爽やかな香りを吸い込めばたいていは気分がよくなるだろう。だがこれは単なる気分の問題なのだろうか? 最近の研究で、ラベンダーの香りが実際に“薬”として作用していることが報告されている。ラベンダーは先進安定剤だったのだ。
■ラベンダーの香りは精神安定剤
薬を飲んだり注射を打ったりしなくとも、香りを吸い込んだだけで症状が緩和されるとしたらどれほど有難いことだろうか。最近の研究である種の香りは“薬”として有効に作用することが報告されている。
鹿児島大学の研究チームが2018年10月にオンライン科学雑誌「Frontiers in Behavioral Neuroscience」で発表した研究では、ラベンダーの香り成分であるリナロール(linalool)が、直接脳に作用して抗不安作用をもたらすことが突き止められている。香りが実際に精神安定剤として作用するのである。
研究チームはマウスをリナロールの蒸気に晒す実験を行ない、リナロールが実際に不安を緩和する効果があることを結論づけた。ラベンダーの香りに包まれたマウスから、不安を表す神経症的な行動が劇的に減ったのである。
精神を安定させる抗不安薬としてベンゾジアゼピン系薬剤が広く用いられているが、こうした薬剤にはある種の運動障害の副作用が見られる。しかしリナロールの香気を吸うだけであればこうした副作用がないことは大きなアドバンテージだ。
嗅覚を失ったマウスにはリナロールが有効に作用しなかったため、香り成分が化学物質として人体に影響を及ぼしているのではなく、リナロールがベンゾジアゼピン系薬剤が作用する脳内の神経経路に直接作用して不安を除去する効果をもたらしていることになる。
研究チームはラベンダーの香りによる不安の緩和効果は、広く医療現場で活用できることを指摘している。例えば手術前の不安を緩和するために病室に施したり、全身麻酔に活用したりすることが考えられるという。もちろん内科や歯科など一般的な病院の芳香剤としても有効だ。そしてストレスが多かった1日の終りにはラベンダーの香りに包まれてリラックスしてみてもよいのだろう。
■サイエンス的に人を幸せにする8つの香り
ラベンダーばかりではない。人をハッピーな気分にさせてくれる香りはほかにも少なくとも8種類は存在するという。いずれもサイエンスに裏打ちされた効能を備えているのだ。
●マツ
マツの木や枝は祝い事や神事にもよく用いられることもあり、その香りは神聖な気分にもさせてくれるだろう。2006年の京都大学の研究では、マツの多い林や森を歩き“森林浴”をすることで、実際にうつ気分と不安が劇的に低下することが報告されている。ストレスを感じる日々を送っているときは務めて自然に触れる機会を作りたいものだ。
●柑橘類(シトラス)
レモンなどの柑橘類の香りは、エネルギーレベルと注意力を高めてストレスを緩和し、さらに相手にポジティブな印象を与えることが科学的研究から示されている。洗剤や入浴剤に柑橘類系の香りが多いのも、清潔感と喜ばしい気分をもたらすからにほかならない。
●日焼け止め(サンスクリーン)
夏のビーチでコパトーンなどの日焼け止めを使った経験を持っているならば、このサンスクリーンの香りは暫しの間、ストレスから解放しリラックスした幸せな気持ちにさせてくれる。楽しかった夏の思い出がよみがえってくるのだ。
●芝刈り
青々とした芝生を刈った時に放出される化学物質は人をリラックスさせ楽しい気分にさせてくれることが、オーストラリアのかつての研究で指摘されている。草をカットした時に放出される香りはまた加齢に伴う認知機能の衰えを防ぐ効能もあるということだ。
●花一般
前出のラベンダーはもちろん、ジャスミンなども優れたストレス緩和効果があり、気分を高めてくれる作用もある。花に触れる機会もまた多く持ちたいものだ。
●ローズマリー
ローズマリーをはじめとするハーブ系の芳香は脳に良い。これまでの研究でハーブの香りは複雑な出来事や作業を思い出す能力を高め、記憶をうまく扱えるようになることが報告されている。勉強や学習などで有効活用できる可能性もある。
●ペパーミント
ペパーミント、ハッカの香りは気分を高めて心身に爽快な刺激をもたらす。これまでの研究では、試合前にペパーミントの香りを嗅いだアスリートは競技成績が向上することが報告されている。また呼吸をよりスムーズにしてくれることも運動にプラスに作用する。
●ベビーパウダー
ノスタルジックな感慨に浸らせてくれる匂いがあるが、ベビーパウダーの香りもまたそうした効果がある。ベビーパウダーの香りによって、親に守られていた子ども時代の安心感がよみがえり精神的な落ち着きを取り戻すことができる。また親としては自分の子どもがまだ小さかった頃の記憶が思い起されて束の間幸せな気分になれるだろう。
■パートナーの“残り香”でストレスが低下
人を幸せな気分にさせる爽やかな芳香の一方で、意外な匂いが人を落ち着かせてストレスを低減させることが最近の研究で報告されている。それはパートナーの体臭が染みついた衣類だ。
カナダ・ブリティッシュコロンビア大学の研究チームが2018年1月に「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した研究では、実験を通じてパートナーのTシャツの匂いを嗅ぐ行為と、ストレスレベルの関係を探っている。
研究チームは97名の男性のパートナーがいる女性に対して、3種類のTシャツの匂いを嗅いでもらう実験を行なっている。その3種類とは、パートナーが24時間着用したTシャル、知らない男性が24時間着用したTシャツ、新品のTシャツの3つである。どのシャツが誰のシャツか、あるいは新品であるかの情報は参加者には知らされなかった。
参加者である女性たちには模擬就職面接と暗算のテストが課されたのだが、こうした課題は女性たちのストレスレベルを上げるものになる。
この課題の前後にTシャツの匂いを嗅ぎ、参加者の唾液から逐一、別名“ストレスホルモン”と呼ばれるコルチゾールの値が計測された。コルチゾールの値が高いほど、ストレスを感じていることになる。
収集したデータを分析した結果、女性たちは課題の前後のどちらにおいても、パートナーのTシャツの匂いを嗅ぐことで、著しくストレスレベルが下がっていることが突き止められた。パートナーの体臭は心を落ち着かせストレスを解消するということになる。
研究チームによればこの効果は女性に顕著に見られ、男性にはあまり適用されないということだ。一般的に女性のほうが嗅覚が鋭く、知覚において匂いが占める割合が視覚がメインの男性よりも大きいことがその理由として挙げられるという。
その一方で、見知らぬ男性のTシャツを匂ぐと女性たちのストレスレベルが上昇することも判明した。知らない男の体臭に女性たちは危険を感じていることになる。そして新品のTシャツについては目立ったストレスの変化はなかった。
グローバル化が進む社会の中で一部の人々には出張や転勤などの移動が増えてきていると思われるが、しばらくの間離れ離れになってもパートナーの“残り香”のあるアイテムがあればいろんな意味で寂しさを紛らわせることができるのだろう。
参考:「Frontiers」、「Reader’s Digest」、「University of British Columbia」ほか
文=仲田しんじ
コメント