世界は疲れきっている――。慢性疲労症候群(CFS)にまつわる衝撃のデータが公表されている。我々の多くは疲労を軽視しすぎているのだ。
■慢性疲労が軽視されている
生き馬を目を抜く現代社会で我々の疲労は限界に達しているのかもしれない。
最悪の場合には社会生活が送れなくなる症状にまで進展する慢性疲労症候群(chronic fatigue syndrome、CFS)の患者は全米で少なくとも80万人、場合によっては250万人にも達するといわれている(全米医学アカデミー調べ)。
米・ジョージタウン大学の研究チームが2019年1月に「Open Access Emergency Medicine」で発表した研究では、このCFSが当人を含めていかに軽視されているのかを浮き彫りにしている。我々はもっと疲労について理解を深め、適切なケアを施さなければならないと警鐘を鳴らしているのだ。
心身の疲労を取り除くことなく放置していれば、積もり積もった疲れによってある時点でバッタリと“倒れる”ことになるだろう。
限界まで蓄積した疲労で倒れる現象は起立失調(orthostatic intolerance)と呼ばれ、周囲に人がいる環境では救急車を呼ばれて救急外来に運ばれるケースも多くなる。
研究チームはこうしたケースなどでCFSと診断された282人の患者に調査したところ、倒れるなどして救急車で運ばれたのは、それでも59%にとどまっていた。そして患者の3分2は、救急外来の医療スタッフは患者の話に親身になって耳を傾けることはないだろうと感じていたり、あるいはかつての診察で満足のいく治療を受けられなかったので救急外来に行く必要性を感じていないことなどを報告している。
そして患者のほうもその42%が、現在の自分の疲労感は気のせいであると考えていることも明らかになった。つまり医療スタッフ側も、患者本人もCFSを実に軽く考えているのである。
倒れてしまえばその後の社会生活に支障をきたすことは言うまでもない。放置すれば致命傷にもなり得る慢性疲労を当人も医療側も軽視することがあってはならない。
■自分本位で残念な「寝不足の人々」
慢性疲労の最大の原因が睡眠不足だが、睡眠がじゅうぶんでないことからくる疲労は、当人を実に“残念な”人間に変えてしまうようだ。
米・ブリガムヤング大学とドイツのルートヴィヒ・マクシミリアン大学の合同研究チームが2019年2月に「Nature Human Behaviour」オンライン版で発表した研究では、3つの分析で睡眠不足の人々のソーシャルな活動の特性を探っている。
アメリカ人とドイツ人の計1117人が参加した調査では、睡眠時間が平均よりも40分短い程度の睡眠不足でも、日中に一般的な人の2倍程度の疲れを感じていて、チャリティーやボランティアといった社会奉仕活動に参加する割合が減り、選挙で投票しない可能性も高まり、リサイクルの向上などを求める請願書の署名に応じなくなる傾向が浮き彫りになった。睡眠不足で疲れている者ほど、自分を最優先で考える自分本位の存在になっているのである。これは社会においても、民主主義においても残念なことと言わざるを得ないのだろう。
彼ら寝不足の人々は今日のパフォーマンス重視の企業社会の“被害者”なのだろうか? 話はそう単純ではなさそうで、最も長い“自由時間”を享受しているのが、ほかならぬ彼ら寝不足の人々であるという側面もあるようだ。彼らはいわば寝る時間を削って趣味などを楽しむ時間を捻出しているのである。そしてその時間は自分のためだけの時間なのだ。
睡眠不足の者は社会活動に参加したり、人々を助けたり、請願書に署名したりする可能性が低く、社会貢献をすることよりも、真っ先に自分自身を優先する行動に出るのだと研究チームは説明する。
今日の社会にはびこる睡眠不足は、本人への悪影響ばかりでなく、民主主義社会にとってネガティブな社会的損失に繋がっているとすれば無視できない問題になるのだろう。
■1日1杯のココアで慢性疲労が改善
今日は家に直帰して早めに眠ろうと心に決めても、今まさに苛まれている疲労感と眠気をどうにかしたいケースも多々(!?)あるだろう。そこで効果的な“疲労回復薬”としてのホットココアに注目が集まっているようだ。
慢性的な疲労感を伴う症状のひとつに、神経系の免疫異常である多発性硬化症(multiple sclerosis)があるのだが、この症状がホットココアを飲む習慣をつけることで改善することが最新の研究で報告されている。
英・オックスフォードブルックス大学をはじめとする合同研究チームが2019年3月に「Journal of Neurology, Neurosurgery & Psychiatry」で発表した研究では、多発性硬化症の症状の改善にココアに豊富に含まれるフラボノイド(flavonoid)が有効に働くことを報告している。
研究チームは最近になって症状が悪化した多発性硬化症の患者にフラボノイドが多く含まれたココアをライスミルクに混ぜて1日1カップ飲むことを6週間続けてもらって、その間の日々の体調の状態を記録し、常時装着した万歩計で運動量も記録した。
収集したデータを分析したところ、ココアを常飲した患者は実験開始以前よりも意識が平均45%明晰になったと報告し、また歩くスピードが80%アップしたことが判明した。さらに患者たちはそれまでの疲労感が少しではあるが改善したことも報告している。
「今回の研究で食事療法が有効であることが確認され、そして疲労と歩行時の持久力を改善することによって、疲労管理をサポートする長期的なメリットを提供できるでしょう」と研究チームはプレスリリースの中で言及している。
フラボノイドはココアのほかにも緑茶や抹茶、レモンやグレープフルーツなどにも多く含まれている。疲労回復にフラボノイドを活用しない手はなさそうだ。
参考:「Georgetown University Medical Center」、「Springer Nature」、「BMJ」ほか
文=仲田しんじ
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