肉食が現代文明を築いた! それでも避けられない食糧&環境問題対策

サイエンス

 肉をメインに食べる食生活は何かと不健康なイメージがつきまとうものだが、最近の研究では肉食が少しばかり汚名挽回しているようだ。肉食が今日の人類の繁栄を築いたという説が発表されたのである。

■肉食によって“自由時間”が生まれた

 米・ハーバード大学の進化生物学者であるキャサリン・ジンク氏とダニエル・E・リバーマン氏が2016年3月に「Nature」で発表した研究は、旧石器時代の我々の祖先がどのような食物加工技術を持っていたのかを考察するものだ。研究によれば、我々の祖先が肉食を本格的にはじめたのはおよそ260万年前と考えられていて、当時生存していた原始人・アウストラロピテクスも肉食を行なっていたといわれている。

 それまでの原生人類は大根やイモなどの根菜類を主食にしていたと考えられ、菜食を続けている限りは安定して食物を入手できたという。そしてこのように根菜を主食としていた時代が1500万年も続いていた。しかしながら根菜は消化に悪いこともあり、生で食べるには何度も執拗に咀嚼することが要求された。根菜を噛み砕くために我々の祖先の臼歯とアゴの筋肉がこの時代に発達したといわれている。

 1500万年もの間安定して続いていた根菜食という食習慣から、祖先はどうして肉を導入していったのか? それは何度も咀嚼を要求される長い食事時間に嫌気(!?)がさしたからだというから興味深い。

 咀嚼する労を軽減するために我々の祖先は打製石器を用いて根菜を砕いて食べる手法を編み出していた一方で、他の肉食獣が食べ残した死骸の肉や捕まえた小動物の肉をナイフのような石器でスライスして食べるようになったという。

 スライスした肉を口の中で咀嚼する回数は、砕いた根菜を食べるよりも39~46%少なくなり、それだけ食事時間が短縮したのだ。また肉は根菜よりも栄養豊富で消化に良いため少量で事足りることから、さらに食事にかける労力は低くなったのである。そしてこの後すぐに食事の3分の1を肉が占めるようになったという。

 それまで1日の活動の大部分を費やしていた食物の収集と摂取にかける時間が、肉食を織り交ぜることで大幅に縮まり、これ以降の人類の祖先は1日のうち数時間の“自由時間”ができた。そして栄養豊富な肉は、筋肉のみならず脳の発達にも大きく寄与し、今日の我々の文明を生み出す基礎になったということだ。

 牧草地で飼われている牛や馬、あるいは動物園の人気者であるパンダなどを見ても、草食動物(パンダは雑食)は1日のかなりの部分を食事に費やしていることがわかる。かつては菜食だったと思われる我々の祖先だが、旧石器時代に肉食を取り入れたことで食事から“解放”されたということにもなる。したがって文化的活動を行なう人間にとって肉食は自然な行為であるというのが今回の研究が示すところとなった。

 あらためて確認しておきたいのは、食事が少量で済むことが肉食のアドバンテージであって、当然のことながら肉の過食は本末転倒であり身体を害するものになるだろう。しかしながら今回の研究は、我々にとって肉食は260万年続いてきた自然な食習慣であることを再認識させるものになったようだ。

■肉食文化が直面する温室効果ガスの問題

 肉食が“今日の人類”にとって自然な食習慣だったことが確認されることになったのだが、地球環境という観点に立てばことはそう単純にはいかないようだ。それはやはり温室効果ガスの問題だ。

 温室効果ガスの主な排出源は、火力発電所を筆頭に車や航空機などの輸送機関、各種の製造工場などがあげられるが、イギリスの王立国際問題研究所の調べによれば、意外なことに畜産業界から排出される温室効果ガスが全体の15%を占めているという。

 工場などに比べれば火力や電力を使っていないイメージがある畜産業だが、ウシやブタなどの家禽から排出されるメタンは温室効果ガスとしては二酸化炭素の20倍も強力な物資であり、加えて食肉生産や輸送の際にも化石燃料を消費することから、畜産業は実際の印象以上に温室効果ガスの発生源になっているのだ。

 現在最も食肉を消費しているのは平均摂取量が1日250gのアメリカ人だが、ご存知の通り中国をはじめかつての発展途上国の間で食肉消費量は年々伸びている。世界人口の増加にも歯止めがかかっていないことから、このままのペースで進めば2050年までに食肉消費は現在の175%以上に達するということだ。

 経済発展のことを考慮すれば、生産のためのエネルギーを抑制することはなかなか難しいが、国民の食習慣を変えてもらうだけでかなりの削減が可能であるとすれば、各国政府にとっても確かに魅力的な方策である。

 加えて、先進各国で食肉の過剰摂取が国民の間で重大な健康問題になっていることから、この機会に現代の食生活を菜食のほうへと大きく舵を切ることがさらに説得力を持つ主張になったのだ。肉食、特に肉食に伴う飲酒の習慣ががんの発症率を高めているという研究結果も報告されている昨今、ベジタリアンになる必要はないにせよ、確かに食事から肉の割合を少なくすることを考慮すべきなのかもしれない。

■ベジタリアンの84%は1年以内に“挫折”していた

 これまでの260万年の間、ずっと肉食に親しんできた人類だったが、今後の地球環境のことを考慮すれば大きく菜食へとシフトする選択を突きつけられているということだろうか。加えて自身の健康問題や動物愛護の観点からなど、別の理由からベジタリアンを志す向きも少なくないだろう。

 しかしながら菜食生活を試みる人はそれなりにいるものの、ベジタリアンであり続けることはなかなか難しいようだ。決意して一度は完全なベジタリアンやビーガンになったものの、その84%は1年以内に挫折しているという興味深い研究が報告されている。

 2014年にアメリカの「Humane Research Council」から発表された研究では、アメリカ人の食生活を幅広く調査してベジタリアンとビーガンの動向を詳細に紐解くデータ分析を行なっている。この分野に初めて切リ込む調査であるだけに、いろいろと興味深いデータが明らかになっている。

 まずアメリカ国民の中のベジタリアン(ビーガンを含む)の割合だが、イメージよりはずっと低く、人口のわずか2%に過ぎないという。その内訳はベジタリアンが1.5%で、卵や乳製品も摂取しない完全菜食主義者のビーガンが0.5%だ。

 しかしこの数に比べて多いのが、元ベジタリアンという人々で、現状で人口の10%程度を占めていて、今後少しずつ増えくることが確実視されている。なぜならベジタリアンの84%が1年以内にギブアップして再び肉を食べはじめるからだ。正確にはベジタリアンの86%とビーガンの70%が“挫折”するということだ。

 ベジタリアンの人物像に迫る調査も行なわれており、それによれば“現役ベジタリアン”は政治的にリベラルな傾向があり、女性の割合が高いという。

 一方で“元ベジタリアン”は年齢が高い傾向にあり、“現役”に比べて政治的に保守的で、伝統的なクリスチャンである確率が高いということだ。そして“元ベジタリアン”の29%は、自身の健康のために菜食主義を試みたという。さらに“元ベジタリアン”の43%がベジタリアンであり続けることに非常な困難を感じたことを表明しているものの、37%はまたチャレンジしたい気持ちを抱いているということだ。

 動物愛護の精神や宗教的信条からベジタリアンになった場合、菜食主義は“思想の体現”ということになってしまうのだが、健康問題や環境問題からベジタリアンを目指したのであれば、まずは個人的な食肉摂取量の削減が当面の目標になり得るだろう。いきなりベジタリアンになって挫折率8割以上の“元ベジタリアン”の仲間入りをするのではなく、最初からベジタリアンを“努力目標”にすることで、社会全体の食肉消費を僅かでも減らし、いろんな意味で肉食に対する社会的な意識を高めることができるのかもしれない。

 今日の我々が持つ身体機能と文明の源になったとも言える“肉食”だが、食肉消費量の増加はどこかで歯止めをかける必要が出てくることもありそうだ。いずれにせよ個人レベルではあまり極端に走らずにバランスの良い食事を心がけることに尽きるだろう。

参考:「Time」、「BBC」、「Psychology Today」ほか

文=仲田しんじ

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