行列に並んだ回数が多いほどその店のファンになる!?

サイエンス

 人生を左右する決断から昼食の店選びまで、人生は選択の連続だ。選択肢はなるべく多いほうがさまざまな可能性が広がるとも思えるのだが、最近の研究では選択肢が多過ぎても少な過ぎても意思決定が難しくなるという。

■選択肢が少なくて多くても意思決定が難しくなる

 我々がよりよく“品定め”するにはどの程度まで候補を絞り込めば良いのだろうか。米・カリフォルニア工科大学やスペイン・IESEビジネススクールやなどの研究者による国際的な合同研究チームが2018年10月に「Nature Human Behaviour」で発表した研究では、実験参加者の脳活動をfMRIでモニターした状態で意思決定を行う実験を行なっている。

 我々の意思決定のプロセスでは脳の2ヵ所の活動が活発になるといわれている。1つは前帯状皮質(ぜんたいじょうひしつ)で対価と利益を秤にかけて報酬の予測を行なう。もう1つは線条体(せんじょうたい)で物事の自分にとっての価値を決定している。

 研究チームは19人の実験参加者の脳をfMRIでモニターした状態で、マグカップに印刷する風景の写真を選んでもらう実験を行なった。その際、選んで貰う写真の選択肢を6枚、12枚、24枚の3通りでそれぞれ選択をしてもらった。

 収集データを分析した結果は実にわかりやすいものになった。選択肢が12の時が最も脳活動が活発になっており、選択肢が6と24ではいずれも脳活動は緩慢であったのだ。

 人間の脳は選択肢が少なすぎても多すぎても意思決定が難しくなっているのだが、これは努力と報酬のバランスをとりづらくなるからだと説明されている。

 多くの選択肢を前にその1つ1つを査定するのは脳にとってコストに見合わない労力ということなり、逆に少なすぎる選択肢からは脳は価値ある選択ができないと判断しているということだ。そして脳は意思決定を“放棄”し、前帯状皮質と線条体の活動が急速に鈍るのである。

 研究チームによれば選択肢の数が8から15までの間で最も脳活動が活発になり、より良い意思決定に繋がるということだ。したがって選択肢が少ない場合は少し候補を増やしてみて、逆に多すぎる場合は候補を絞り込んでみるという準備作業が有効であることになる。

■より良い意思決定のための5つのポイント

 選択肢の数を調整するなどしてより良い決断を下したいものだが、仕事や日常生活のなかでは時間に追われて“苦渋の決断”をしなければならないケースも少なくない。そこでライターで起業家のベル・ベス・クーパー氏がより良い意思決定のための5つのポイントを解説している。

●重要な決断は朝に行なう
 意思決定に影響を及ぼすセロトニンとドーパミンの組み合わせのレベルから言っても、しっかり睡眠をとった後で脳が“判断疲れ”をしていないという点からも、重要な決断は朝に行ないたい。もしも午後に重大な決断をしなければならない場合はその前に身体を休めたりうたた寝をしたりして、なるべく身体の疲労を回復させた状態で行なう。

●空腹で決断してはならない
 空腹でスーパーやコンビニに行けばついつい多く買いすぎてしまう可能性が高くなる。食べ物に関係しない種類の意思決定であっても、空腹の状態では行なってはならない。肉体的な欲望や欠乏感は意思決定にネガティブな影響を及ぼす。重要な決断をする前にはできればゆっくり食事をしてみたい。

●選択肢を絞り込む
 前出の話題と重なる話になるが、選択肢が多い場合は段階的に絞り込んでから最終的な決断を行ないたい。選択の範囲を狭める作業は“脳に優しい”作業である。

●窓を開ける
 自宅でも職場でも二酸化炭素のレベルは意思決定だけでなく認知機能全般に影響を及ぼす。意思決定の前には窓をあけて新鮮な空気を取り入れたり、普段から観葉植物を置くなどして二酸化炭素のレベルが高まらないようにしたい。

●外国語で考える
 母国語では言葉に情緒的なニュアンスがつきまとう。こうした母国語の感情的な側面が意思決定にマイナスに働く場合もある。そこで意思決定プロセスを外国語で言及して考えてみることで感情に縛られない冷静な決断が下せる。母国語で下した決断と比較してみても面白いだろう。

 決断の前にはできるかぎり体調と周囲の環境、条件をを整えてから意思決定に取り組みたいものだ。

■ネズミも人気飲食店の前で“待つ”

 人間の意思決定の傾向には1つのミステリーがある。それは埋没費用誤謬(sunk cost fallacy)だ。

 すでに支払ったり犠牲にしたコストで、もはや戻ってくることのないものを埋没費用という。分かりやすい例で言えばプロスポーツ選手の契約金や、人気の飲食店で列に並んで犠牲にした時間などである。

 人間の意思決定の傾向として、この埋没費用にかなりのこだわりを見せる点がある。多額の契約金で獲得した選手は多少の不調でも使い続けたり、いったん列に並んでしばらく経ってしまうと別の選択肢があっても粘り強く最後まで並んでしまうことなどだ。

 これまでこの埋没費用誤謬は人間にだけ見られる傾向だと考えられてきたのだが、興味深いことにマウスもまた埋没費用誤謬の行動をとることが最近の研究で報告されている。マウスも好きな店の前で“待つ”のである。

 ミネソタ大学の研究チームがこの2018年7月に「Science」で発表した研究では、マウスに“レストラン”の前で待たせるユニークな実験を行なっている。

 研究チームは迷路の中に4つの“レストラン”を用意した。それぞれのレストランは風味の異なるエサを提供する。実験に使われたマウスは事前にいくつかの音が“待つ”ことを意味することを訓練によって理解している。

 迷路に入れられたマウスは4つの“店”のいずれかを選び、店内に入ると音が鳴り響き待たなければならないことがマウスに知らされた。ここで引き返すこともできれば、店の奥に入って待つこともできる。もちろん店の奥に入ったとしても自由に外に出ることもできる。

 マウスの動きを観察した結果、店の奥で長く待ったマウスほど、ほかの店に行きたがらなくなることが明らかになった。待つことで費やしてしまった時間という埋没費用が大きいほど、行動が切り替えられなくなりしぶとく待ち続けてしまうのである。マウスにも人間と同じく埋没費用誤謬の傾向があったことになるのだ。そして一度“待つ”ことを覚えたマウスは埋没費用誤謬の傾向がより強くなるというのである。

 埋没費用誤謬を繰り返すことでさらに“強化”されてくるのだとすれば、ひょっとするとラーメン好きは行列に並んで待つ体験が増えるほどに、その店の熱心なファンになっているのもしれない!?

参考:「California Institute of Technology」、「Buffer」、「University of Minnesota」ほか

文=仲田しんじ

コメント

タイトルとURLをコピーしました