激辛ファンに朗報が続々! クセになるトウガラシ料理は健康と長寿の秘訣

サイエンス

 蒙古タンメンや倍数が選べるカレー店など、激辛料理の魅力にハマっている人も多いが、好きな人ほどやはり定期的に食べないと気が済まなくなるようだ。辛いモノはどうしてこうもクセになるのだろうか。また辛いモノ好きにはエネルギッシュな人が多いような気もする。確かに辛い料理を食べた後は気分がリセットされその後の仕事が捗りそうな感もしてくるが……。そんな“激辛”の魅力と秘密にあらためて迫ってみたい。

■新種トウガラシの登場で新時代に突入した“激辛”の世界

 2015年春、米・ニューヨークでは全米中からホットソースメーカーと激辛ファンが一同に介したイベント「第3回ニューヨークシティーホットソースエキスポ」が開催された。自由の女神がそびえるスタテンアイランドに設けらた会場では、各社自慢のホットソースを“味見”して購入できるのはもちろん、ホットソースを使った激辛料理の屋台が立ち並び、ニューヨークの人気バーテンダーたちによるホットソースを使ったカクテルの大会や激辛料理のフードファイトも行なわれ賑やかに盛り上がっていたようだ。

 各社自慢のホットソースが勢揃い

 ホットソースと言えば日本ではタバスコが真っ先に思い浮かぶが、激辛ファンの間で人気の「デスソース」をはじめアメリカでは様々なホットソースが売られており、激辛ファンの多様な好みに応えるために各社から絶えず新製品が登場している。

 また激辛のトウガラシと言えば、これまでハラペーニョやハバネロが有名だったが、それらとは比較にならないほど超激辛のトウガラシ「キャロライナ・リーパー」が米・サウスカロライナ州のトウガラシ生産会社によって品種改良の末に生み出され、2年前に“世界一辛いトウガラシ”であるとギネスブックに認定されている。もちろんこのキャロライナ・リーパーを使ったホットソースも現在は各社から販売されており、アマゾンなどからも購入できる「コブラチリ」や、激辛ラーメン店などでも使われる「リーパースリングブレード」などが激辛ファンには人気のようだ。

 トウガラシの辛さを計るものに「スコヴィル値」という数値があるのだが、一説ではこのスコヴィル値がハバネロの35万に比べ、このキャロライナ・リーパーは300万にものぼるという。素手で触れるとヤケドするといわれており、そのまま食べると死亡する可能性もあるというから辛さを通り越して危険とさえ言える。激辛ファンには今や注目の的であるこのキャロライナ・リーパーだが、中には自宅で栽培しているマニアもいるということだ。まさに新時代に突入したとも思われる激辛業界(!?)、ご賞味の際にはくれぐれも無理はしないでいただきたい。

■辛い物を食べるのはジェットコースターに乗る快感と同じ

 辛い植物というのは、おそらく動物に食べられないためにその身を辛くしていると考えられている。例えばトウガラシは鳥に食べてもらってその糞から種子を広範囲に撒いてもらい繁殖圏を拡大しようという戦略でその実を辛くしているということだ。鳥は辛さを感じない(あるいは耐性がある)といわれ、実際にトウガラシはその辛さから人間以外の哺乳類に食べられることはめったにないという。ではなぜ一部の人間だけが辛いモノを好んで食べるのだろうか。

 かつてこの謎に挑んだのが、米・ペンシルベニア大学のポール・ロジン教授だ。ロジン教授は1980年代にメキシコ・オアハカの村を訪れて、トウガラシ(チリペッパー)の故郷であり世界でも有数の“辛党”であるメキシコの人々の食を研究したのだ。

 ロジン教授はまず、動物が辛い食べ物を本当に嫌っているのかどうかを調べるためにマウスを使って実験を行なった。普通のチーズとトウガラシをまぶしたチーズを同時に与えれば当然のことながらマウスは普通のチーズを選んで食べる。そこで生まれたときから辛いエサしか与えないで育てたネズミと、少しずつ辛いエサに慣れさせたネズミの2グループを作って、ある時点で再び普通のチーズとトウガラシをまぶしたチーズを同時に与えてみると、どちららのグループも普通のチーズを好んで食べたという。

 また普通のチーズのほうに健康を害する成分を盛り込んだとしても、辛いチーズを避けて食べたのだ。これでマウスは実際に体調を悪化させたのだが、この状態で辛くて栄養のあるチーズを与えるとしばらくして体調が回復した。それでもその後普通のチーズを同時に与えるとやはり辛いほうは避けられたという。この研究によって一般の動物が辛い食べ物を好きになることはないとロジン教授は結論づけた。

 とすれば生物としての人間も本来は辛い食べ物を嫌うはずだが、教授は辛いモノ好きの人間は「痛みの感覚を進化させた」のだという仮説を立ててある実験を行なった。辛いモノがあまり得意ではないアメリカ人と、辛いモノ好きなメキシコ人の2グループにさまざまな辛さに味付けしたスナック菓子を食べてもらい、辛さのランク票を作成してもらうと共に、どの辛さが最も“いい味”に感じられ、どこの時点で“苦痛”な辛さになるかを評価してもらったのだ。すると、辛いモノが好きでも苦手でも、“苦痛”となる辛さのすぐ下に“いい味”がくることがわかったのだ。ということは、ちょっと辛いと感じるものでも、それに慣れれば“いい味”にガラリと変化するということになる。

 そしてロジン教授は自身が持つ脳科学と解剖学の知見から、人間の“喜び”と“苦痛”は神経学的にも密接な関係にあり、“苦痛”が“喜び”に変化することも起り得ることを指摘した。ある種の人々がジェットコースターに乗ったりお化け屋敷に入ったり、あるいはホラームービーを観たりするのがクセになるように、恐怖と隣り合わせた後に放出されるドーパミンの快感の“味をしめて”しまうことにより、辛いモノを食べることがやみつきになってしまうのだ。

 これは人間のみが持つ被虐性愛(masochistic)で、苦痛や緊張を耐え切った後に深い満足感に襲われるという心の働きである。したがってやはり本来は人間も辛いモノが苦手なはずなのだが、辛さを克服して食べきった後に大きな満足と快感が得られているということなのだ。そして人間の“喜び”と“苦痛”は実際に脳の新皮質の近い部分の働きであり、重なりあう部分も多いことがその後のいくつかの実験で明らかになっている。激辛ファンは、胃袋を満足させるというよりも、心と脳を満足させるために辛い食べ物を好んで食べていたのだ。そしてもちろんこれは常習性を伴うものにもなる。

■辛い料理は健康、長寿に貢献する

 人間にとって生物学的には苦手なはずの激辛料理の数々だが、決して身体に悪いものではなくむしろ健康を増進するものであるという研究がいくつか報告されていて、激辛ファンにとっては朗報(!?)が続いている。

 カナダ・トロント大学の名誉教授で胃腸科専門医であるカーシェード・ジージーバーイー博士は、これまで多くの患者を診てきた経験から先頃、「スパイシーな料理が健康に悪影響を及ぼす証拠はない」と話している。ちなみに博士自身はこれまで辛い食べ物は胃に悪影響を及ぼすとして避けてきたのだが、そんな必要はまったくなかったばかりか、適度に辛い料理を楽しんでいればよかったと持論を撤回したのである。

 2007年には英・ノッティンガム大学の研究で、ハラペーニョに含まれるカプサイシンは副作用なしにがん細胞を死滅させる可能性があるという研究が報告されて話題を呼んだが、最新の研究でも辛い料理が健康に好ましい影響を与えていることが発表されている。辛いモノ好きはがんや心筋梗塞になりにくく、長寿になる傾向があるというのだ。

 米・マサチューセッツ州ボストンにあるハーバード公衆衛生大学院のルゥ・チー准教授が主導する研究チームは、四川料理など辛い料理を日常的に食べている30歳から79歳までの約50万人の中国人を7年間にわたって調査した。この7年の間にそのうちの約2万人が死亡したという。

 この調査で、週に1、2回辛い料理を食べる人のグループはこの7年で死亡率が10%低かったという。そして週に3回以上辛い料理を食べる“辛党”グループは死亡率が14%低くなるという統計が算出された。しかしながら、辛い料理と低い死亡率に直接の因果関係を見出すにはまだ研究不足で、もっとほかの地域の人々の食生活も調査する必要があるとチー准教授は「Live Science」の記事で言及している。

 それでもこれまでの研究から辛い食べ物の効能はいくつか実証されており、抗炎症作用や体内脂肪の分解促進、腸内細菌の再構成など、身体にとって有益ないくつかの働きが確認されているとチー准教授は話している。やはりトウガラシを使った辛い料理は健康、長寿に貢献するものでありそうだ。

 英・ケンブリッジ大学の栄養疫学者、ニタ・フォロウヒ博士もまた、トウガラシの摂取と健康への好影響の関係はまだ解明できていないとしていながらも、トウガラシは計り知れない効能を持つ食材であると主張している。料理に使う塩分や糖分には留意しなくてはならないことは言うまでもないが、トウガラシを使った辛い料理がますます脚光を浴びそうな話題ではないだろうか。良い薬は“口苦し”だが、良い食事は“口辛し”なのかもしれない。

参考:「Best Health」、「Live Science」ほか

文=仲田しんじ

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