今の世界には親切が足りていない!? 現代人の親切心を育み、社会に拡散していくために2000万ドル(約22億円)をかけて「親切研究所」が創設された──。
■社会の“解毒剤”としての「親切研究所」が創設
電車で席を譲ることから、自然災害後のボランティア活動まで、親切心があらわれる行動はさまざまだが、基本的にはエゴイストである我々にとってこの親切心はいったいどこから来るのか。そこで米・カリフォルニア大学ロサンゼルス校に今回新たに、優しさと親切心を研究する機関が発足した。
同大学は、民間の財団である「The Bedari Foundation」から2000万ドル(約22億円)の寄付を受けて人間の優しさと親切心を研究する機関「UCLAベダリ・カインドネス研究所」を2019年に設立。同研究機関は、「進化的、生物学的、心理的、経済的、文化的、社会学的」な優しさを調査研究するために設計された研究機関である。
人間の親切心や優しさについての研究はこれまでにもあったが、こうした専門の研究所が創設されることで、研究者たちの横のつながりが生まれより総合的な研究が可能となる。
「現在の国際情勢に溢れる暴力、争いの中で、UCLAベダリ・カインドネス研究所は社会の“解毒剤”を目指しています」とUCLA社会科学部の学部長ダーネル・ハント氏はアナウンスしている。同研究所の研究者たちは親切心は「それ自体が目的化した他者の福利を高める行為」であると定義している。
また同研究所の初代ディレクターを務めるダニエル・フェスラー氏は「優しさには無私無欲が必要であり、人間は種として成功するために優しさを必要とする」と話す。フェスラー氏によれば、近親の範囲外でも親切心が湧きお互いに協力しあうことができる能力は人間特有のものであり、この協調性によって人類が世界を支配することになったのだと説明している。
人間ならではの親切心が今日の社会で不足しているのだとすればまさに人間性を脅かす事態になるのかもしれない。“親切研究所”の今後の研究にも期待したい。
■自分に優しくすることで健康になれる
今日の我々の社会に親切心と協調性がますます求められていると言えるのだが、他者ばかりでなくぜひとも自分にも優しくすべきであることが最近の研究で指摘されている。自分に優しくすることで恐怖心が取り除かれ、生理学的にもリラックスできるのだ。
英・エクセター大学の研究チームが2019年2月に「Clinical Psychological Science」で発表した研究では、実験を通じて自分への思いやり(self compassion)が身体に及ぼす影響を探っている。
135人の大学生が参加した実験では、5つのグループに分けられた参加者がそれぞれ異なる11分間の音声コンテンツを聴いた状態で心拍数と発汗状況が計測された。加えて参加者はまた、どれほど安全であると感じているか、自分にどれほど優しくしているか、他者とどのくらい繋がりを感じているかという質問にも回答した。
5つの音声コンテンツは感情に訴える内容で、自分を叱咤激励する内容のものもあれば、自分に優しくするように促す内容のものもあった。自分に優しくするコンテンツはマインドフルネスの「ボディスキャン瞑想(body scan meditation)」と「慈悲の瞑想(loving-kindness meditation)」に準じる内容である。
実験から得られたデータを分析したところ、予想通りではあったが、ボディスキャン瞑想と慈悲の瞑想のいずれかを聴いたグループは、より自分への優しさと他者とのつながりを感じていた。さらに心拍数と発汗反応も低下していて、生理的にリラックス状態にあった。また、心拍変動(heart rate variability)も増加しており、これはさまざまな状況に柔軟に適応できることを示している。
音声コンテンツの中には自己批判を促すもののあったが、それを聴いたグループは逆に心拍数と発汗反応が高まり、ストレスを受けていることが示されることになった。
決して自分を甘やかすという意味ではなく、自分自身を適切に優しく扱うことで実際に健康になれるとすれば、みすみす見逃す手もない。マインドフルネスの有効性が再確認される話題だ。
■“小さな心づけ”でパフォーマンスが向上
親切心について経営者や管理職にとって見逃せない話題があるようだ。“小さな心づけ”で従業員のパフォーマンスが著しく向上するというのである。
中国・華南理工大学(South China University)をはじめとする合同研究チームが2019年9月に「International Journal of Occupational Safety and Ergonomics」で発表した研究では、実験を通じて“小さな心づけ”が及ぼす従業員のメンタルヘルスへの影響を探っている。
バスの運転手86人が参加した実験では、昼食用のデザートとしてバナナかリンゴを毎日無料で3週間にわたって会社から(ということにして)提供された。バスの運転手は基本的に弁当を持参しており、運行状況によって昼食時間が変動する。
運転手たちはメンタルヘルスの状態を計測するテストを3回受けたのだが、1回目は実験の1週間前、2回目は実験中の中間、3回目は実験終了の一週間後であった。
収集したデータを分析したところ、実験1週間前に比べて、実験1週間後はうつ気分のレベルが著しく低下していたことが判明した。また、物事にうまく対処できるという自信である自己効力感(self-efficacy)のレベルが実験実施中に有意に高くなっていたこともまた明らかになった。
これらの結果から研究チームは、昼食時に無料で支給されたフルーツを食べるのは些細なことのようにも思えるが、業務のパフォーマンスに及ぼす影響は大きいと結論づけた。経営側にとってみれば、こうしたちょっとしたインセンティブで著しくパフォーマンスが向上するのであれば願ったり叶ったりということになるだろう。小さな親切が大きな効果を生み出すと言えそうだ。
参考:「UCLA Newsroom」、「SAGE Journals」、「Pennsylvania State University」ほか
文=仲田しんじ
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