ちょっと贅沢な商品やサービスを奮発するとき、何が我々の背中を押しているのだろうか。欲望に火をつける方法にはいろいろあるが、コマーシャルの手法としてよく使われるのか“羨望”である。
■羨望マーケティングは自尊心次第?
自分が欲しいと思っていた服やグッズを身につけている人を見かけた時、あるい憧れの高級車を目にした時など、決して少なくない人が羨望を抱くだろう。そして場合によっては“思い切った買い物”に出るかもしれない。
この心理のメカニズムをうまく利用しているのがCMであり、この手法は“羨望マーケティング”と呼ばれ広く活用されているのはご存知の通りだ。
しかし最近の研究では、この羨望マーケティングは考えられているよりも有効な手法ではないことが指摘されている。場合によってはブランドイメージを低下させることもあるというのだ。
カナダ、ブリティッシュコロンビア大学のダレン・ダール教授をはじめとする研究チームが2018年6月に「Journal of the Association for Consumer Research」で発表した研究によれば、羨望マーケティングが功を奏するかどうかは、受け手側の“自尊心”次第であることを報告している。
500人以上が参加した実験では、カナダ・ナショナルホッケーリーグのチーム、 ルルレモン(lululemon)などのファッションブランド、スターアライアンス加盟の航空会社など、一般的に好ましいとされている各種のブランドの商品やサービスについて「持てる者と持たざる者」の両方の観点からそれぞれ評価してもらった。
分析の結果、自尊心の高い参加者はブランド品に羨望し所有したい欲望が高い傾向が浮き彫りになった。一方、自尊心が低いと自覚している参加者はブランドに価値を感じていないばかりでなく、見せられて気分を害していることも明らかになったのだ。しかしながら自尊心が何らかの理由で高められた直後にはブランド品が好ましく感じられるようになるということだ。
羨望マーケットが有効なのは自尊心が高い人々であり、自尊心が低い人に向けては却って“感じ悪い”印象を与えてしまうことが示されることになった。万人受けする穏便なマーケティング手法を採用するのか、“敵”を作ることを厭わずに羨望マーケティングを選ぶのか、関係者には悩ましいところだろう。
■女性の嫉妬深さは女性ホルモンのせい?
自分と他者を比べて羨望や嫉妬を抱いたり、あるいは逆に優越感に浸ったりするのは程度の差こそあれ誰しもあるのではないだろうか。そしてイメージとしては女性のほうがこうした比較をしている印象もあるがいかがだろう。
最近の研究で、女性が他の女性に嫉妬や脅威を抱きやすいのは、実はホルモンによるものであることが報告されている。
スイス・ベルン大学の研究チームが2016年1月に「Biology Letters」で発表した研究では、220人の女性に18人の女性の写真を見て評価してもらう実験を行なっている。女性の写真は2枚1組になっており、一方は同一人物の女性が排卵期の時に撮影したもので、もう一枚はそうでない時に撮影した写真だ。実験参加者は同じ女性のこの2枚の写真を見て、どちらが“恋敵”に感じられるかを選んでもらったのである。
排卵期にある女性の身体では代表的な女性ホルモンであるエストロゲンのレベルがピークに達しており、生理周期のうちで最も妊娠しやすい時期となる。そして写真を見た女性たちのほとんどは排卵期の写真の女性を恋愛競争における脅威、つまり“恋敵”と見なしていることが判明した。
これまでの研究では男性は排卵期の女性をより魅力的に感じていることが報告されているが、女性もまた同じ女性の排卵期に敏感に気づき評価が高まる一方で、脅威も感じていることが明らかになったのだ。排卵期にエストロゲンの分泌が活発になることで顔の血色が良くなり、より魅力的に見えるのである。
そして女性が女性に嫉妬を抱きやすいのも、この排卵期の女性を脅威に感じることに由来することが示唆されることになったのだ。女性の嫉妬深さはホルモンのせいであったということになる。
とはいえ男性の嫉妬深さも相当なものだという反対意見も多そうだが、ひとまずは興味深い話題ではないだろうか。
■“一夫一婦制”の雄ザルは嫉妬深い
女性ホルモンのほかにも嫉妬の“発生源”が指摘されている。それは“一夫一婦制”である。そして興味深いことにこのケースでは男性のほうが嫉妬しやすいのだ。
カリフォルニア大学デービス校の研究チームが2017年10月に発表した研究では、一夫一婦制の小型のサル(ティティ)を観察することで嫉妬のメカニズムを探っている。
このサルは嫉妬心を表明することでも知られていて、パートナーの雌ザルが知らない雄ザルと接触しているのを見た個体は、雌ザルの身体を引き離すという。つまり嫉妬するのである。
研究チームはカップル状態にある個体を引き離し、雄に雌が知らない雄のいる環境にいる状態を見せてその脳活動をモニターした。つまり嫉妬している雄ザルの脳活動を観察したのだが、脳の帯状皮質の活動が活発になっていることが判明した。この脳の部位は、人間においては社会的苦痛に関係していると見なされている。嫉妬している時、サルはソーシャルな苦痛を味わっていることになる。
さらに嫉妬している雄ザルはいわゆる男性ホルモンであるテストステロンのレベルが上昇しており、また“ストレスホルモン”であるコルチゾールの分泌も促進された。テストステロンの上昇は“恋敵”の雄同士の攻撃性と競争心に関係しているという。一方でコルチゾールの上昇は、パートナーの雌が見知らぬ雄と一緒にいるところを見た時間と直接の関係があった。
この研究では雌ザルの嫉妬心は研究から外されていたのだが、一夫一婦制の動物では男性もまたきわめて嫉妬深いことが示されることになった。そしてもちろん、この嫉妬心こそがカップルの関係維持に重要な役割を果たしているのである。とすれば我々が男女共にある程度嫉妬深いのは進化人類学的にも仕方のないことのようだ。
参考:「University of British Columbia」、「The Royal Society」、「Frontiers in Ecology and Evolution」ほか
文=仲田しんじ
コメント