衛生面にもメンタル面にも良い手洗いの効能!

サイコロジー

 仕事にひと区切りつき、すぐに「さぁ次!」とスムーズに移れればそれにこしたことはないが、頭を切り替えるのに何かちょっとした気分転換ができれば勢いもつくというものだろう。最新の研究では、なんとも身近で手軽な手洗い行為が気分の“リセットボタン”になることが指摘されている。

■手洗いで頭を“リセット”できる

 カナダ・トロント大学が2017年6月に発表した研究では、ウェットティッシュで手を消毒した者の知的作業の優先順位は、より融通か利くように変化することが報告されている。つまり手洗いをした後は、目標を修正したり別の目標に切り替えたりしやすくなるということだ。

 認知心理学の分野でプライミング(Priming)という概念があるが、これは先行する情報や刺激によって後の認識に無意識に影響を及ぼすことである。カレー店の看板や広告が多い通りを歩いてから昼食を何にするか決める時には、カレーがより意識にのぼりやすくなるといった些細なことから、偶然に観賞したドキュメンタリー映画に感動して自然保護活動に目覚めるといったことまで、日常生活の中でプライミングは無数に起きている現象だ。

 実験に参加した大学生にはそれぞれこのプライミングが組み込まれたワードパズルが課された。つまり解答のヒントになるような言葉を前もって見せられてからワードパズルに取り組んだのだ。そして実験参加者は2グループに分けられ、一方のグループはウェットティッシュで手を拭いてから課題に挑んでもらった。

 こうして収集した解答データを分析すると2グループの違いが浮き彫りとなった。手をきれいに拭ってからワードゲームに挑んだグループは、もう一方のグループよりもプライミングの影響を受け難いことがわかったのだ。

 ということは直前に行なっていた作業とはまったく別の作業に切り替える場合などには、頭を“リセット”するために手を洗ってみてもよさそうである。また、重要な問題に対して先入観をなるべく取り除いた状態で慎重に考えたい場合も手洗い行為が有効に作用するかもしれない。

 手洗い行為がメンタルに及ぼす影響を探った研究はこれが初めてではなく、これまでも手洗い行為が非道徳的行為の罪悪感に影響を及ぼしたり、自由な選択において不規則性を生じさせることなどが報告されている。

 さらなる研究が求められているが、少なくとも今回の研究では、手洗い行為は目下の対象をいったん心理的に分離させる機能があることが指摘されることになった。つまりそれまで専心していたものを手を洗うことで客観的に見ることができるようになるのだ。ちょっと頭の中を整理したくなったとき、この手洗いの効能を活用してみてもよいだろう。

■手洗いは水だけでもじゅうぶん

 気分転換になるという手洗いだが、もちろん衛生面での実益もある。手洗いの励行は健康的な生活の基本中の基本とも言えるものだ。

 やるからには毎回入念に行ないたい手洗いだが、液体石鹸と温水で1日何度も手を洗うことで、手の肌荒れが気になってくるという向きも少なくないかもしれない。しかし、そうした懸念を多少は払拭してくれる最新研究が報告されている。手洗いは水だけでもじゅうぶんだったのだ。

 米・ラトガース大学の研究チームが2017年5月に「Journal of Food Protection」で発表した研究では、21人の実験参加者にあらかじめバクテリアを付着させた手をさまざまな温度で洗ってもらう実験が報告されている。その際、使う液体石鹸の量も3つのバリエーションをつけ、手洗い後のバクテリアの状態が計測された。

 収集したデータを分析したところ、どのパターンの手洗いであれ、バクテリアを洗い流す効果にほとんど違いはなかったのだ。つまり温水で多量の液体石鹸を使って洗っても、冷水で少量の液体石鹸を使って洗っても、バクテリアを除去するという点では同等の行為となるのだ。手の肌荒れを気にする人にとっては朗報と言えるだろう。

 今回の研究結果はNHS(イギリス国民保健サービス)の公衆衛生に関するアドバイスを修正するものになる可能性があるということだ。NHSは手洗いについて、水に加えて温水を使うことも奨励していて、石鹸を使って20秒間念入りに手を洗うようにアドバイスしている。しかし今回の研究で、アドバイスにあえて温水を書き加える必要性が低くなり、また時間についても10秒間できわめて効果を発揮しているという。

 もちろん1日の中で何度か時間をかけてじっくり手を洗うことも必要だが、時間がない時や肌荒れが気になる時などは水だけで短時間サッと洗うだけでもじゅうぶんに衛生が保たれるということになる。手洗いができる状況に出くわした際には、短時間でもいいので極力手を洗うように心がけたいものだ。

■他者の手洗い行為を見て心が癒される!?

 心身の健康に欠かせない手洗いだが、興味深いことに他者が手を洗っている姿を見るだけでも不安が緩和されるという。手洗い行為を目にするだけで心が癒されるのだ。

 不合理な行為や思考を無意識に反復してしまう精神疾患が強迫性障害(obsessive-compulsive disorder)だが、その症状のひとつに極度に不潔を嫌悪する不潔恐怖症や細菌恐怖症がある。この症状を持つ人は極端に不潔を恐れるがあまり、意識するとしないとに関わらず日常生活の中で何度も手洗いを繰り返していることが報告されている。

 そしてこのような1日に何度も手を洗う不潔恐怖症の症状が、他者の手洗い行為を見ることで緩和されることが最新の研究で指摘されているのである。

 英・ケンブリッジ大学と米・カリフォルニア大学の合同研究チームは、頻繁に手を洗う不潔恐怖症を持つ10人に実験に参加してもらい映像を見てもらった。映像ではエチケット袋(ゲロ袋)や血がついた解いたばかりの包帯、尿瓶などの不潔なモノをゴム手袋をした人物がそれぞれ15秒間触っていて、それを見てどの程度嫌悪感を感じるのかを評価してもらった。そして映像には人物が手を洗うシーンも含まれていた。

 想定の通り、不潔なモノを触る映像を見て不潔恐怖症の人々はかなりの嫌悪感を感じていることがわかった一方、手を洗うシーンを見てきわめて不安が取り除かれていることも判明した。面白いことに、手を洗うシーンを見ている最中に、映像の人物の洗い方がじゅうぶんでないと忠告する参加者もいたという。参加者たちはまさにこの人物の動作きを“自分の身になって”見ているのである。

 他者の行為を見て、それを自分が行なったときと同じ脳活動を起させる神経細胞はミラーニューロンと呼ばれ幅広い分野で研究が行なわれているが、メンタルヘルスの分野では疑似体験療法や暴露療法(Exposure therapy)と呼ばれる治療法の開発にこのミラーニューロンの働きが取り入れられている。そしてこの研究は、不潔恐怖症の治療法の開発に繋がるものとして期待できるということだ。

 強迫性障害ではない人々であっても、他者が手を洗っていたり自身の身体をケアしていたりする光景を見て“心が和む”ということはあるかもしれない。例えば温泉紹介番組は見ているだけで癒されるというのがその人気の主たる理由であることは間違いないだろう。もちろん企画によっては別の要素(!?)がメインであったりもするが……。

参考:「APA PsycNet」、「JFP」、「National Library of Medicine」ほか

文=仲田しんじ

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