新年の抱負で“ダイエット”を掲げた人も少なくないのではないだろうか。その進捗ぶりは各人次第ということだが、減量のために運動をすることはあまり効果がないばかりか、場合によっては逆効果になるという説に最近注目が集まっているようだ。
■ダイエットの主軸に運動を据えるのはお門違い
適度な運動はもちろん、心身の健康にさまざまな恩恵をもたらす。具体的には循環器系機能の維持向上、免疫力の向上、各種疾病予防に加えて、昨今は認知機能の維持向上に運動が深く関係していることが指摘されて、ますます運動の重要性が増している。
ダイエットにおいても日々の運動が重要視されている風潮はあるが、こと減量に関しては運動はあまり役立っていないものであることが示唆されている。運動で痩せようという考え方を根本から変えなければならないというのだ。
肥満研究の第一人者であるアレクザイ・クラビッツ博士の説明によれば、人体のカロリー消費で最も大きな割合を占めているのは、各人が備えている基礎代謝である。基礎代謝は比較的個人差が大きいのだが、一般的に一日の基礎代謝は女性で約1200キロカロリー、男性で約1500キロカロリーといわれている。
そして一般的な生活の中で人体が消費するカロリーの6~8割がこの基礎代謝によるものである。摂取した食物を消化吸収するためのカロリーは全体の約10%で、残る10~30%が身体活動によるカロリー消費ということになる。したがって丸1日中、延々と運動をするでもない限り、運動ではごくわずかしかカロリーを消費することができないのだ。つまり減量のために運動をするというのは非効率的であり、さらに時間を奪われるものにもなる。
もし体重200ポンド(約91kg)の人が食事制限はせずに、1回60分のランニングを週に4日行なったとして、30日が経過した時点で減る体重はわずか5ポンド(約2.3kg)である。16~18時間を費やした(加えて運動の前後に要する時間もある)にしてはあまりにも見返りが少ないのではないだろうか。
加えて運動をすれば、食欲も増すため普段より多く食べてしまうリスクもあり、また運動で体調が整えられ食物の消化吸収が良くなり事実上の摂取カロリーが増える場合もある。そして運動をすれば当然疲れるため運動後に動くのが億劫になり、結果的に日常生活のなかでの身体活動が減ってしまうという本末転倒の事態に陥るケースもあるのだ。さらに我々の身体は同じ動きを繰り返すうちに動作に習熟し、なるべくエネルギー消費を抑えようとする“省エネ化”が働くので、同じ時間走っても徐々に消費カロリーは減ってくるのである。
もちろん運動は健康維持のためには多くの利益をもたらしてくれるが、ダイエットの主軸に運動を据えるのはお門違いということになりそうだ。食事制限や食事内容の改善、生活スタイルや睡眠の状況などを含めた幅広い観点から減量方法を考えなくてはならないようである。
■ランナーは引退後9ヵ月間で非アスリートに?
健康管理のために運動の習慣を持つことはとても重要なことだが、中にはかつてアスリートだったという人もいるだろう。元アスリートからしてみれば健康管理のための運動はおそらく物足りないのではないだろうか。
ウェイトトレーニングなどで一度増やした筋細胞の細胞核は多少のブランクがあってもすぐには減らないため、パワー系競技の元アスリートはトレーニング再開後、筋力の増強にかかる時間が非アスリートより早いといわれている。
では長距離走や遠泳、ロードバイクなどの持久力系のアスリートの場合はどうなのか。“昔とった杵柄”で運動再開後はややもすればすぐに運動量を増やしがちになるのかもしれないが、最新の研究によれば慎重になったほうがよいようだ。
遺伝学系学術誌「PLOS Genetics」に2016年9月に掲載された研究によれば、ランニングなどの持久力系のトレーニングの経験は筋肉に“記憶”されないということだ。つまりパワー系種目のアスリートとは違って、ランナーなどはトレーニングをやめてしばらくすると非アスリートに戻ってしまうということである。したがって“昔とった杵柄”を過信して急に高い負荷のトレーニングをはじめてしまうのは、身体にとって危険であるといえるのだ。
スウェーデン・カロリンスカ研究所のマレーネ・リンドホルム氏らが行なった実験では、ボランティア参加者23人の15ヵ月間にわたる運動データを分析した。まず最初の3ヵ月間、参加者は1分間に60回、つまり1秒に1回、椅子に座った状態で片足だけ膝を屈伸するキック動作を45分間続ける運動を週に4日行なった。キックをしないほうの足は一切トレーニングを行なっていない。
3ヵ月後、参加者のトレーニングしたほうの足の筋細胞を調べると、もう一方の足と比較してエネルギー生産に関係しているメッセンジャーRNA(mRNA)の活性が劇的に高まっていることがわかった。
そしてこのトレーニングをストップして9ヵ月後、再び筋細胞を調べてみると、左右の足の違いはまったくなくなっていたということだ。つまり3ヵ月間のレーニングの効果は、9ヵ月間のブランクで水泡に帰してしまうのである。したがって元ランナーでも、トレーニングをしていない期間が長ければ再び走りはじめる際には初心に戻ってトレーニングを積まなければならない。
だがブランクのある元ランナーとはいえ、すべてがまったくの非アスリートに戻るというわけはもない。現役時代の“活躍”を筋肉は忘れ去っているにしても、循環器系や脳はそれなりに覚えているという。したがってまったく運動経験をしたことがない者よりは、少しは効率よく運動能力を高めることができるということだ。とはいえブランクが長ければ長いほど、トレーニング再開時には慎重になるべきだろう。
■45分間の運動は実は1分で可能だった?
もちろん運動を再開することは良いことだが、現在の高度情報化社会の中にあって、運動にばかり時間を割いていられないのも事実だろう。ジムに通う人の多くは、手間をかけずに効率的に運動をしようという意図を持っていると思うが、はたして本当にジム通いが優れた運動の手段なのかどうか、一考を要する研究がいくつか登場している。
カナダのマックマスター大学の研究によれば、45分間のジョギングやトレッドミルの運動は、たった1分間の激しい運動と同等であることを指摘している。忙しい時間をやりくりしながらジムに通っている人にとっては聞き捨てならない話ではないだろうか。
実験では普段運動する習慣のない25人の男性を3つのグループにわけて12週間にわたる調査が行なわれた。1つめのグループはこれまで通りの運動をしない生活を続けてもらった。
2つめのグループには週に3日の運動をはじめてもらったのだが、その内容はウォーミングアップとクールダウンに要する5分に加えて、適度な一定のスピードで45分間バイクを漕くというものだ。1回の運動に要する時間は50分である。
3つめのグループも週3回の運動を開始したが、その内容はインターバルトレーニングである。具体的には2分間ゆっくりとバイクを漕いた後、全力で20秒間漕ぐことを3回繰り返すのだ。最後は2分間ゆっくり漕いでクールダウンするので、トレーニング時間は10分間である。そしてウォーミングアップとクールダウンを除けば、本質的なトレーニング時間はたった1分間(20秒×3回)なのだ。
12週間後、運動をはじめたこの2つのグループの人々の体力は共に向上したのだが、総トレーニング時間に大きな開きがあるにもかかわらず、運動の効果はほぼ同じであったということだ。
2つめのグループの総運動時間が12週間で30時間に及んだの対し、3つめのグループは6時間しか運動していない。それでいて運動の効果が同じということは、インターバルトレーニングがいかに効率のよい運動であるかを証明することになる。
もちろんせっかくジムに来たのだから、気分転換を兼ねてゆっくり運動したいというニーズもあるだろう。しかし多忙な人々にとって、こうした短時間で運動を済ませる方法があることは朗報といえそうだ。運動は大切だが、運動以外にもやるべきことがたくさんある人ほど考慮に値する話題だろう。
参考:「Vox」、「Science News」、「Elite Daily」ほか
文=仲田しんじ
コメント