しっかりとした睡眠は健康と活力の源だが、考え方にも影響を及ぼすようだ。男女平等の国ほど国民が男女共にじゅうぶんな睡眠時間を確保しているということだ。
■男女平等と睡眠時間の関係
代表的な男女平等の国がスウェーデンだが、国民の生活実態をよく見てみると男女共によく眠っていることが明らかになった。じゅうぶんな睡眠時間と男女平等の文化には何らかの関係があるのかもしれない。
米・シンシナティ大学と豪・メルボルン大学の合同研究チームは「European Social Survey」のデータを活用してヨーロッパ23ヵ国、1万4143人のパートナーを持つ個人の睡眠実態を調査した。収集したデータを分析したところ、ノルウェーのような男女平等の度合いが高い国ほど、国民が男女共に良好な睡眠を確保していることが浮き彫りになったのだ。
一般的に睡眠が妨げられる要因には男女で違いがあるといわれている。女性は子どもに関わることで睡眠を妨げられているのに対し、男性は仕事や経済的不安などの悩みで睡眠が阻害されるというのが典型的なパターンだ。そしてこれは社会における男女の役割が異なっていることを反映していて、そのぶん男女は平等ではないことになる。23ヵ国の中で最も男女平等の度合いが低いのはウクライナなのだが、その国民の睡眠実態ははやり男女共に最も貧しいものであったのだ。
したがって男女平等な社会は男性にとっても大きな恩恵が得られる。睡眠が改善されることで身体面での健康に繋がり幸福度も増すのだ。そして女性にとってももちろん心身の健康に結びつき、子育てと家事の分担によって自分のために費やす時間を捻出することができる。
ぜひともノルウェーのように悩みもなくぐっすり眠れる社会にしたいものだが、すぐに完全な男女平等を実現するのは難しいのかもしれない。そこで研究チームは2つのステップを提案している。
まず第一は睡眠は育児や家事などと同じようにカップル間で交渉できるものにするということだ。つまり家事と育児の相応分を男性が行なえば女性の睡眠時間も増えるのである。第二には男女平等が男性にも利益があることをよく理解することだ。男女平等であれば家計を稼ぐのは必ずしも男性だけでなくともよく、そのぶん仕事や収入のことで悩む必要もなくなるのである。誰もがしっかりした睡眠時間を確保できる社会の到来を望みたいものだ。
■睡眠が不足すると孤独になる?
高齢化社会を迎えてますます孤独が大きな問題になっているが、年齢を問わずに今の社会は孤独が“感染拡大”しているとも言われている。最新の研究ではこうした孤独の蔓延は実は睡眠不足が原因であったことが指摘されている。
研究によれば睡眠が不足するとソーシャルな交流をしたい気持ちが弱くなり、そして他者の目からは睡眠不足の人が社会的に孤立している人物と見なすという。孤独の持つこの悪循環は公衆衛生の危機の重要な要因となるかもしれないと研究チームは指摘している。
研究チームは18人の若者にビデオを見てもらう実験を行なった。ビデオの内容は、人物がこちらに向かって歩いてくる様子を写した映像で、プライバシーが侵害される距離まで近づいてきたと感じられた時点でストップボタンを押すようにと指示された。
若者たちはよく眠った状態と睡眠不足の状態の2パターンでこの実験を行なったのだが、睡眠不足の状態ではぐっすり寝ている状態よりもはるかに早い段階でストップボタンを押すことが明らかになった。この時の脳の状態をfMRIでモニターしたところ、パーソナルな空間認知に関わる脳の部位(near space network)の活動が活発になり、逆に相手の気持ちを察する脳の部位(theory of mind )の活動が低下していたのだ。つまり睡眠不足だと人を避け、人のことがあまり考えられなくなっているのである。
2番目の実験ではオンラインで1000人もの参加者によく眠った人物と睡眠不足の人物の一連の写真を見てもらい、それぞれの人物を評価してもらった。これは予想できたことではあるが、睡眠不足の人物からは魅力が失われ、そして見た側にも孤独を感じさせていることが浮き彫りになった。つまり孤独は“感染”していたのである。
人から敬遠される寝不足な人よりも、しっかり眠っている魅力的な人物でいたほうがよいことは言うまでもない。睡眠不足はすぐに取り返し、翌日に持ち越さないようにしたいものだ。
■寝不足だとジャンクフードが食べたくなる?
睡眠不足の弊害が指摘されているのだが、最近の調査では睡眠不足がいわゆる“ジャンクフード”などの不健康な食品の“深夜食”に関係があることが指摘されている。睡眠不足を深夜の“ドカ食い”で埋め合わせようとしているのである。
米・アリゾナ大学ヘルスサイエンスの研究チームは、アメリカ国内の23都市、3105人に電話によるアンケート調査を行なった。尋ねた内容は“深夜食”の習慣があるのかどうか、睡眠不足が“ジャンクフード”の渇望を引き起こしているのかどうか、そして現在の睡眠の状況と健康状態である。
調査の結果、なんと60%にものぼる人々が“深夜食”の習慣を持っており、また3分の2にあたる人々が睡眠不足の状態でジャンクフードを食べたくなると回答していたのだ。
研究チームは“ジャンクフード欲”は2倍の確率で“深夜食”を習慣化し、肥満に繋がるものであることを突き止めている。また睡眠の質の低さが“ジャンクフード欲”の主たる要因であり、これが肥満や糖尿病をはじめとする健康問題の大きな元凶になっているという。
「睡眠の質の貧しさとジャンクフードへの欲求と不健康な“深夜食”との間のこの関係は、睡眠が代謝を司る重要な要素であることを示唆しています」と研究チームのマイケル・グランダー助教授は語る。
アメリカ合衆国保健福祉省によれば、アメリカ人の15~20%が睡眠障害および覚醒障害に苛まれているということだ。
研究チームは睡眠がどのように記憶、精神的健康、ストレス、敏捷性および意思決定に影響するか、および環境因子が睡眠にどのように影響するかを評価するための研究、および主要な臨床試験を行う学際的な研究に今後も取り組んでいくという。
深夜に何か食べたいと思う前に早く寝てしまうに限るということになる。夜更かしが原因の体重増加は何としても避けたいものだ。
参考:「Wiley Online Library」、「Nature」、「The University of Arizona」ほか
文=仲田しんじ
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