“軽い運動”がもたらす数々の健康メリット

サイエンス

 運動が健康に良いことはわかっているが、なかなかまとまった時間が取れなくてできないと、あきらめてしまっている人は少なくない。だが余計なことは考えずに帰宅途中に長めに歩いたりするなど、ちょっとした時間にできる軽い運動でもじゅうぶんに効果的であることが最近の研究で報告されている。

■軽い運動でも脳の健康維持に繋がる

 アメリカ合衆国保健福祉省(HHS)は国民に対し、健康を保つために週に150分の強度~中強度の身体活動を推奨している。1日30分の運動を週に5日、あるいは20分程度の運動を毎日行なえばよいことになる。

 しかし生き馬の目を抜く現代のビジネス環境で慌しく働くビジネスパーソンにとって、平日に30分ほどの運動時間を確保するのも難しいという向きは少なくなさそうだ。運動の前後にはそれなりの準備と後始末も必要になる。

 こうした心理的障壁で運動そのものをあきらめてしまうケースもあると思われるのだが、あまり考え過ぎなくても良いようだ。ウォーキングなどの軽い運動を、たとえ週150分に満たない時間でしか行なえなかったとしても、長期的に見れば健康へのメリットが確実にあることが最近の研究で示されている。

 米・ボストン大学医学部をはじめとする合同研究チームが2019年4月に「JAMA Network Open」で発表した研究では、“軽い運動”であっても認知機能のアンチエイジングとメンタルの健康に好影響を及ぼすことが報告されている。軽い運動は身体能力の維持・向上にはあまり役立つとは言えないものの、脳の健康維持には確実に寄与しているのである。

 研究チームは心疾患の追跡疫学調査研究である「フラミンガム心臓研究(FHS)」のデータを分析したところ、軽い運動であっても週に1時間行なうごとに“脳年齢”を実年齢に対して1.4歳から2.2歳、若返らせられることが突き止められのだ。例えば帰宅中などに15分のウォーキングを週に4日行なうだけでも、脳の健康にポジティブな影響を及ぼすことになる。そして週に120分ウォーキングが出来たとすれば最大で4歳前後、脳を若く保てるのだ。

 もちろん週に150分以上運動している者にもこの“恩恵”はもたらされていて、推奨値(150分)に運動を1時間追加する毎に、さらに“脳年齢”が1.1歳若返るということだ。

 つまりまとまった運動ができないと嘆く時間があるのなら、帰宅時に一駅前で降りて早歩きしてみるなど、脳の健康維持に繋がる身体活動は“スキマ時間”にいつでも可能なのである。

■軽い運動は高齢女性の心疾患リスクを下げる

“軽い運動”の効能は脳の健康だけにとどまらないようだ。特に高齢の女性にとって軽い運動は心疾患のリスクを下げることが最新の研究から報告されている。

 米・カリフォルニア大学サンディエゴ校をはじめとする合同研究チームが2019年3月に「JAMA Netw Open」で発表した研究では、実験を通じて高齢女性の身体活動と心疾患リスクの関係を探っている。

 実験サンプルとなった63歳から97歳の女性に対して、身体活動を検知して記録する万歩計のような機器であるフィットネストラッカーを装着してもらい、普段の生活での運動量を7日間にわたって計測・記録した。

 一方で研究者らは参加者の5年間の健康診断データを参照し、心臓発作や脳卒中などの心血管疾患の症状についての実態を追跡した。

 収集したデータを分析した結果、年齢、がんや関節炎などの複数の慢性疾患、歩行などの運動困難、その他の既知の危険因子を考慮した後でも、軽い運動が心臓の健康に重要であることを見出した。

 具体的には軽度の身体活動によって、脳卒中や心不全などの心血管疾患のリスクを最大22%、心臓発作や冠動脈血栓死のリスクを最大42%減らすことが突き止められた。

 高齢女性が意識的に身体を鍛えるケースは少ないと思われるが、たとえばガーデニングや公園の散歩、洗濯物干しや服の折りたたみなどの軽い身体活動でも、高齢女性の心血管疾患のリスクを大幅に下げることが今回確認されることになった。“軽い運動”の重要性がよく分かる話題と言えるだろう。

■“週1時間ウォーキング”で関節炎リスクが低減

“軽い運動”のメリットは脳の健康や心疾患リスクの低減ばかりではない。将来の関節炎リスクにも大きな影響を及ぼしていることを最近の研究が明らかにしている。

 米・ノースウェスタン大学をはじめとする合同研究チームが2019年4月に「American Journal of Preventive Medicine」で発表した研究では、中高年期において週に1時間のウォーキングがきわめて高い確率でその後の変形性膝関節症を予防できることを報告している。

 研究チームは49歳から83歳の軽度の下肢関節疾患を抱えている1564人を対象に、2008年から2014年までの万歩計のデータと膝関節の状態のデータを分析した。

 参加者には膝の具合と歩行動作の状態を聞きだすインタビューを毎年行い、1人につき4年間にわたって収集されたデーター分析したところ、興味深い事実が浮き彫りになった。万歩計のデータから、週に56分以上、中程度以上の身体活動を行なっていた参加者は、歩行困難になる確率が86%も減少していたのである。

 一方でデータ収集開始から4年後、毎週の活発な運動をしなかった者、つまり中程度の運動が週に56分以下だった者は、その24%が横断歩道を安全に渡るには遅すぎる歩行速度になっており、また23%が朝の着替えなどの日常業務に困難な問題があると報告している。

「週1時間ウォーキング」は心がけやすいとともに、運動習慣としてもハードルが低く、中高年期以降の基本的な身体能力を維持するためのわかりやすい指標となる。人生後半になって足腰の問題が生じてくるのは生活の満足度にとって無視できない脅威となるだろう。運動不足であることはあえて認めるにしても、諦めずにスキマ時間を活用してこまめに身体を動かしていきたいものだ。

参考:「Harvard Medical School」、「University at Buffalo」、「Northwestern University」ほか

文=仲田しんじ

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