ひとりでいる時の顔、完全に人目を気にせずに力が抜け切った顔というのは、やはりあまり人前で見せるべきではないのかもしれない。そういう“素顔”は本人にそんな気はなくとも、周囲を不快にさせるというのである。
■人を不快にする“無表情”のリスク
何にもしてない、普通にリラックスしているときの顔のことを英語で「resting face(レスティング・フェイス)」という。つまり“休憩時間の顔”ということだ。日本語で言えば素顔や無表情、場合によっては“アホズラ”(!)なんていう呼び方もできるかもしれない。
この“無表情”そのものにはいい意味も悪い意味もないわけだが、2013年頃から「Resting Bitch Face(レスティング・ビッチ・フェイス)」という新語が出回りはじめたのだ。感じが悪い女性を指す“ビッチ”を挿入することで、無表情にはよそよそしくて周囲を軽蔑しているニュアンスがあるとされ、悪者にされる風潮が強まってきたのだ。
このレスティング・ビッチ・フェイスはRBFと略されて今でもネット上でよく話題にされている。当人にとっては単純に力を抜いてニュートラルな表情をしているだけなのに、それを悪く言われるとはまったく心外だが、RBFの代表格としてハリウッド女優のアナ・ケンドリックやクリステン・スチュワート、ミュージシャンのカニエ・ウェストなどが槍玉(!?)にあげられているようである。
本人にとっては濡れ衣に等しいRBFだが、最新の表情認識ソフトウェアでも、コンピュータは何もしていない人間の“無表情”に軽蔑の表現があることを検知していてまた別の意味で話題になっている。
最新の表情認識ソフトウェアでは、人間の無表情(neutral)、怒り(angry)、悲しみ(sad)、恐れ(scared)、驚き(surprised)、嫌悪(disgusted)、軽蔑(contempt)を判別できるのだが、何もしていない“無表情”にわずかではあるが軽蔑の意味が含まれていることをこのソフトウェアは示しているという。そしてこれは人間の認知システムの中でもおそらく同様に働いているため、人々はRBFの表情によそよそしくて周囲を軽蔑しているニュアンスを感じてしまうというのである。
オランダのソフトウェア開発会社「Noldus Information Technology」が開発した表情認識ソフトウェア「Noldus’s FaceReader」は、顔の500ヵ所のポイントを観察してその表情から感情を判定しているのだが、無表情に判別された表情にわずかではあるものの“軽蔑”の感情が存在していることをデータが示しているのだ。我々が無表情の人間に対して感じ悪い印象を受けるのもある意味で当然だったということだろうか。
自分に非があるわけではないにしても、感じ悪く思われてしまってはあまり良いことは起りそうにない。もちろん必要以上に好意を抱かれたくない場合もあるだろうが、良好な対人関係を構築するためにも時折“無表情”のリスクを意識してみてもよいのかもしれない。
■“無表情”は仲間はずれにされる
RBFに関してはさらに聞き捨てならない研究も発表されている。RBFや無表情は単に悪いイメージを与えるだけでなく、実際に“実害”があるというのである。冷たく見えるRBF、無能に見える無表情の人物はグループの仲間はずれにされやすいことが実験で証明されたのだ。
スイス・バーゼル大学の研究チームは、480人の実験参加者に幾つかの異なる表情をした男性の写真を次々と見せ、自分が所属する組織に写真の人物を受け入れるか、それとも拒絶するかを2秒で判断してもらう作業を続けた。その結果、じゅうぶん予想できることではあるが、冷淡な表情とRBFを含む無表情は、極端に拒絶されていることが明らかになった。
もちろん不快を感じる表情の人物を仲間にしたくないのは人情というものだろう。だが、人々は何か偏見を持ってこれらネガティブな表情の人物を排斥しているというよりも、このような人物に危険を感じて拒否しているのだという。つまり決して選り好みしているわけでななく、一種の防衛本能によってRBFを拒絶しているのだ。そしてこれらの人物はグループの調和を乱す存在だと信じられ、帰属意識の高い人間ほど積極的に正当性を持って排除、拒絶するということだ。ある意味で“イジメ”のメカニズムを説明するものにもなるだろう。
また当然の帰結ではあるが、逆に人当たりが良さそうな温かい表情の人物や、有能そうな面構えの人物を拒絶することはモラルに反するものと感じられるのだという。
この研究結果は、人間の第一印象がいかに大切であるかをあらためて思い知らされるものになり、また裏を返せば外見を演出することで、人々を騙したり欺いたりすることが考えられている以上に容易であることを物語るものでもある。そして皮肉にもこの見た目と実際の本人のキャラクターはたいていはまったく無関係なのだ。
周囲に愛想を振りまき笑顔の“安売り”をする人物は一部から軽く見られがちになるとは思うが、人にネガティブな誤解を与えて得することはほとんどないだろう。初対面の交流の際には念頭に置いておきたい話題ではないだろうか。
■ポジティブな笑顔で健康になれる
“八方美人”じゃあるまいし、常に笑顔を振りまいているのは抵抗があるという向きも多いだろう。そのそも話し相手がいない状態でも笑顔になっているのは見方によってはちょっとアブないかもしれない(!?)。だが少し発想を変えて、健康のためという観点に立てば、常に笑顔でいることには大きなアドバンテージあることが最近の研究で明らかになっている。
ペンシルベニア州立大学の研究チームは、実験参加者872人の日頃感じているストレスとそのストレスにどのような感情を抱くのかを8日間にわたって詳しく問診してデータを取得した。一方、血液検査を行なって各人が抱えている炎症の有無と程度を調べた。
分析の結果、ストレスにネガティブな感情を抱く者ほど、炎症の重症度が高い傾向が浮き彫りになった。興味深いのは、ストレスそのものよりも、ストレスに対する各人の反応の仕方がより健康に大きな影響を及ぼしていることが明らかになったのだ。つまり、同じストレスを受けていたとしても、人によってその“受け止め方”は異なり、わずらわしさの程度も違ってくるということだ。ということは、もし“受け止め方”を変えることができれば、そのストレスから深刻な健康被害を被らずに済むかもしれないということになる。
ストレスに対する反応は「affective reactivity」と呼ばれ、2013年の研究によれば各人が持つこのaffective reactivityを調べることで、その人の将来の健康状態が予測できるといわれている。つまりストレスに対する“受け止め方”や考え方が将来の健康に大きく影響するということだ。
それならば、できる限りポジティブな考え方をしたほうか健康に良いということになる。実際、瞑想やマインドフルネスによって獲得した“ポジティブ・シンキング”は遺伝子レベルの変化を引き起こして健康に貢献するという。特に細胞内のテロメアを長い状態で保つことができるということである。テロメアの長さは長寿に関係しているといわれ、短いと老化が早く進み、逆に長いほど老化のスピードがゆっくりになると考えられている。
またオランダ・ティルブルフ大学の研究では、心臓疾患を患う患者の中でも“ポジティブシンキング”の患者は致死率が明確に低くなっていることが判明している。
悲観的な思考や心配症が健康に悪影響を与えているのかどうかについてはまだ分かっていないことが多いということだが、ポジティブな考え方と態度は確実に健康に良い影響を及ぼしているということだ。とすれば、笑顔を絶やさず前向きな気持ちで日々を過ごして悪いことなど何もないということになる。自分の健康のための笑顔だとすれば、出し惜しみする必要はなさそうだ。
参考:「Test your RBF」、「Daily Mail」、「Medical Daily」ほか
文=仲田しんじ
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