見つめてはいけない! 出没が相次ぐサルたちの裏事情

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 昨今、日本各地でサルやクマ、シカ、タヌキなどが街に出没したニュースが続き世間を騒がせている。里山に繋がる地域ならともかく、都会のど真ん中にサルやタヌキが突然現れて“大捕物”となるケースも今や珍しくない。一部の観光地では増えたサルが明らかな“脅威”になっていることも少なくないようだ。

■神聖であるはずのサルが街の“脅威”に

 インド北部のヒマーチャル・プラデーシュ州の州都・シムラーは、イギリス統治領時代の建物が残る独特な街並みで観光地としての人気も高く、夏場の避暑リゾートとしても有名な街だ。多くの観光客を集めるジェイクー・テンプルをはじめとする悠久の歴史を持つヒンズー教寺院などもある風光明媚な観光地のシムラーは今、ある“脅威”に直面しているという。その脅威とは、街に住みついたサルである。

 この“脅威”の実態を如実に物語る動画が少し前にネット上に投稿され、世界中の多くのメディアを賑わせたのでご存知の方も多いだろう。

“売られたケンカ”を買って飛びかかるサル

 シムラーの街の人通りの多い道を歩いていたリュックを背負った青年が、道端にサルがいるのに気づき腰を屈めて物珍しそうに覗き込んでいると、視線に気づいたサルが素早くフェンスによじ登って高い位置から青年を威嚇。噛みつかんばかりに口を突き出して青年に食ってかかる様子はまさに“脅威”そのものだ。

 これに青年もカチンときたのか、サルに向けて手を上げて中指を立てるという某四文字ポーズをとった矢先、サルは野生の瞬発力で飛びかかり青年の顔めがけてドロップキックをお見舞い! 青年が後ろに倒されてしまうほどの威力で、サルは素早くフェンスを越えて安全地帯へと移動。この意外性溢れるドロップキックには驚かされるばかりだが、映象を何度か見ていると、それなりの“常習犯”らしい慣れた身のこなしのようにも思えてくる。確かにこのようなサルに住み着かれることは街の“脅威”だ。

 ヒンドゥー教においてサルは神聖な存在で、古くからの寺院が多いこの地域にはもともとサルが放し飼いのような状態で、信者からエサを与えられながら住み着いていたのだが、ここ最近はこの動画に象徴されるように街の厄介者になってしまったのは皮肉なことだ。一説ではシムラーには今では30万頭ものサルが住み着いているといわれ、一部のサルは“強盗団”化し観光客が持っている食べ物を隙あらば横取りしようといたるところで目を光らせているという。住人の空き巣被害も深刻で、食糧の他に紙幣も盗み出すというから安心して家を空けることもままならないのだという。そして昨年末には最悪の悲劇が起っている。

 2014年11月、シムラーの住人である2児の母親が、家のバルコニーに出ていた際にサルの不意打ちに遭い、足を踏み外して転落死する事故が起きている。また続いてその翌週には通学中の女児が路上でサルに噛まれて重症を負ったという。シムラーにあるリッポン病院の報告だけでも、サルに噛まれたという被害が毎月60件もの数にのぼっているということだ。

“神聖”なサルを大目に見ていた住人と行政だったが、いよいよ見過ごせない事態を迎えて最近になって対策に乗り出し、一時的に保護したメスのサルに不妊処置を施している。これまで8万5000頭のサルに不妊手術が行なわれたということだ。しかし今年に入ってから、動物愛護団体のPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)から不妊手術の中止を求める主張が行政当局に対して行なわれ、事態は一筋縄ではいかなくなっているようである。野生のサルが多く生息している日本においても決して対岸の火事ではないだろうし、また同じように野良猫の問題などにも関連してくる話題だろう。

■襲われる危険性のある動物を見つめてはいけない

 話題を呼んだこの“ドロップキック”の動画だが、まるで事前に演出の打ち合わせでもしているかのように良く出来過ぎている点で、多少の違和感を感じる人もいるのではないだろうか。その違和感とは、中指を立てたポーズを見せられたサルが人間と同じように“侮蔑された”と感じるのかどうかという点だ。これについて心理学者のグレン・ゲーナー教授が「Psychology Today」で興味深い考察を行なっている。そこでカギとなっているのは1872年のダーウィンの著書『人及び動物の表情について』だ。

 ゲーナー教授によれば、『人及び動物の表情について』は初めて進化論的な立場から人間の感情システムを解説した研究論文で、それによればダーウィンの進化論と同じように、感情システムも系統進化を辿って今日の人間まで繋がっているというのだ。つまり我々人間は、犬やネコの感情はもちろんサルの感情システムも備えた上で、人間だけの感情を育んできたということだ。したがってかなりの部分で我々はほかの動物たちと感情を共有することができ、分かりあえるということになる。

 素早い動作や、歯を見せることは多くの動物にとって敵意の現われであると認識されており、例えば飼い犬はテレビのスポーツ中継に夢中の飼い主が手を上げたり、ソファから立ち上がったり、奇声を上げたりするたびに同じ部屋にいて恐怖を感じているのだという。

 そしてゲーナー教授は改めてこの“ドロップキック”動画を分析して解説している。まずこの青年は道を歩いていて不図、目にしたこのサルをしげしげと見つめているが、見つめるという行為は多くの動物にとって“脅し”の行為であるという。これによってこのサルは“ケンカを売られた”と思いフェンスに上って応戦する構えを見せたのだ。

 次におそらく青年は何か言葉を吐きつけながら歯を見せたことで、サルは威嚇されたと感じたはずだという。さらに中指を立てる動作はサルの側にしてみれば攻撃を仕掛けられたと同じことで、これによってサルは反撃に出たのだと教授は説明している。中指を立てる仕草が例の四文字言葉であるという認識はさすがにないにしても、“ケンカを売られた”ことはありありと実感できるということだ。つまりこの程度の出来事であれば、人間はサルと感情を共有できているのである。ともあれここから導かれるシンプルな教訓は、襲われる危険性のある動物を見つめてはいけないということだ。

■大規模な“養猿場”の存在が明るみに

 一方、アメリカでも一部の地域では人間の生活圏にサルが出没して時折ローカルニュースを賑わせている。アメリカ国内でサルがよく出没する地域を調べてみると、いくつかの地域が挙がってくるのだが、その中のひとつにフロリダがある。先日の11月6日にも、レイク郡中心部のレディ・レイク小学校にサルが出没。校舎の屋根を堂々と(!?)歩き回る様子が撮影されている。

 またフロリダ州マイアミにはサルの繁殖保護施設である「モンキー ジャングル」があり、12ヘクタールの広さの保護区に30種約400匹のサルが放し飼いにされており、訪れた入園客を楽しませている。またシルバー・リバー沿岸一帯には野生のアカゲザルなどが生息しており、観察ツアーなども組まれている。

 サルが身近に感じられそうなフロリダだが、今年前半、これまであまり知られていなかった施設がフロリダ南部にあることが広く世に知られることになった。その施設とは、養豚場や養鶏場ならぬ“養猿場”である。

 毎年海外から2万匹もの動物実験用のサルがアメリカへ輸入されており、その大半はフロリダ州南部のヘンドリー郡に集められると言われている。そこには実験用のサルを集めて飼育する大型の施設があったのだ。ほんの少し前までこの施設の存在は一般の国民にはあまり知られていなかったということだ。

 フロリダ州ヘンドリー郡の大型“養猿場”

 この施設に目をつけた動物愛護団体のPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)のために、2014年の秋からこの施設の従業員になって働きはじめた女性がいた。彼女は8ヵ月にわたって同僚の働きぶりを密かにビデオ撮影し、施設内で行なわれているサルへの虐待の光景を収録。そして今年6月、この映象がPETAを通じて公開され、世の反響を呼ぶと共にこの施設の存在が広く知られるようになった。

「ヘンドリー郡の“モンキービジネス”を廃止せよ!」というスローガンのもとに施設の操業中止を求める運動が起こり、政府の実験動物福祉局(Laboratory Animal Welfare)がこの施設に対し綿密な現地調査を行なうことになった。ちなみに“モンキービジネス”とは英語では“濡れ手に粟の商売”の意味を持っている(!)。

 動物愛護団体等とその賛同者による施設の廃止運動は高まりを見せたが、この9月に政府当局は調査の結果、当施設は適切に運営され連邦法をすべて遵守していると結論づけている。施設はこれまで通り運営されることになったが、このような施設の存在と、集められたサルが提供先で実験しやすいように調教されている実態が明るみになったことは、決して少なくないショックを世に与えたのではないだろうか。施設を逃げ出したサルが人間社会に復讐するという、まさにリアル『猿の惑星』のような話の展開をつい想像してしまうが(!?)、今後行楽地で見かけるサルを見る目が変わってしまうような話題が続いている。いや、くれぐれも見つめないようにしていただきたいが……。

参考:「Hindustan Times」、「Psychology Today」、「Orlando Sentinel」ほか

文=仲田しんじ

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