好きな仕事に情熱もって取り組むことは、多くのビジネスパーソンとその予備軍にとって理想的な社会人生活だろう。やりがいを感じる仕事であれば自ずから熱が入るであろうが、毎回そのような仕事に恵まれるわけではないことも現実だ。また、組織の中であまり自分が望んでいない仕事を担当させられることもある。このような状況の中でも、熱意を持って働けるようになる秘訣はあるのだろうか? 昨今、いくつかの興味深い研究や記事が発表されているようだ。
■仕事は“後から好きになる”ことができる
そもそも日本国憲法では勤労は国民の義務であり、社会道徳面から見ても勤勉に仕事に取り組むことは長らく美徳であるとみなされてきた。欧米ではキリスト教プロテスタントに端を発する労働観の影響で「仕事は天職でなければならない」という考えも根強いという。では人々はどうやって仕事に意義を見出しているのだろうか。2015年7月に心理学の学術サイト「Personality and Social Psychology Bulletin」に発表された論文では、働く人を2つのタイプに分類している。
1つめのタイプは、仕事を愛することはその仕事と当人の相性の問題だととらえる考え方だ。この観点に立てば、自分が愛し得る仕事に就くことがそもそものスタートラインである。このタイプを「自己決定型」(Fit view)と呼んでいる。
もう一方のタイプは、どんな仕事であれ情熱をもって取り組んでいれば、そのうちに仕事が愛せるようになるという考え方だ。これを「成行(なりゆき)発展型」(Develop view)と呼ぶ。研究ではアメリカ人をこの2つのタイプに分類して、仕事に対する考え方や、日々の勤務態度などへの影響を分析した。
2つのタイプの相違は、下記の仕事のどちらを選ぶかできわめて良く現れてくる。
1、楽しめるが賃金が少ない仕事
2、あまり楽しめないがより賃金の高い仕事
「自己決定型」は「1」を選び、「成行発展型」は「2」を選ぶ傾向があるということだ。おそらく「成行発展型」は仕事を続けているうちにやがて楽しくなってくるだろうと見込んでいるのだ。
そして興味深いことに、一定期間就業した後の仕事の満足度や達成感という点においては、「自己決定型」と「成行発展型」のどちらも同じくらい今の仕事が自分に合っており、それなりの成功体験を味わったと考えていることがわかったのだ。当然ながら、「成行発展型」のほうが、就業開始時点よりも仕事を好ましいものと考えるようになったのである。
「自己決定型」は仕事に対して強い結びつきを感じており、自分に合った仕事でなければ情熱は持てないと感じている。一方、「成行発展型」は当初自分に合っていない仕事だと感じても、どこかの時点で面白くなるのではないかという期待も同時に抱いており、熱心に働くことによって、結果的に自分に相応しい仕事にしてしまうのだ。
研究者たちは今後さらに多くの労働者を対象にした研究が必要であるとしながらも、今回の研究は仕事の選択肢が少ない状況にある人たちや、望む仕事に就けない「自己決定型」の人々に対して、希望を伴うアドバイスになるとしている。なぜなら、仕事は“後から好きになる”ことができるからだ。
気が進まない仕事や、意に反して任された担当などでも、ともかく少しは続けてみなければわからないということになる。取り組んでいるうちにその仕事の面白さがわかってくるケースは、一般的な想定よりもずっと多いということだ。そして特別な組織を除き、キャリア形成は決して一本道ではなくさまざまな道があるということにもなる。と、このように考えれば今は不本意と感じている仕事にも少しは熱が入るのではないだろうか。
■性格は意識的に変えることができる
このように、考え方や観点を少し変えることで、仕事への向き合い方にも変化が訪れてくるのだが、いったん形成されてしまった個人の性格・性向を人間はそんなに簡単に変えられるものなのだろうか。
社会通念上でも人間科学の分野でも、個人のパーソナリティーは容易には変えられないという考えがこれまで主流であったが、最新の研究のいくつかはこのフィールドに新たな視点をもたらしてくれているようだ。
米・イリノイ大学の研究チームが心理学誌「Journal of Personality and Social Psychology」で発表した論文によれば、個人が変えたい、または獲得したいと望む性格上の特徴、それに伴う行動スタイルは、訓練で後天的に会得できることを示唆している。
実験(訓練)は16週間に及ぶ任意のさまざまな試みによって行なわれ、「我々が自身のなかで変えたい、または発達させたい、と望む精神的な側面を強く意識し、激しい訓練を行なうことで、性格の変化がもたらされるのです」と説明されている。
パーソナリティーの変化の鍵となるのは何よりもまず本人の強い変化への意志で、目標とする人格という“ゴール”を設定することで、性格の特徴や日々の習慣を変えることができるという。もちろん、変りたいという思いが強いほど、変化はドラスティックに訪れるということだ。
これに類似した研究は英・マンチェスター大学でも行なわれており、学術誌「Social Indicators Research」に掲載された論文では、8625人に長期にわたるアンケート調査を行なって分析したところ、人格は変えることが可能で、ある割合の人々はこれにより望ましい仕事の獲得、収入増、結婚など満足度の高い生活を実現している実態が明らかになった。むしろ豊かな生活を求めて、ある種の人々は性格を変化・改善しているのである。
そしてこの研究は、イギリスの社会を豊かにし幸福に導くものであるとして、研究を主導したクリス・ボイス博士は国家ぐるみで取り組まなくてはならない課題だと主張している。
さらに別の研究では、対人関係において極度に臆病になる社交不安障害(Social Anxiety Disorder)を薬物などを使わずに意識的に治癒できる道が開拓されている。その鍵となるのはなんと“ボランティア活動”であるという。
「Motivation and Emotion」に掲載されたカナダ・ブリティッシュコロンビア大学の研究チームによる論文では、他者に奉仕することによって自らの不安な気持ちから意識をそらすことができるようになり、社会生活をより容易に送ることが可能になるということだ。つまり他者のことを考慮して手助けや代行・代弁を行なうことで、自分自身への関心が薄らぎ、その結果積極的にコミュニケーションができるようになるというのだ。
この心理のメカニズムはもちろん、不安障害を抱えていない一般の人々にもあてはまる。語弊を怖れずに言えば、実はボランティア活動は暫し我を忘れられる実に効果的な気分転換のひとつであったということだ。仕事上、生活上で何か行き詰りを感じたときには温泉旅行もいいが、ボランティア活動に参加してみる選択も大いにありそうだ。
■変化を怖れず災いを好転させる「Maybe思考」
興味はあるもののボランティア活動に時間が割けない、あるいは予定が立てられないという向きも多いだろう。しかし具体的な行動は起せなくても、気の持ち方ひとつでずいぶん日々のストレスから解放されることもある。そこで、生活においても仕事においても気持ちを楽に保てる「Maybe思考」を提唱しているのが、作家で心理カウンセラーのアリソン・カーメン氏だ。
このMaybe思考の根底を支えているのは、例えば19世紀のイギリスの首相で小説家でもあったベンジャミン・ディズレーリの言葉「変化は避けられない。そして変化は絶えず続く」という箴言にも代表される、変化に対する認識である。この世は変化の連続であり、良くも悪くも常に一定で安定したものなどないという考え方だ。
したがって、不運にも一見最悪の事態を迎えてしまったと思える時でも、今の状況がずっと続くわけではないことになる。そこに“たぶん(Maybe)いつかは良くなる”という視点を加えることで、その後の認識と行動がずいぶん楽になるのだ。
「Maybe思考とは、あなたが現在直面している状況を受けることを手助けし、変化に対する開かれた認識を与えてくれるものなのです」と、カーメン氏は「Psychology Today」に寄稿した記事で語っている。
つまり現在陥っている不幸をよりよく直視し、しかしここから事態は変わっていくのだという認識を持つことで希望が拓けてくるということだ。記事では、最愛のパートナーと結婚を目前に性格の不一致で別れることになりひどく落ち込んでいたクライアントの例を挙げて、カーメン氏は「一度深呼吸して変化に身を任せる」ことの重要性を説いている。何かとストレスの多い現代社会にあっても、“災い転じて福となす”ことはじゅうぶんに起り得るということだ。トラブルを別の観点から捉えるこのMaybe思考、頭の片隅に入れておいても良いのではないだろうか。
参考:「SAGE Journals」、「Springer」、「Lifehacker」、「Psychology Today」ほか
文=仲田しんじ
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