記憶力も筋力もアップする!? 意外な“裸足”の効能とは

サイエンス

 粒がきめ細かい砂浜や軟らかい芝生の上を裸足で歩いたり走ったりするのは気持ちがよいものだが、気分が良くなるばかりでなく脳にも良いことが指摘されている。

■ワーキングメモリーを劇的に向上させる方法とは

 朝の出勤前にキッチンの洗剤が切れていることに気づいて、仕事帰りに寄るスーパーで一緒に買おうと思ってはいたものの、その時間になってみるとすっかり忘れてしまっていたということもあるだろう。これは残念ながら、脳の認知機能であるワーキングメモリーがうまく働かなかったためか、あるいはワーキングメモリーの“有効期限”が切れたためと考えられる。

 日常生活を快適に過ごすために欠かせない認知機能であるワーキングメモリーだが、これを大雑把に言ってしまうと、刻々と変化する生活や仕事の状況の中にあって、直近に関わった情報をしばらくの間記憶に留めておく機能のことだ。必ずしも暗記する必要はないものの、仕事や生活の中でしばらく憶えておかないことにはいろいろ面倒なことになる事柄は考えているよりもけっこうあり、ワーキングメモリーの働きはその日の仕事や生活の行動力を左右する重要な機能とも言える。

 このワーキングメモリーを劇的に向上させる簡単な方法があるという。なんとそれは裸足でいることである。

 ノースフロリダ大学の研究チームが2016年4月に学術誌「Perceptual and Motor Skills」で発表した研究では、裸足で走った後はワーキングメモリーが劇的に向上することが報告されている。

 実験では18~44歳の実験参加者72人に、シューズを履いた状態と裸足の状態でそれぞれ16分間、自分にとって快適なスピードで走ってもらい、その前後にワーキングメモリーの能力を測る認知テストを行なった。すると、裸足で走った後のテストの成績は、シューズを履いたときのテストよりも平均で16%高かったのである。

「もしシューズを脱いで走りはじめたなら、ゴールした時点で我々はスタート前よりも賢くなっているのです」と、ロス・アロウェイ教授は研究論文の中で言及している。

 裸足で走るとどうして認知機能が向上するのか? それは裸足で走ることで地面を中心に周囲に対する注意力が高まり、感覚が鋭敏になることで認知機能が活性化するためだと考えられるという。この脳の状態が走った後も続くということになる。

 都市部で暮らす人々にとっては裸足で安全に走れる環境はなかなか得られないとは思うが、最近は裸足に近い感覚で走れる「ベアフットシューズ」の品揃えも徐々に充実してきている。“脳の健康”のために走ってみるのであれば、ベアフットシューズを考慮に入れてみてもいいのかもしれない。

■ベアフットシューズのランニングは筋トレにもなる

 むしろアスリート以外から脚光を浴びているベアフットシューズなのだが、普通のランニングシューズで走るよりもベアフットシューズを履いて走ったほうが脚の筋力が鍛えられるという研究も発表されている。

 ランニングのみの運動では身体の筋肉は増えないことが定説になっているが、香港理工大学のロイ・チャン氏らの研究によれば、ベアフットシューズを履いたランニングで、ふくらはぎと足の裏の筋肉が増えることが報告されている。

 研究ではランニング同好会に所属する平均年齢35歳のランナー38人(男性21人、女性17人)の6ヵ月間のトレーニングと身体のコンディションを追跡調査した。38人のうち、20人にベアフットシューズを提供し、ベアフットシューズを使ったトレーニング状況を詳しく自己申告してもらった。提供したベアフットシューズは、足袋タイプの5本の指が別れるもので、足先からカカトまでフラットな3mmほどの柔軟なソールで覆われておりクッション材などは使われていない。

 6ヵ月が経過した後、MRIで脚の筋肉量を計測してみると、これまで通り普通のランニングシューズでトレーニングをしていたランナーはほぼ変化がなかった一方、ベアフットシューズを履いてトレーニングをした者は、ふくらはぎの筋肉が約7%、足の裏の筋肉が約9%増加してることがわかったのだ。足の裏の筋肉でも特に足先側の筋肉が増加していたということだ。

 これはベアフットシューズを履くことによって、ランニング時の接地が足先側のほうにシフトすることで筋トレ効果が生まれると考えられている。つまり、クッションのないベアフットシューズではカカトから勢いよく着地できないため、足指の付け根で着地して衝撃を吸収する走り方になるということだ。この走り方を続けることで、ふくらはぎと足裏の筋肉が鍛えられるのである。

 誤解がないようにしておきたいのだが、決してアスリートのランニング技術の話ではなく、この走法で早く走れるのかどうかは問題にはされていない。しかしながらケニアの長距離選手などは、このような足先側で着地する走法で実際に早く走っているといわれている。

“厚底シューズ”をはじめシューズの進化によって、現在のマラソン選手やトラック競技の選手はスピード最優先の走法を身につけているといわれている。ネガティブな言い方をすれば、足が“過保護”になっているとも言え、その意味ではこの限りなく裸足に近いベアフットシューズは人間本来の走りを取り戻すための、なかなか鋭い問題提起ということになるのかもしれない。

■足裏を微弱電流で刺激する“中敷き”が登場

 裸足、あるいはベアフットシューズの意外な効能が指摘されることになったが、ビジネスパーソンをはじめ日々忙しく社会生活を送る身にとってみれば、裸足になったりベアフットシューズを履いたりするという機会も時間もなかなかないだろう。

 そもそも人間の足の裏は、直立時には唯一地面と接している“センサー”部分である。しかし靴を履くことで本来足裏を介して伝わるはずの情報が遮られ、生物としての感覚が鈍磨してしまうことが問題になっているわけである。そこで靴の中敷きに微弱電流を流して、足裏の感覚を鋭敏に保つというガジェットが登場している。なんだかちょっと胡散臭い感を受けるかもしれないが、ハーバード大学のれっきとした生物工学の研究チームが開発したものだ。

 電流とはいってもほとんど感じることができない微弱なものなのだが、それでもじゅうぶんに効果を発揮し、平衡感覚や歩行の安定性が向上することが実験で確かめられている。特に足裏の感覚が鈍っている高齢者の歩行をより安定させ、お年寄りの転倒事故を防ぐものになるということだ。

「健康な高齢者であっても、加齢によって知覚機能が低下しています。衰えた知覚機能をテクノロジーによっていかに支援できるのかを研究することはとても意義のあることです」とハーバード大学の研究者、ダニエル・ミランダ氏は「Live Science」の取材に応えている。

 研究によれば、この中敷きが作動している間はステップ幅変動性(step-width variability)と呼ばれる歩行メカニズムが10%向上するということだ。また疲労時の知覚機能の低下を補助するものにもなるという。

 東洋医学でも足の裏のツボは健康に大きな影響を及ぼしていることが歴史的に示されているが、靴を脱ぐことが許される機会には、なるべく裸足に近い状態でいることを気に留めておいてもよいかもしれない。

参考:「Science Explorer」、「Asian Scientist」、「Live Science」ほか

文=仲田しんじ

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