脚を使わないと頭が悪くなる?

サイエンス

 適度な運動習慣は心身の健康に不可欠だが、運動は脳にも良いことが最近の研究で相次いで報告されている。運動によって脳の血流が適正に保たれ加齢による認知機能の低下を食い止めるのだ。

■運動習慣で認知機能が改善

 脳の血流がスムーズであることは脳の健康のバロメーターとなるが、中高年期以降は複雑な様相を見せはじめるという。

 主に加齢に伴い脳の血流量が低下すると認知機能も徐々に衰えてくるのだが、軽度認知障害(mild cognitive impairment、MCI)にまで進行すると、症状を埋め合わせようとして血流量が増えてくるという。これでいったんは認知機能の衰退を食い止められるが、この状態が続けばさらなる記憶喪失を予兆するものになるということだ。

 米・メリーランド大学公衆衛生大学院の研究チームが2019年1月に「Journal of Alzheimer’s Disease」で発表した研究では、12週間の軽度の運動習慣が脳の血流量に及ぼす影響を探っている。

 実験では、軽度認知障害者のグループ、脳の血流量が低下しているグループ、そしてコントロールグループとして健康な成人のグループに1日30分の運動(中~強程度のトレッドミル)を12週間続けてもらった。

 12週間後に各人の脳の血流量を調べたところ、軽度認知障害者の増えていた血流量が減少し、さらに認知機能テストの成績が向上したのである。具体的には、軽度認知障害者の左島皮質および左前帯状皮質における脳血流の減少が、言語運用能力の改善に強く関係していると考えられるという。

 一方、脳の血流量が低下していた者は運動習慣によって血流量が増え、こちらもまた認知テストの成績が向上した。

「我々の研究結果は運動がすでに認知機能が低下している人々の脳機能を改善できる証拠を提供します」と研究チームのカーソン・スミス准教授は語る。脳機能の衰えを感じたとしても、運動習慣を持つことでまだまた認知機能を改善できるとすれば将来に希望が持てる話題だろう。

■有酸素運動で“考える力”が取り戻せる

 運動は認知機能の維持、向上のみならず“考える力”をも養ってくれるというから興味深い。

 米・コロンビア大学をはじめとする合同研究チームが2019年1月に神経科学系ジャーナル「Neurology」で発表した研究では、有酸素運動が認知機能に及ぼす影響を実験によって検証している。

 実験では20歳から67歳の132人の参加者に週4回の運動を6ヵ月間続けてもらい各種の健康データと認知機能を計測するテストの回答データを収集した。参加者はいずれも非喫煙者で、認知症の症状のない健康な人々ではあったが運動能力は平均以下で、実験開始の時点で運動習慣はなかった。

 参加者は2グループに分かれて、Aグループは有酸素運動(トレッドミルなど)を行い、Bグループはストレッチ運動と体幹トレーニングを行なった。運動中には全員に心拍計が着けられて心拍数がモニターされ、運動量が正確にチェックされた。

 そして実験開始直前、3ヵ月後、そして6ヵ月後の終了時に記憶力と思考力を計測するテストが全員に課された。収集したデータを分析したところ、有酸素運動を行なったAグループは6ヵ月で思考力が顕著に向上したことが明らかになった。

 Aグループの思考力は6ヵ月後に平均して0.5ポイント向上していたのに対し、Bグループは0.25ポイントの向上にとどまった。そしてAグループの40歳はBグループの40歳よりも0.228ポイント成績が良く、さらにAグループの60歳はBグループの60歳よりも0.596ポイントも成績が良かったのである。

 研究チームによると0.5ポイントは年齢にして10歳であり、Aグループの50歳は思考力の点で10歳若く、60歳は20歳若い計算になるということだ。実験開始時の高齢の参加者の思考力はおしなべて低かったため、有酸素運動が思考力を向上させているというよりも、年齢相応の本来の思考力を取り戻したと考えられるということだ。さらにMRIで脳をモニターしたところ、Aグループの脳の皮質が全体的に厚くボリュームが増していることも確認されたという。

 有酸素運動が脳の老化を食い止め、“考える力”を取り戻してくれるとすれば運動不足の自覚のある向きはやはり生活を見直してみるべきなのだろう。

■脚を使わないと脳神経細胞が減少する

 どの年齢層にとっても運動が脳に良いことが指摘されているのだが、ではどんな運動をすればよいのか。やはりそれは脚を使った運動であるということだ。脚の筋肉をあまり動かさないでいると脳の神経細胞に悪影響を及ぼすというのである。

 イタリア・ミラノ大学とパヴィア大学の合同研究チームが2018年5月に「Frontiers in Neuroscience」で発表した研究では、マウスを使った実験で脚の運動制限が脳に及ぼす影響を探っている。

 実験では後脚を28日間拘束して運動を制限したマウスと、何の拘束もない自由なマウスの脳を比較検証したのだが、後脚を拘束されたマウスの脳の神経幹細胞(neural stem cell)の数が自由なマウスの70%までに減少していることが判明した。

 さらに、神経細胞と神経細胞をサポートする希突起膠細胞(きとっきこうさいぼう)の両方とも、運動が極端に減るとじゅうぶんに成熟しないことも突き止められた。運動不足が脳を変えてしまうのである。

 神経系の疾患でベッドで寝たきりの生活が続くと急激に症状が悪化するのは、脚を使わないことによる神経細胞の減少が関係していると研究チームは指摘している。

 脚を使うこと、特に階段をのぼったりスクワットをするなどのある程度負荷がかかった運動は脳にシグナルを発信して、健康な神経細胞を生産するように促すということだ。脚を使わないでいると、この重要なシグナルが発信されなくなってしまうのだ。

 仕事でもプライベートにおいても、パソコンやスマホの画面を眺める時間、いわゆる“スクリーンタイム”がますます延びている今日、気を抜けば座ってばかりの生活に陥りがちになる。通勤通学で余分に歩いたりなるべく階段を使ったりと、日常生活の中で積極的に脚を動かしたいものだ。

参考:「University of Maryland」、「American Academy of Neurology」、「Frontiers」ほか

文=仲田しんじ

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