)。

 信号が非合理的なものでありながらも、それでも基本的には我々は信号を守る。それは信号を守ったほうが予期せぬ危険を回避できる可能性が高く、また違反切符を切られる可能性も低くなり、長い目で見れば結果的に少ない労力で利益を得られることを理解しているからだ。そしてこの便宜をより多く受けるためには、ほかのドライバーにも信号を守ることが期待されてくる。

 こうした信号のような不合理なものの存在に立脚しつつも、それぞれが最大の利得を得ようとした結果にあらわれる均衡状態をゲーム理論では相関均衡(correlated equilibrium)と定義している。そしてこの信号機はいわば“迷信”なのである。そしてこの迷信に従わなかったドライバーが事故を起しているのを見たり、また常に信号を守ってゴールド免許を獲得したドライバーを知ったりする経験を重ねて、この信号という迷信は強化され“既定事実”になる。

 研究チームはほかの“迷信”もこうしたメカニズムで広まり定着していくと説明している。個々の人間は基本的には合理的な行動を取り、迷信に盲目的に従うことはないのだが、従ったほうが得をするように思えたり、従った他者が得をしているのを見たりした時、この迷信は人々の間で広まり定着するのだ。したがって迷信はその真偽が問題なのではなく、損得の問題ということになりそうだ。

■“13日の金曜日”を科学する

 不吉な日としては筆頭のグループに属するのが“13日の金曜日”だが、サイエンスの側からこの日に何か特徴を見出せるのだろうか。

 これまでの科学的な研究では13日の金曜日がほかの金曜日と何か大きく異なるということはないようだが、しかし今日でも13日の金曜日の特異性を見出そうという研究は行なわれている。

 1907年にアメリカの実業家で作家のトーマス・W・ローソンは文字通りの小説『Friday, the Thirteenth』を出版し、13日の金曜日に株価が下落することをいくつかの例をあげて説明している。しかし2001年にアイルランドの統計学者であるブライアン・ルーシー教授によってその分析が正しくないことが指摘された。ローソンはむしろ株価を操作するためにそのような言説を広めたのではないかとも疑われているようだ。

 因果関係についての科学的根拠はないかもしれないものの、13日の金曜日を意識する人々がその日の行動を変えることで普段とは違うことが起りやすくなる可能性を英・マンチェスターメトロポリタン大学の超心理学者であるケネス・ドリンクウォーター氏は指摘している。例えば不吉なことを避けるために、車通勤で別のルートをドライブしたりするというのだ。

 しかし交通事故の発生件数を調査したいくつかの研究では、13日の金曜日の事故率はほかの金曜日と変わらないことが報告されている。

 ではそれでもなぜ、13日の金曜日が恐れられているのか。同じくマンチェスターメトロポリタン大学の超心理学者であるニール・ダッグナル氏によれは、それは“安心”するためであるという。13日の金曜日のような“迷信”は人々に安心感を与えるものとして機能しているということだ。

 事態が悪化したり、将来悪くなる可能性がある理由を考え出すことは、実際にはうまくいかない時に、それでも人々が事態をコントロールできていることを感じるための方法であるという。

「心理学的に迷信は、外部の出来事に影響を与え、不安を減らし、不確実性を減らしたいという欲求から生じています」(ケネス・ドリンクウォーター氏)

 混迷を深める世の中にあって“迷信”は心の安定を得るための一種の“保険”でもあるようだ。

■インドに伝わる7つの“迷信”の科学的根拠

 世界中のさまざまな民間伝承で“迷信”が語り伝えられているが、その多くは決して荒唐無稽なものではないことが各方面から指摘されている。例えばインドに伝わる7つの“迷信”はその根拠を科学的に立証できるという。

●レモンとトウガラシで“邪気”を防ぐ
 レモンとトウガラシを同じ糸に通して部屋に吊っておくと、災いをもたらす悪意のある“邪気”の侵入の防ぐことができるという言い伝えがインドにある。そして実際にレモンとトウガラシからゆっくり気化して放たれる栄養素によって、いわば自然の防虫剤の役割を果たし、そこに住む者の健康に大きく貢献するということだ。

●泉や川にコインを投げ入れると幸運が訪れる
 古代の多くの通貨は銅製であったが、銅には抗菌性があり、感染症の危険があるバクテリアを99.9%殺菌できるという。したがって昔の人々は銅貨を飲料水に投げ込むことで水を浄化していたことになる。

●日食の時に外に出てはいけない
 太陽は当たり過ぎれば人体に有害な紫外線を放っているが、日食だからといって外に出て太陽を見ると大量の紫外線が目と皮膚に当たることになる。昔の人も日食の日に外出をするリスクを知っていたのだ。

●トカゲが身体の上に落ちてきた者は不幸になる
 トカゲは毒を持つものも少なくないことから、トカゲに接触した者は各種の疾患リスクが高まる。

●日没後に掃除すると貧乏になる
 電力のなかった昔は夜は今よりもずっと暗かった。日没後の暗い中で掃除をすれば、それだけ価値のある物品を誤って捨ててしまうリスクも高まる。

●出かける前にチーズと砂糖を食べると幸運が訪れる
 インドの一部では出かける直前にチーズ(カード)と砂糖をひと口食べる風習が今でも続いているという。栄養面で健康に寄与することで間接的に幸運も招きやすいのかもしれない。

●シソの葉を噛むのはラクシュミー神への冒涜
 シソ(カミメボウキ)の葉は飲み込むもので噛んではいけないという古くからの言伝えがあるという。科学的にはシソに含まれるヒ素類が噛むと直接歯に当たりエナメル質を損傷させることから、昔の人々も歯の健康のために噛まないほうがいいことを知っていたことになる。

 昔から信じられていることは多くの場合、“迷信”ではなくそれなりの意味と理由がある“先人の智恵”であるようだ。

参考:「PNAS」、「Live Science」、「Scoop Whoop」ほか

文=仲田しんじ

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