記憶は“逆回し”で思い出されるってホント?

サイエンス

 我々の記憶はスマホやデジカメで撮影した動画クリップと違い、時系列に沿って最初から最後まで順番に思い出しているわけではない。最近の研究では、我々は出来事や体験を“逆回し”にして記憶しているというから興味深い。

■記憶は“逆回し”で思い出される

 楽しかった旅を思い出す時には、その旅で一番印象的だったことがまず最初に頭に浮かんでくるのではないだろうか。ブログに書き残しておこうとしたり、人から旅の詳細を聞かれたりしない限りは、朝家を出た時から帰宅するまでの記憶を順番に思い出すこともないだろう。

 我々はビデオレコーダーのように体験を“ベタで”で記録保存しているのではなく、脳の中でいったん“再構成”してから保存している。そのため、印象的な体験が先に思い出されてくるのである。そしてこの“再構成”のプロセスで、往々にして我々の脳は体験を後から前へと“逆回し”にして記憶していることが最近の研究で報告されている。その意味で我々の記憶はかなり信用できないものなのだ。

 英・バーミンガム大学の研究チームが2019年1月に「Nature Communications」で発表した研究では、128本もの電極棒を使って脳をモニターする実験を通じて我々がどのように記憶を呼び覚ましているのかを探っている。

 実験参加者は例えばテントウ虫やトースターなどの画像を、それを思い出すためのキーワードと共に記憶した。そしてキーワードを示されて画像を思い出す過程において研究チームは、EEGと呼ばれる帽子型の機器で参加者の脳活動を詳しくモニターしたのだ。

 独自に開発したコンピュータアルゴリズムを使って脳活動のデータを分析したところ、キーワードが伝えられた参加者の脳はその対象についてより抽象度の高い情報から思い出していることが突き止められた。たとえばテントウ虫に関連づけられたキーワードを聞かされた時、それが「生き物」なのか「物体」なのかがまず思い出されるという。その次にその画像がカラー写真であったのか、モノクロの線画であったのかが思い出され、以降憶えている限りの詳細なディテールを思い出していくということだ。そしてこれは画像を記憶した過程と逆の順番になっているのである。

「頭の中では鮮やかな“スナップ写真”として思い出されても、それはバイアスをかけて“再構成”したものなのです」と研究を主導したファン・リンデ・ドミンゴ氏は語る。ある意味で思い出は我々の“創作物”であったのだ。

 さらに研究チームは思い出す回数が増えるほどに、その思い出の抽象度がさらに高まる可能性があることを指摘している。つまり楽しかった思い出は思い出すほどに“美化”されていくのである。我々の記憶がいかに信用できないものなのかが改めて思い知らされる話題だろう。

■記憶力の維持・向上のために心がけたい5つのこと

 我々の記憶がそれほど当てにならないものであっても、日常生活を円滑に行なう上では一定の記憶力が必要とされるだろう。長期的な観点から記憶力の維持・向上のために心がけたいことが5つあるという。

●じゅうぶんな睡眠時間
 記憶力を良好に保つためにはじゅうぶんな睡眠が欠かせない。単純に脳を休ませるという以上に、記憶の形成において睡眠が重要な役割を果たしているのである。

 7~8時間の睡眠時間を毎日確保できないという向きは昼寝が推奨されている。かつてのハーバード大学の研究で、45分間の昼寝によってその後の記憶力が要求される課題においてより良いパフォーマンスを発揮できることが報告されている。

●メディテーション(瞑想)
 メディテーション、マインドフルネスにはさまざまな健康へのメリットがあるが、加齢に伴う記憶力の低下を抑制する効果もあるという。

 2011年に米・マサチューセッツ総合病院から発表された研究では、記憶にきわめて強い関係がある大脳皮質(Cerebral cortex)の層が、メディテーションの習慣を持つ者は厚いままであることが報告されている。

 さらにメディテーションはストレスを低減することで記憶力の維持向上に繋がる。ストレスは海馬の構造を変えて記憶力を衰退させる“犯人”なのだ。

●コーヒー、紅茶を飲む
 かつて米・ジョンズホプキンズ大学が行なった実験では、参加者に一連の画像を記憶してもらう課題が課されている。課題終了の5分後、ランダムに分けられた参加者はそれぞれ、200ミリグラムのカフェインが含まれた飲料か、何の成分もないプラセボ飲料のどちらかを与えられて飲んだ(どちらがカフェイン飲料であるかは見た目ではわからず参加者にも知らせていない)。

 24時間が経過した後、参加者は昨日憶えた画像を思い出すテストに挑んだのだが、カフェイン飲料を飲んだグループのほうが概して良い成績を収めたということだ。研究チームは長期記憶の保持にカフェインが好ましい影響を及ぼしていることを指摘している。

●有酸素運動の習慣
 運動は睡眠の質を高め、ストレスを緩和するので結果的に記憶力を維持・向上させる。

 カナダ・ブリティッシュコロンビア大学のかつての研究によれば、有酸素運動の習慣は言語記憶と学習に深い関係がある脳の海馬(hippocampus)のサイズを増大させることが報告されている。

 あくまでも有酸素運動の話で、筋力トレーニングは研究の対象外だが、適度な身体的疲労で眠りの質を高められれば“脳に良い”だろう。

●新しい体験
 生活も仕事もルーティーンに終始していれば脳活動も緩慢になる。言語記憶と学習に深い関係がある脳の海馬は記憶すべき必要のある情報を選りすぐっているのだが、新しい体験がなければこの能力は衰える一方になるのだ。

 規則正しい生活をする一方で、毎日のルーティーンに変化を加えたり、新しい体験を呼び込むことで脳が刺激されより多くの情報を脳に蓄えられるようになるのである。

■学び続ける者には“忘却力”が必要?

 記憶力の維持・向上に務めたいものだが、新しいことを学ぶには重要ではないことをどんどん忘れていくという“忘却力”もまた意外な能力として注目されてくるというから興味深い。

 米国生理学会(American Physiological Society、APS)内の「Institute on Teaching and Learning」が2018年6月に行なった発表では、忘却の持つポジティブな役割が解説されている。

 臨床精神科医でカリフォルニア大学ロサンゼルス校の特別研究教授であるロバート・A・ビョルク博士は、文脈上の手がかりが、記憶の保存と引き出す能力に大きな役割を果たしていることを指摘している。

 文脈の変化は忘却に繋がるのだが、それはまた情報がどのようにエンコードされ検索されるか、その方法をも変えて豊かにすることも可能で、学習を強化することにも繋がるという。つまり状況が変わりいったん忘れたとしても、また別の方法で再び記憶することで学習はより効果的になるというのである。

 ビョルク博士は忘却を、ある情報または手続きをどの程度容易に思い出せるのか、その容易さの低減であると定義している。

 例えば子どもの頃に憶えた自宅の電話番号などはきわめて強固に記憶されているが、その一方でひとつ前に使っていた携帯電話の電話番号はおそらくすぐには思い出せないかもしれない。これは記憶していたとしても思い出す力が弱まっているからであると考えられるのだ。

 そしてビョルク博士は記憶の保存と引き出し能力の違いと、忘却が学習に果たす役割を説明している。忘れることで実際に記憶の長期保持と情報検索力を高めることができるということだ。

 仕事や学業で日々新しいことを学習している限りにおいて、記憶力についてはあまり気にしなくてもよいのかもしれない。忘れた時こそ、別の方法で憶えられるチャンスということだろうか。

参考:「University of Birmingham」、「Hub Spot」、「APS」ほか

文=仲田しんじ

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