つとめて笑顔でいることで幸福を呼び込むことができるといわれている一方、感情を偽った作り笑顔はストレスになるという指摘もあって興味深いのだが、ここ最近も笑顔についての研究報告が相次いでいるようだ。
■見るとストレスを感じる「優越的笑顔」とは
笑顔を向けられればたいていの場合はポジティブな気分にさせられると思うが、ある種の笑顔を見せられると人は不安と恐怖を感じるというから興味深い。いったい他者のどんな笑顔でストレスを感じるのか。
どれほどストレスを受けているのを計測するストレステストでは、唾液の中のコルチゾールの分量を調べたり、心拍数をモニターしたりと、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)と呼ばれる神経内分泌系の変化がチェックされる。
米・ウィスコンシン大学マディソン校とイスラエルのバル=イラン大学の合同研究チームは男子大学生90人に、異なる3つの笑顔の画像を見てもらったうえでストレステストを行なった。学生が見せられた3つの笑顔とは、「ご褒美の笑顔」、「親密な笑顔」に加えて「優越的笑顔(dominance smile)」である。
期待通りの行いを褒めるご「褒美の笑顔」と結びつきを深める「親密な笑顔」を向けられて悪い気持ちになる者はいなかったが、当人の高い社会的地位と優位性を示す「優越的笑顔」を見せられるとストレスレベルが上がることが実験で確かめられた。
優越的笑顔を言葉で説明するのは難しいとも言えるが、いわば上から目線で人を見下したニュアンスのある笑顔ということだろうか。
「今回の研究は、笑顔が必ずしもポジティブに受け止められるわけではなく、知覚する人々のストレスになることで、人的交流に影響を与えているという見解を支持するものになります」(研究論文より)
実験では付随する別の発見ももたらされ、心拍数の変動幅が大きい人ほど、優越的笑顔のニュアンスを強く感じてストレスレベルが上がるということだ。
つまりこの優越的笑顔はかなり危険な笑顔ということになり、自覚せぬまま多く行なっていた場合は人知れず敵を多く作ってしまっている可能性もある。そしてたとえ笑顔であっても実は“本心”をかなりの程度あらわしているということにもなるだろう。
■AIが笑顔を見て正確に性別を判断
ひと口に笑顔と言っても、実際にはいくつものニュアンスがあり、それぞれ異なる受け止められかたをしていることがわかったが、また別の研究では笑顔が男女で顕著に異なることが指摘されている。その人物の笑顔を見れば性別がきわめて高い確率で判別できるということだ。
顔写真から性別を判断するAI(人工知能)はすでに登場しているが、英・ブラッドフォード大学は笑顔で性別を判別するAIの開発に取り組んでいる。現状でも86%の確率でAIが笑顔から性別を自動的に判別しているという。人間の表情の中でも笑顔が最も性差を浮き彫りにするものであることがこのAIの開発の根拠になっている。
「女性の笑顔はより表現力豊かであると考えられていることが、私たちの研究の裏づけになっています。女性の笑顔は動きが大きく、男性よりも唇を横に広げています」と研究開発を主導しているハッサン・ウゲイル教授は語る。
研究チームは指標となる49人の人物の笑顔について、主に目もとと口もと、そして鼻の下の領域をマッピングして詳しく分析したところ、顔の筋肉の動きが男女で著しく異なることを突き止めた。女性の笑顔のほうが顔の筋肉の動きが大きいのである。
この分析に基づいて研究チームはアルゴリズムを作成し、109人の笑顔を収録したビデオ映像をAIに見せたところ、86%の確率で男女を判別できたということである。精度については今後単純に機械学習を増やすだけで容易に向上できると研究チームは言及している。
また研究チームはこのAIはトランスジェンダーの人物のもとの性別の判断や、整形手術の有無を見定める用途にも応用できることを示唆している。また次世代の顔認証システムにも応用できる可能性もあるということだ。顔の筋肉の動きで判断するため、仮に化粧が濃かったとしても人物の特定は可能なのである。ともあれAIが我々の顔を見極める能力が現在進行形で向上していることは間違いない。
■笑顔で走ると疲れない!?
厳しい顔つきで仕事に取り組む人がいる一方、鼻歌を歌いながら作業をこなしたり、薄っすら笑みを浮かべて事に当たる人もいる。同一人物でもその時の気分によっては異なる表情になったりもするだろう。表情は当人のパフォーマンスに影響を及ぼすのだろうか?
興味深いことに笑顔でランニングすると疲れにくくなることが最新の研究で報告されている。
イギリス・北アイルランドにあるアルスター大学の研究チームが2017年9月に「Psychology of Sport and Exercise」で発表した研究では、ランナーに3種類の表情で走ってもらい、心肺・循環器系の状態を詳しくモニターする実験を行なっている。3つの表情とはそれぞれ、笑顔、しかめ面、そして力を抜いた弛緩顔である。
参加者はそれなりに経験のある24人のランナーで、それぞれ3つの表情で普段の7割程度のスピードで各6分間走ってもらった。比較のために表情に何の強制もしないコントロールグループも同条件で走って循環器系データを収集した。
結果は興味深いものになった。笑顔でランニングした際には、ほかの2つの表情よりも酸素消費量が減っていることが判明したのだ。つまり笑顔で走ることで、より疲れにくくエネルギー消費の少ない“省エネ”走法ができるのである。
ちなみにしかめ面では走った場合、本人はより努力していることを実感し、実際に身体活動が活発になっているというから面白い。疲労を恐れずに高いパフォーマンスを追及するにはしかめ面で臨んでもいいのかもしれない。そして逆に笑顔で鼻歌でも歌いながら走ってみれば意外にも長い距離が走れてしまいそうだ。
参考:「Nature」、「University of Bradford」、「ScienceDirect」ほか
文=仲田しんじ
コメント