人と話を交わすことは概して楽しいことだろう。仕事で単独の作業をしていた場合などには、ちょっとした雑談が息抜きにもなる。その一方であまり意味のない会話はしたくないという人もいそうだが、こうした日常生活の会話と幸福度を探った興味深い研究が報告されている。
■幸せな人々は普段どんな話をしているのか?
仕事上で面識のある人や隣人などに出くわした際、挨拶をする場合もあれば、向こうが気づいていないと思えばそのままやり過ごすこともあるだろう。エレベータなどに同乗していた場合は挨拶だけでは手持ち無沙汰になり、天気の話などのちょっとした雑談を交わしたりもするケースもある。
日常生活の中でこうしたスモールトークが多いかどうかは、その人の生活スタイルや交遊範囲の広さなどでずいぶん違ってくるだろう。そしてこうしたスモールトークが好きな人もいれば苦手な人もいる。
米・アリゾナ大学の研究チームが2010年に発表した研究では、実際に79人の学生に4日間小型レコーダーを装着してもらって日常生活でどんな会話をしているのかを録音し分析している。そして各人に生活の幸福度を報告してもらったのだ。
レコーダーは12分30秒毎に30秒間の録音をするように設定してあり、日常生活の中でのさまざまな会話の断片が収集され、4日間の会話の断片はその内容によって分類された。例えば天気の話題のようなスモールトークから、学問の話題や悩み相談などのカテゴリーに分けられたのだ。
分析の結果、興味深い実態が明らかになった。最も幸せな生活実感のグループでは日常生活の会話の約半分が意味深い内容の会話で、スモールトークは会話の10%を占めるに過ぎなかったのである。
一方、幸福感が低いグループでは会話の3割はスモールトークが占めていて、意味深い内容の会話は22%しかなかった。
もともと幸せな環境にある人が意味深い内容の話をしがちなのか、それとも意味深い内容の話をする機会が増えることが幸せな生活実感に繋がるのか? アリゾナ大学の心理学者であるマティアス・メール氏によれば、どちらが先というよりも、意味深い会話と幸せな生活実感は“手を携えて”やって来るということだ。
もちろん意味深い内容の会話は話す相手を選ぶことになり、時には論争も招きかねない。しかしそのリスクがあっても意味深い会話は相手との結びつきを深め、生活を充実したものにしてくれるということだろう。友人知人や家族との会話において、その内容に少し気を配ってみてもよさそうだ。
■自分で自分のことを“○○さん”と呼んでみたら……
心を通わせあう会話は、それだけでもストレスを緩和しメンタルの健康に好影響を与えることが各種の研究で指摘されているが、忙しい生活の中では人とじっくり深い話をする機会がなかなか作れないという向きも少なくないだろう。
しかしそうした時間のないビジネスパーソンにも朗報が届いている。自分1人でもメンタルの健康が維持できる“会話”の方法が最新の研究で指摘されている。その方法とは単純で、自分で自分のことを“○○さん”と3人称で呼ぶことだ。
米・ミシガン大学とミシガン州立大学の合同研究チームが2017年7月に「Nature」で発表した研究では2つの実験を通じて、自分を3人称で形容することが、ストレスとネガティブな感情からの悪影響を緩和し、感情のバランスを保つことを報告している。
最初の実験では、37人の大学生に脳波を計測するEEGという装置を頭に着けた状態でいくつかの画像を見せて、どのように感じたかを報告してもらった。画像の中には心を揺さぶられるショッキングな画像も混ぜられていた。そして画像を見て感じたことを表現する際に主語を「私は~」という1人称と、「(自分の名前)は~」という3人称の2通りで表現するように求められた。
一連の作業中の脳波をモニターした結果、ショッキングな画像を見せられた際、3人称表現をすることで感情の起伏が急速に沈静化することが確かめられた。
2番目の実験では、52名の学生の脳活動の動きをfMRI(機能的磁気共鳴映像装置)でモニターしながら、それぞれに過去の悲痛な体験談を語ってもらった。その際にも、1人称と3人称の2パターンで話したのだ。
体験談を語る学生たちの脳をモニターした結果、3人称で話している時は1人称の時よりも悲痛な体験に関与していると思われる前頭前皮質の中ほどの領域の活動が抑制されていることがわかった。
この2つの実験で、自分を3人称で呼び客観視することで、心を揺さぶられる場面でもより冷静でいられ、精神的によりタフでいられることが指摘されることになった。気になった向きは自分のことを「○○さん」と呼んでみる癖をつけてみてもいいのかもしれない。しかし人前でうっかり出てしまわないよう気をつけなくてはならないが……。
参考:「National Center for Biotechnology Information」、「Nature」ほか
文=仲田しんじ
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