自分に優しく接する“セルフコンパッション”のさまざまな効能が注目されている。最新の研究ではセルフコンパッションが慢性の痛みを和らげていることが報告されている。
■セルフコンパッションで慢性疾患の“ハンデ”を克服できる
慢性的な腰痛や肩こりなどを訴える人は少なくないが、それでも自分なりの対処のしようがあることを最近の研究で示されている。その鍵を握る言葉が“セルフコンパッション”だ。
慢性的な痛みを抱えているとうつ的傾向になりやすいといわれている。ポルトガル・コインブラ大学の研究チームが2018年8月に「Clinical Psychology」で発表した研究では、慢性的な筋骨格系の痛みを抱える231人のポルトガル人女性を対象に調査を行ない、セフルコンパッション及びマインドフルネスとうつ傾向の関係を探っている。
研究の結果、セルフコンパッションとマインドフルネスはうつ傾向とネガティブな関係にあることが突き止められた。つまりセルフコンパッションとマインドフルネスの値が高いとうつになりにくいということになる。
慢性的な痛みに苦しんでいる人は、慢性疾患の困難を克服するためにセルフコンパッションとマインドフルネスを高めることでよい状態になるかもしれないことを今回の研究は示唆していると研究チームは解説している。
研究チームはさらに、セルフコンパッションの値が高い者はたとえ慢性疾患を抱えていたとしても、当人にとって価値のある行動を喜んで続けていくことができることも解明している。そしてここでもまた結果的にうつ傾向になりにくくなっているのだ。
困難に直面した時に自分自身に親切であることは、その苦痛にもかかわらず、物事を前に進め価値のある活動に関わっていく能力をより向上させ、うつ傾向がより少なくなることが示唆されてくるということだ。
つまり自分に優しく接するセルフコンパッションで、慢性疾患という“ハンデ”を克服できることになる。セルフコンパッションの有効性がますます広がりを見せているようだ。
■“完璧主義者”はもっと自分に優しく親切に
慢性的な痛みを抱えることはうつのリスクを高めているのだが、うつリスクを高めるものはほかにもある。そのひとつが“完璧主義”だ。
“完璧主義者”は自分に厳しく、人に任せるよりも自分で仕事を抱え込み、もしも失敗してしまった場合は激しく自分を責める。そして行き過ぎた自己批判によってうつや“燃え尽き症候群”に陥るリスクを孕んでいる。
オーストラリアンカトリック大学などをはじめとするオーストラリアの合同研究チームが2018年2月にオンライン学術ジャーナル「PLOS ONE」で発表した研究では、セルフコンパッションが完璧主義とうつ傾向の関係を緩めることができるのかどうかを探っている。
研究チームは541人の思春期の男女と515人の成人男女に一連の心理テストを受けてもらい、それぞれの完璧主義、うつ傾向、セルフコンパッションの値が計測された。
これらの自己評価の分析から、どちらの年齢グループにおいても、セルフコンパッションは完璧主義とうつ傾向の結びつきを解くのに役立つことが明らかになった。慢性疾患のケースと同じように、セルフコンパッションは完璧主義をうつになりにくくすることができるのである。
研究者らは今後さらに実験と調査が必要であるとしているが、セルフコンパッションは完璧主義の悪影響を弱める有効な方法であると示唆している。
自分を親切に扱うセルフコンパッションの実践は、青年と成人の両方に対して不適切な完璧主義とうつ病との関係の強さを一貫して減少させると研究チームは解説する。完璧を求める傾向のある者にはメンタルの健康のためにも、もっと自分に優しく親切になることが求められているのだろう。
■セルフコンパッションの3つの要素
常に努力が求められる競争社会では、自分で自分を“ムチ打って”休むことなく前進を続けなければならず、努力を放棄すれば自分は無価値で怠け者で弱い人間ということになってしまう。
こうした人間観、人生観が刷り込まれた我々には文字通り通り自分の最大の敵は自分ということになる。しかしよく考えてみれば、自分にとっての憎き敵である自分に良い仕事ができるだろうか。自分に良い仕事をしてもらうには、自分を敵ではなく味方にしなければ良いパフォーマンスは期待できない。
そしてこの自分を味方につける行為こそがセルフコンパッションである。いい仕事をしてくれた同僚をねぎらうのと同じように、自分自身をいたわるのだ。では具体的にどうすればよいのか、この分野のリーダーの1人であるクリスティン・ネフ博士によればセルフコンパッションには3つの要素があるという。
●自分へのやさしさ(self-kindness)
困難に直面した時、自分の力不足を責めるのではなく自分を温かくやさしく扱う。次に困難を迎えたとき、そうした困難に立ち向かっている友人を応援するのと同じように自分を扱いサポートしてみる。
●人間性の共通項に着目(Common humanity)
困難な状況に直面したとき、心の内なる対話はたいていは孤独感に支配されている。つまりこれらの試練は孤独な戦いであり、不公平に扱われていると感じているのだ。
しかしそうした罠に落ちるのではなく一歩前進してみることだ。苦難はみんなが体験しているのであり、この不安を自分一人が味わっているのではないことを確認する。
●マインドフルネス(mindfulness)
セルフコンパッションの重要な要素に意識的(マインドフル)であることと、自分の現在の考えをよく把握していることがある。このマインドフルネスによって、感情を表現する際により大きな観点からバランスよく物事を眺めることができるようになる。そして一時の感情に過度に固執することを防止できるのだ。
どんなに競争力が高くともセルフコンパッションは有効に作用する。セルフコンパッションは決して競争心やチャレンジ精神を取り除くものではなく、もたらされる最大の利益を引き出すことである。自分が自分の最大のサポーターになることなのだ。
自分を大切な友人のように扱うのは最初のうちはうまくできないかもしれないが、慣れるにしたがって失敗や困難に直面しても喜びが増し、結果的に個人的な目標や仕事で設定したゴールにより早く到達できるようになるということだ。数々のポジティブな効能があるセルフコンパッションを意識的に取り入れてもいいのだろう。
参考:「Wiley Online Library」、「PLOS ONE」、「Inc.」ほか
文=仲田しんじ
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