“英雄的行為”を成し遂げた人は実はヒーローになりたくなかった?

サイコロジー

 2018年4月22日に米テネシー州ナッシュビル郊外の飲食店で起きた銃乱射事件では、不幸にも4人が死亡し2人が負傷したのだが、隙をついて銃撃犯を攻撃して銃を奪い店から追い出すという“英雄”が誕生している。

■“英雄的行為”は英雄的な考え方からくるものではなかった!?

 狂った残忍な銃撃犯を退治した“ヒーロー”はジェイムズ・ショー・ジュニア氏。記者会見で同氏が語ったところによれば、決して人助けをしたいとか、正義感に駆られて行為に及んだわけではないと話している。

「私のこの行為は完全に私の身勝手さから来ています。自分だけが助かりたい一心で犯人を攻撃しました。ですから私のことをターミネーターやスーパーマンのような人間だとは考えてほしくないのです」

 しかし本当にそうなのだろうか。“英雄”と持ち上げられることを恐れて本心を隠してないだろうか。しかし最近の研究ではジョー・ジュニア氏は本当のことを正直に話していることが示唆されている。そこには心理学的な裏づけもあるということだ。

 2014年に「PLOS ONE」発表された研究では、イェール大学のデイビット・ランド氏らの研究チームがカーネギー英雄基金からメダルを授与された正真正銘の“英雄”たちをインタビューしてその英雄的行為について研究している。

 研究の結果、英雄行為はよく考えた末の行動ではなく本能的で衝動的なものであることが浮き彫りになったのだ。つまり危機に瀕した人を救おうと考えたり、正義に反すると義憤を感じて行なったわけではなく、何も考えずに身体が動いた結果の“英雄的行為”であったのだ。したがってショー・ジュニア氏の発言は正直にその時の気持ちを説明していると見てもよさそうだ。

 そしてこうした利他的な“英雄的行為”に及びやすい人の特徴もまた示唆されている。例えば腎臓を親族以外の患者に提供した人々は、脳の扁桃体(Amygdala)が著しく大きいことが指摘されている。扁桃体は情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つことが示されており、利他心にも関係しているのではないと考えられるのだ。ジョー・ジュニア氏も大きな扁桃体を持っているのかもしれない。

“英雄的行為”は必ずしも英雄的な考え方からきているものではないことが示されているのだが、とはいっても結果的に多くの人の命を救ったジョー・ジュニア氏のような勇敢な行動は賞賛されてしかるべきだろう。

■英雄は3タイプに分けられる

 米・テンプル大学の心理学者、フランク・ファーリー博士によれば、どうして一部の人々が英雄的な行動に及び、別の人々はいっさいそうした行動をとらないのか、まだまだ謎が多いということだ。

 ファーリー博士によれば、英雄は3タイプに分けられるという。

 1つは前出のジョー・ジュニア氏のようにこれまでは英雄とは見なされていなかったのに、ある状況に直面して英雄的行為に及ぶ人物で、このタイプが最も理解が難しいという。まさに“一夜にして”ヒーローになるタイプで、ファーリー博士によればこのタイプの英雄はおおむね寛大な性格であることが周囲の知人たちから報告されており、英雄の“片鱗”らしきものはあるということだ。

 2つめは生涯を通じた英雄である。プロテスタントバプテスト派の牧師であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニアをはじめ、数々の歴史的英雄がこれに該当する。このタイプは誰の目にも明らかな英雄だろう。

 3つめは職業的英雄である。職務上、ヒーローになりやすい人たちで、警察官、消防士、救急救命士、軍人などがこれにあたる。こうした職業を選ぶ人々は一般に比べてリスクを取る覚悟があり、やはり英雄の素質を持つ人が多いということだ。

 ではどうして人は英雄的素質を持つようになるのか。ニューヨーク大学のチャールズ・マーマー教授によれば、それは育った家庭環境と高い知能、高い学歴が大きな影響を及ぼしているということだ。つまり英雄当人が家族と社会に守られていることを実感できているので、危機的な状況において大胆な行動に出られやすいということになる。

 またスタンフォード大学のフィリップ・ジンバルドー教授は、生物学的な“英雄遺伝子”があるのではないかと言及しているが、科学的な検証にはまだまったく手が着けられてはいない。人々が見せる突然の英雄的行為にはまだまだ謎が多いようである。

■高い場所はリスクテイカーになりやすい

 ある状況下で敢然としてリスクを取る英雄たちだが、最新の研究では高層ビルの上層階などの高い場所にいる時にリスクを伴う意思決定を行いやすくなることが指摘されていて興味深い。

 マイアミ大学をはじめとする合同研究チームが2017年12月に消費者心理系学術ジャーナル「The Journal of Consumer Psychology」で発表した研究によれば、人間は高い場所にいる時に経済的リスクのある意思決定を取りやすくなっていることが報告されている。

 研究チームは資産が5000億ドル(約54兆円)以上ある3000社以上のヘッジファンドを調査して、投資行動の変動性と会社の立地の関係を分析した。調査した会社の立地は地上1階から96階までバリエーションに富んでいたのだが、投資の変動性の高さが高層階の立地に深く結びついていることが突き止められた。つまり高層ビルの高い階にオフィスをもつヘッジファンドの社員はリスクを取った大胆な投資を行ないやすいということになる。

 研究チームはまた、稼働中のエレベーターの中での意思決定について実験を行なっている。エレベーターの中で簡単な賭け事をしてもらったのだが、実験によれば上昇中のエレベーターに乗っている時のほうが、下降中のエレベーターに乗っているよりもリスクを取った賭けに出やすいことが明らかになった。

 さらに大学の校舎の1階と3階でも実験が行なわれたのだが、やはり3階で行なう意思決定のほうがリスクを取って高額なリターンを狙いやすくなることが浮き彫りになったのだ。高い場所にいることで気持ちが大きくなり、強気の意思決定ができそうであることは何となく理解できるが、気分に任せて現実的ではない判断を下したくはないものだ。

 ただ面白いことに実験参加者に「高所ではリスクを取りやすくなる」と伝えてから実験を行なうと、高所でリスクを取りやすい傾向はなくなったということだ。つまり高い場所にいる人は常にリスクを取りやすいと“自戒”することで慎重な意思決定が行なえることになる。ヒーローと高層ビルはなかなかお似合いだが、高い場所では英雄になろうとしないほうがよいのかもしれない。

参考:「PLOS ONE」、「Mens Health」、「Wiley Online Library」ほか

文=仲田しんじ

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