いわゆる“働き改革”ではフレックスタイム制の見直しも含まれている。働く母親などからは支持されているこのフレックスタイム制には実は概してネガティブなイメージがつきまとっていることが最近の研究で報告されているようだ。
■フレックスタイム制は嫌われている?
フレックスタイム制で働く従業員を、ほかの同僚はどう見ているのだろうか。イギリスの勤労者の実に3分の1が、フレックスタイム制は他の従業員の仕事を増やすと見なしていて、また自分がフレックスタイム制で働けばキャリア形成の障害になると考えているという。
英・ケント大学の研究チームが2018年11月に「Social Indicators Research」で発表した研究では、2011年にイギリスで行なわれたワークライフバランスに関する調査「Work-Life Balance Survey」のデータを分析して勤労者はフレックスタイム制をどう見てるのかを探っている。
分析の結果、勤労者の35%が「フレックスタイム制は他の従業員の仕事を増やす」という言い分に同意していて、同じく32%が「フレックスタイム制で働く者は昇進のチャンスが低くなる」というステートメントにウナヅイテ頷いていることが明らかになった。
概して男性のほうがこの2つの文言に同意する傾向が高く、一方で女性、特に働く母親については後者の文言に“身をもって”納得しているということだ。つまりフレックススタイム制で働く母親たちは自分が昇進レースの蚊帳の外に置かれていることを実感しているのである。
そして2つの文言に同意する男性たちの多くは、実際にフレックスタイム制で働いている同僚のサポートやフォローを余儀なくされた経験があることから、フレックスタイム制は周囲に余計な仕事を増やすものであると否定的に受け止めている。
フレックスタイム制がなぜ昇進の妨げになるのかといえばやはり総労働時間の短さである。フレックスタイム制で働く者はたいていの場合で労働時間が短くなり、組織へのコミットメントが低いと評価されるのだ。
パートタイムワーカーについてはまた異なる実態がありそうだが、今回の研究は概して男性はフレックスタイム制をネガティブにとらえていて、一方で母親の多くはこうした“偏見”の被害者であることを示すものになった。働く現場に変化が訪れている一方で、まだまだ働き方に関する旧態依然たる“偏見”が特に男性の側に根強く残っているようだ。
■“自由な働き方”でサービス残業が長くなる
多様な働き方が可能になっている現在の仕事の現場において、フレックスタイム制に加えて職種によってはかなりの部分でスケジュールの組み立てなどが自由裁量に任されている業務も少なくない。ある意味ではフリーランスに近い働き方とも言えるのだが、こうした自分でスケジュールを調整できる条件下で働く者は結果的に働く時間が長いことが最近の研究で報告されている。そしてその時間の多くは給与に加算されない事実上のサービス残業になるという。
前出と同じ英・ケント大学の研究チームが2018年11月に「Social Indicators Research」で発表した研究では、働き方のスタイルと仕事量の関係を探っている。
研究チームはイギリス世帯縦断調査(Understanding society)の2010年から2015年のデータから、フレキシブルな働き方を3段階に分類した。その3つは下記の通りだ。
●1週間の総労働時間を満たすように日によって勤務時間を柔軟に割り当てるスタイル(文字通りのフレックスタイム制)。
●一部で在宅勤務が可能な働き方。
●スケジュール調整が可能な働き方。
一説ではイギリスの勤労者で平均して男性は週に2.2時間、女性は1.9時間のサービス残業をしているといわれているが、分析の結果、上の2つの働き方では特にサービス残業が平均よりも特に増えも減りもしていないことが明らかになった。
しかしながら3番目のスケジュールも自由裁量で決められる働き方では、男女共にサービス残業が長くなっていることもまた判明した。専門職の男性は平均よりもサービス残業が1時間長くなり、専門職の女性は40分長くなっていたのだ。フリーランスに近い働き方をすれば労働時間が長くなり、しかもその増加した分の労働時間は往々にして給与には反映されない。
そして特に懸念されるのが、パートタイムワーカーでスケジュールが自由裁量の働く母親が被る“実害”であるという。フルタイムの働く母親には週に40分以上のサービス残業は認められないものの、パートタイムの働く母親はプラス20分、つまり計1時間のサービス残業を行なっている実態が導き出されたのである。
これはやはり、パートタイムで働く女性は周囲から組織へのコミットメントが低いと思われているのを自認していることが原因で、それを埋め合わせるためにサービス残業が長くなりがちであると研究チームは説明している。
もちろん周囲がパートタイムワーカーに対してそのようなネガティブな印象を持っているのかどうかはケースバイケースだが、働く現場ではこうした“偏見”を取り除くことはもちろん、“偏見”を生み出さない環境づくりが求められているのだろう。
■“自由な働き方”の長所と短所
ここで一度、“自由な働き方”の長所と短所をまとめてみたい。
●従業員側の長所
○自身と家族の都合に合わせられる
例えば大きな荷物が届くまで家を空けられないケースでも自宅で仕事を進められるなど、パーソナルな用事と仕事が両立できる。
○通勤時間の減少、交通費やガソリン代の減少
満員電車や道路の“ラッシュアワー”を回避できることで、結果的に通勤時間が短くなり燃料費なども緊縮できる。
○スケジュールと働く場所について調整が可能
働き方を自分自身でコントロールできることで仕事への充実感が高まり、独立・起業マインドを養成するものにもなる。
○自分のリズムにあった時間に働ける
朝型であれ夜型であれ、自分のリズムにあった働き方ができる。
●雇用者側の長所
○従業員のモラルの向上
従業員の組織に対する不満が減り、モラルが向上し、組織へのより強いコミットメントに繋がる。
○遅刻や欠勤の減少
急な遅刻や欠勤も後から調節できることで、結果的に遅刻と欠勤が減る。
○離職率の低下
有能なスタッフの組織への不満も少なくなり離職率を減らせる。
○企業イメージの向上
従業員の家族のことも考えた組織は内外のイメージが良くなる。
●従業員側の短所
○スタッフ間の連絡トラブルのリスク
特にチームワークが必要とされる業務においてスタッフ間で緊密な連絡が取れないリスクがある。しかしこれはSNSの活用など技術的にはかなり解決されつつあるだろう。
○家族の誤解と疑念
家族やパートナー、身近な友人などへの説明が不十分であると、仕事をしていないのではないかという誤解を招く場合もある。
○仕事とプライベートの一線があいまいになる
プライベートに仕事を持ち込んだり、職場で私用電話をするなど公私混同のリスクが常にある。
●雇用者側の短所
○ある種の従業員は上司の監督がなければ優れた働きができない
管理監督下でないと実力を発揮でない従業員もいる。また従業員をうまく使って組織の生産性を上げるタイプの管理職もいるだろう。
○クライアントや取引先との関係が希薄になる可能性
関係する企業に従来型の“9時から5時”までの組織が多いと、接触できる時間帯が短くなり、密接な関係が維持できなくなるリスクを伴う。しかしこれも各種のコミュニケーションツールの進歩によってかなりの程度リスクが回避できるだろう。
○不平等感の醸成
全社員に対する説明が不十分であると“自由な”社員の存在が社内に不公平感をもたらす原因になり得る。
“自由な働き方”の長所と短所をよく理解して新たな時代の働き方に順応したいものである。
参考:「University of Kent」、「Springer」、「The Balance Careers」ほか
文=仲田しんじ
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