やはりローンを同時期に2つ以上組むのは避けたほうがよいようだ。借金によって認知機能と意思決定能力が低下していることが最近の研究から報告されている。
■借金が減ると認知機能とメンタルヘルスが向上
消費者金融の利用などで多額の債務を抱えて自己破産に陥る人は必ずといっていいほど複数の金融機関などから借り入れをしているといわれている。それもそのはず、2つめの借金やローンに際して我々はかなり判断能力が低下しており、冷静で賢明な判断ができずに借金を膨れ上がらせる道へと転がりやすくなっているというのである。
シンガポール国立大学の研究チームが2019年3月に学術ジャーナル「PNAS」で発表した研究では、借金を抱える低所得者の負債の一部を肩代わりする実験が行なわれた。
研究チームは借金を抱える低所得のシンガポール人196人に、慈善団体を通じて借金を肩代わりして支払い、その前後に認知機能を測るテストと精神状態についてのアンケートをを行なった。
借金の補填は住宅ローンと未納の光熱費、住民税に対して行われ、最高で5000シンガポールドル(約41万円)が支払われた。借金が5000シンガポールドル以下であれば借金が帳消しになるが、それ以上の借金がある場合は一律5000シンガポールドルとなった。これはつまり、借金が少ない者はきわめてこの“ラッキーイベント”に恩恵を感じられるが、多額な借金を抱える者の有難味は限定的なものになる。
ではこの“ラッキーイベント”の前と後では、当人にどのような変化があったのだろうか。収集したデータを分析したところ認知機能と、目の前の小さな利益を優先してしまう「現在バイアス(present bias)」、メンタルヘルスのいずれもが資金提供の3ヵ月後に好ましい変化を遂げていることが明らかになった。
認知機能を計測するテストでは、提供前の誤答率が17%から4%に低下した。さらに目の前の利益を最優先して将来の利益を軽視する現在バイアスの値は44%から33%に低下し、不安障害などのメンタルヘルスの不調を自覚する割合は78%から53%に減少したのである。
今回の研究結果は、いかに借金やローンの懸念が知的リソースを奪っているのかを示すものになり、逆に言えば同時期での複数の借金やローンは“悪しき判断”に及びやすいことも浮き彫りとなった。長期に及ぶ住宅ローンは除外してもいいのかもしれないが、同時期にローンを複数組むのはできるだけ避けたほうがよさそうだ。
■国債を乱発する積極財政がイノベーションを阻む?
日本をはじめ多くの国が国債を発行して事実上の借金をしているのはご存知の通りだが、個人と同じくもちろん国も債務からはさまざまな影響を受けるだろう。国債の発行は景気を刺激し、経済を活性化する目的でも行なわれるが、本当にそうなのか?
最近の研究では、国家予算に対する公的債務の割合が増えると、どうやら逆の現象が起ることが指摘されている。国の借金が増えると、国民総生産(GDP)が下がりイノベーティブな企業に悪影響が及ぶというのだ。
イタリア、ルイージ・ボッコーニ商業大学のマリアーノ・マックス・クローチェ教授が主導する研究チームが2018年11月に「Journal of Financial Economics」で発表した研究では、国の公債の増加はGDPの成長率にネガティブな影響を及ぼし、革新的企業への投資を滞らせて経済を停滞させることを報告している。
業界にイノベーションを起こす革新的企業は新商品、新サービス、新たなビジネスモデルの創出を促し活気のある経済に不可欠なものだが、皮肉にも国債発行の恩恵を受けられないどころか、ネガティブな影響を及ぼすというのである。
クローチェ教授らは1975年から2013年のアメリカ国内企業6000社のデータを分析して、革新的企業はその年の国の“借金”の影響を受けやすいことを導き出した。つまりイノベーティブな企業は、国の財政が厳しい時にはあまり活躍することができないのである。
国の公的債務が増加することで、金利が上昇し、不確実性が高まる財政政策にプレッシャーを与え、将来のキャッシュフローを予測不可能なのものするという。これによって投資家筋が用心深くなり、石橋を叩いて渡るようなより堅実な投資へと傾く。リスクを伴う革新的企業への投資が嫌われて技術革新が停滞するということだ。
クローチェ教授によれば、緊縮財政にして国の借金を減らし長期金利を安定させることがむしろイノベーティブな企業のためになることを指摘している。経済の活性化のために良かれと思って大量の国債を発行する積極財政が、実際は革新的企業にネガティブな影響を及ぼしているのだとすれば、なんとも皮肉で残念な話だろう。
■“苦学生”にメンタルヘルス悪化のリスク
個人や国ばかりではない、学生もまた少なからず“借金”からネガティブな余波を被っている。学生ローン、奨学金がもたらすメンタルヘルスへの影響が見逃すことができないレベルになっているというのだ。
メンタルヘルス改善プログラムを提供する企業「Silver Cloud Health」が企画し、リサーチ会社「YouGov」が2018年10月に発表した調査では、学費の捻出など経済面で困難を抱える学生のメンタルヘルスの実態が明らかになっている。
調査によれば18歳から24歳の若者の多くがすでに財政面での困難に直面した(している)経験を持つ。彼ら彼女らは具体的に下記のような苦難を体験しているという。
●47%が金融危機の数年間にメンタルヘルスがやや悪化したと述べた。
●50%はメンタルヘルスの支援を求めなかった。
●62%は危機の間の経済的困難の結果としてストレスと一般的な不安を経験した。
●37%は危機の間の経済的困難の結果として睡眠の問題を経験した。
●28%が自殺念慮を経験した。
●60%は金融機関が負債のあるクライアントをサポートするための機構とプロセスを整備する必要があると考えている。
●81%はこれらの機関が金融債務に関連する感情的な健康圧力に対処するための支援ツールを持つべきであると信じている。
●67%は金融機関が金融債務に対処するための支援的な方法を持つべきであると考えている。
●66%は規制当局が金融機関に介入して、財政難に陥っている顧客をより適切に保護するための措置を実施するよう促すべきだと考えている。
●66%はそのような措置には、財政的圧力とそれに関連して発生する精神的健康問題の両方に対処するための支援の提供を含めるべきであると考えている。
「借金とメンタルヘルスは人口統計学的に特に強い関係があります。早期のサポートと介入は、その後の返済計画に取り組むために必要な一種の精神的回復力を提供することができます」と「SilverCloud Health」の科学主任であるデレク・リチャーズ博士は語る。
負債によって悪化したメンタルヘルスによって、一種の現実逃避から衝動的支出のリスクが高まるともいわれていて、最悪の場合、借金が増大する落し穴も待ち構えているという。もちろん高等教育を受ける受けないは自由なのだが、いわゆる“苦学生”のメンタルの健康に及ぶこうしたリスクは広く共有されなければならないのだろう。
参考:「PNAS」、「ScienceDirect」、「Silver Cloud」ほか
文=仲田しんじ
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