舌だけが主役ではない“ビジュアル系料理”全盛時代に知っておきたいこと

サイコロジー

 商品をアピールするのに、パッケージデザインが重要であることは間違いない。特に食料品においては、パッケージの描かれ方が美味しさを左右するといわれている。料理写真やパッケージデザインという“見た目”が第一にくるのは確かだが、最近の研究では商品を手にとった時の“手触り”もまた味や好感度を左右する重要なファクターであるという。

■カップの形状が味に影響している

 テイクアウトしたコーヒーやコンビニコーヒーは紙コップやプラカップに入れられるが、最近の紙コップはエンボス加工といわれる表面がデコボコしたものも多い。また最近のお菓子の包装箱などは、商品名が浮き上がるように立体的な印刷を施されたものも目立つ。こうした加工は消費者心理に何らかの影響を及ぼしているのだろうか。

 オランダ・トゥウェンテ大学の研究チームが2016年12月に食品産業関連学術誌「Food Quality and Preference」で発表した研究では、カップの形状が飲料の味に影響を及ぼしているのかどうかを探る実験が行なわれている。

 実験では、手にするとゴツゴツした感触をもたらすデコボコのパターンが施されたコーヒーカップと、表面が滑らかな一般的なコーヒーカップの2つを使ってテイスティングの調査を行なった。架空の飲料メーカー(実験参加者には架空であるとは特に知らせていない)のコーヒーと砂糖入りココアを、それぞれ2つのカップで飲んでもらい味を評価してもらった。

 結果は興味深いものになった。たとえ同じコーヒーでも、ごつごつしたカップで飲んだほうが苦味が増して濃い味に感じられている傾向が明らかになった。一方、ココアは普通のカップで飲んだほうが甘味が増してマイルドに感じられていることもわかったのだ。もちろんコーヒーもココアも、カップを変えただけで同じものであるのだが、飲む際の容器が味に少なからぬ影響を与えていることが指摘されることになったのである。

 そして好き嫌いの評価でも同様に、苦味が特徴のコーヒーをごつごつしたカップで飲んだ場合のほうが評価が高まり、ココアの場合は普通のカップで飲むほうに多く好感が持たれた。つまり、味と外観がイメージ的に一致することで、好感度も高まるということである。

 食品や料理の魅力を高める手段として、当然ではあるがパッケージデザインや料理写真が重要視され、これまで食器の形状や手にした時の感触などはあまり考慮されてこなかったが、今回の研究で手触りも商品の魅力を左右するものであることが指摘されることになったのだ。確かに生ビールはゴツいビールジョッキで飲んだほうが美味しく感じられるだろうし、同じくワインもワイングラスで飲んだほうが楽しめそうだ。直接手づかみで料理を食べるメニューはもちろんのこと、手触りなどの触覚も食の楽しみに大きな影響を及ぼしていることになりそうだ。

■“男めし”と“レディースメニュー”に2極分化

 いわゆるLGBTの権利や同性婚の緩和など、徐々にではあるものの社会の多様性が進んでいるのが世界のトレンドだが、こともあろうに“食”はまだまだ古典的な男女観を引きずっているというから興味深い。

 カナダ・マニトバ大学のルーク・ズ助教授らが2015年に社会心理学系学術誌「Social Psychology」で発表した研究によれば、“食”に対して社会には根強いジェンダー区分があることを指摘している。メディアではよく女性がサラダやヨーグルトなどを常食する健康的な食生活を好んでいるかのように描かれるが、実際に世の女性には男性に比べればヘルシーな食事を選ぶ傾向が明確に存在しているという。つまり女性的なメニューが伝統的に決められており、そして多くの女性が実際にそれに従っているのだ。

 このステレオタイプとも言える“食べ物観”は食品や料理を選ぶ際にも強力に働いているという。食品のパッケージデザインが放つメッセージに、人々は多大な影響を受けていることが調査で明らかになったのだ。

 研究チームは男女93人に対して3つの調査を行なった。まず最初の調査では、いくつかのフードメニューを男性的か、女性的か、という判断基準で各人に分類してもらった。メニューは主にファストフードで、ひとつの素材で揚げ物と焼き物が併記されている。例えばフライドポテトにベイクドポテト、フライドチキンにチキンステーキといったメニューである。

 結果は総じてより健康的なメニューが女性的と見なされ、より“ジャンク”なメニューが男性的と分類される傾向が男女問わずにきわめて強く存在することが明らかになった。これは観客の大半が男性であるスポーツ観戦で売られているメニューが、ホットドッグやハンバーガーなどの“ジャンクフード”であることの説明になるとズ助教授は言及している。

 2つめの調査は、食品パッケージのメッセージの影響を探るものだ。中身は同じマフィンのパッケージだけを、男性的なデザイン(例えば男性スポーツ選手など)にすると美味しくて高カロリーであると見なされ、女性的なデザインのパッケージにすると健康的でダイエット仕様の食品であると“勝手に”受け取られるということだ。

 面白いのは、女性も男性的なデザインの“ジャンク”な食品を美味しいものであり、高い対価を払っても構わないと認めているのだが、女性が実際に選ぶのはやはり健康志向の食品になりがちだという。

 3つめの調査では、逆にあからさまに“男性”と“女性”を強調した演出は、異性に対してその魅力が薄れるということがわかった。例えば一部の栄養ドリンク剤などは、CMなどでも完全に男性を対象にしていることからやはり女性の関心はあまりひかず、欲しいとも思われない傾向があるようだ。

 日本でも一部のラーメン店などでかなり“男くさい”コンセプトを売りにしているチェーンもあり、ジャンクな感じはするものの“味に自信あり”という印象を抱かせやすいのが人気の秘密の一端ではないだろうか。一方でスープ専門店などは健康食のイメージが広まっていて実際に女性客も多い。普段何気なく選んでいるフードメニューだが、実はまだまだジェンダーが色濃く反映されているのである。

■料理を見ないで食べると少量で満足できる!?

 真のグルメは料理を“五感で味わう”といわれているが、その中で視覚=ビジュアルが持つ影響力は一般に考えられているほど強大なものであることが指摘されている。新たなダイエット法にすらなり得るというのだ。

 2016年6月に独・コンスタンツ大学の心理学研究チームが「Food Quality and Preference」に発表した研究では、
視覚障がい者の学生は食べ物のクオリティ(味、鮮度など)にシビアな評価を下し、食べる量も少なくなる傾向があることを明らかにしている。つまり料理のビジュアルがない状態では、味に厳しくなり摂取量も減るということだ。

 調査では視覚障がい者を含む学生90人にアイスクリームのテイスティングを行なった。ほとんどの学生が美味しく食べられ楽しい体験であったことを報告しているが、味や鮮度、楽しさなどの評価において視覚障がい者の学生のほうがより低い採点を下す傾向が浮き彫りになった。そして視覚障がい者の学生はアイスクリームを食べる量も平均で9%ほど少ないこともわかったのだ。

 研究チームは料理や食品の“目で味わう”要素が実際に味や満足感に影響を及ぼしていることを指摘している。そのためビジュアル情報を遮ることで、味や魅力が減少すると考えられるという。そして食べる量も減るのだ。

 しかしながらこのメカニズムはまだ完全には説明できず、ほかの仮説としては視覚が遮られることで嗅覚が鋭敏になるため、食品の匂いからくる鮮度の評価にシビアになり、食べる行為がきわめて意識的なものになるためにあまり量を食べられなくなるとも考えられている。いずれにしても、視覚を遮断した状態で食べることで、満足感が早く訪れて食事が少量で済む傾向は確かにあるという。したがって、新たなダイエット法(アイマスクダイエット!?)の開発にも繋がるということだ。

 この場合あくまでも視覚を完全に遮断することが肝心で、照明を落とした薄暗いレストランなどでは逆に食事量が増えることが各種の実験で明らかになっている。これはいわば目の錯覚で、提供された料理の量が薄暗い照明下では実際より少量に感じられるため、普段より多く食べてしまいがちになるということだ。

 ともあれ減量を考えている向きにとっては貴重なヒントになる話題ではないだろうか。外食の際には、見た目が美味しそうではない方のメニューをあえて選ぶことで、不本意ながらも(!?)食べる量を減らすことができるかもしれない。見た目で食欲をそそる“ビジュアル系料理”が全盛の今日だからこそ、なおのこと気に留めておきたいものだ。

参考:「Science Direct」、「Medical Daily」、「Psychology Today」ほか

文=仲田しんじ

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