“県民性”は雑談でよく引き合いに出されるが、はたして暮らしている地域でその人物のパーソナリティーを占えるのだろうか。最近の研究では住んでいる場所によって人々の性格的特徴に特有の傾向があることが指摘されている。
■土地柄で住民の性格は変るのか?
「郷に入れば郷に従え」という言葉もあるように、その土地土地によって独特の生活様式や風習がある。旅行や転勤、引っ越しの際にその土地の独特の風習に慣れるのに少し時間がかかったりするものだが、その土地が持つ特異性が人格にまで影響を及ぼすことが報告されている。
ミシガン州立大学とイリノイ大学の合同研究チームが2016年12月に「Journal of Research in Personality」で発表した研究では、アメリカ国内の各地域における、人々が他者に接触する際のアプローチ方法(親密か疎遠か)を全米50州12万7070人の事例というビッグデータを分析して研究している。
個人はそれぞれ、他者と一線を画したいという独立心と、他者と親密になって安心したいという愛着心の間で揺れ動いているものだが、その間のどの位置にいるかで愛着スタイル(attachment style)が決まる。この愛着スタイルには、その地域の文化によっても異なることが指摘されている。
この愛着スタイルが極端にどちらかに振れれば生活に支障をきたす症状になってあらわれる。その代表的な症状に、愛着のある人物や場所から離れることに対し不安を感じる分離不安障害(Separation anxiety disorder)などがあるが、逆に親密な交流を避けようとする密着不安(attachment anxiety)という症状もある。いわゆる“ひきこもり”の人々の多くがこれに該当するだろう。
研究チームがデータを分析した結果、中部大西洋沿岸地域(mid-Atlantic)と北東部(Northeast)に密着不安の人々が多い傾向が浮き彫りになった。この地域特有の“土地柄”が人々の交流スタイルやソーシャルネットワーク、ボランティア参加などに影響を及ぼしていることが示唆されている。
一方で西部のユタ州は住民の交流したい気持ちが高く人間関係に不安が少ない地域であることも明らかになって。しかしながらユタ州以外の山岳部の州(モンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州、ネバダ州、コロラド州、アリゾナ州、ニューメキシコ州)では親密な交流を求める気持ちは平均以下であった。したがってユタ州の独特の“土地柄”ということになる。
「私たちは場所に関するさまざな固定観念を持っていますが、データによってそれらの多くが確認できることが分かります」と研究を主導したミシガン州立大学のウィリアム・チョピク氏は語る。
“土地柄”を探るこうした研究は他にも行なわれており、ブリティッシュコロンビア大学のマーク・シャーラー教授によれば、その土地の感染症が蔓延る度合いにおいても人々の交流スタイルが変るという興味深い指摘をしている。つまり伝統的に感染症の多い地域では、感染を避けて人々はあまり外向的にならないという。土地柄やその地域ならでは特異性はやはり今日でも存在しており、そこに暮らす人々に影響を及ぼしていると言えそうだ。
■海外旅行体験のダークサイドとは
土地柄が住民のメンタルに与える影響力は考えているよりも大きいことがわかったが、居住するだけでなく海外旅行もまた人々の考え方に少なからぬ影響を及ぼすことがわかっている。
知り合いのいない旅先で多少恥ずかしい行いをしてもその場限りのものだと高を括る態度をあらわす“旅の恥はかき捨て”という言葉もあるように、旅は道徳観念に影響を与える側面があるという。そして旅行好きにはやや聞き捨てならないものになるかもしれないが、海外旅行はモラルを低下させることが最近の研究で報告されている。いったいどういうことなのか。
これまでの研究では外国語を話している状態の時には、考え方がより合理的になることが指摘されているのだが、これは外国語を話すことだけでなく単純に外国に身を置くだけでも考え方が変わることがわかったという。具体的には外国の滞在期間が長いとモラルが低下するというのだ。
米・コロンビア大学、スペイン・ポンペウファブラ大学をはじめとする合同研究チームが2017年1月に「Personality and Social Psychology」で発表した研究では、“海外旅行体験のダークサイド”とも呼べるようなショッキングな研究内容が報告されている。
実験では留学予定のあるフランス人高校生を対象に時期を違えてオンラインでワードパズル形式の一連の問題に挑んでもらった。パズルに全問正解すると、iPhoneが貰えるというインセンティブが設定されている。
解答できたかどうかは自己申告制で、1問終了するごとに“解答終了”のチェックボックスをマークを入れて次の問題に進むことになる。しかしながら、一連のパズルの中には絶対に正答できない問題が意図的に1問混入されていたのだ。このことは回答者には知らされておらず、そしてこの解けない問題の“解答終了”にマークを入れて次の問題に移った行為を“不正行為”と定義した。
留学する3ヵ月前の最初のパズルで“不正行為”を働いた学生は30%であった。そして留学6ヵ月後に行なわれた2回目のパズルではなんと46%が“不正行為”を働き、留学1年後は48%であった。
また別の実験では成人を対象に、これまでの海外旅行体験を詳細に報告してもらった後に、前出と同様のメカニズムのパズルに挑んでもらった。このケースでは全問正解しても特に報酬はなかったのだが、それでも訪問国数が多い参加者ほど“不正行為”を働く傾向が浮き彫りになったということだ。
研究チームは海外旅行や留学で多様な文化に触れることで道徳的相対主義(moral relativism)の考えが高まると説明している。これまで遵守してきたモラルコードが緩み、功利的に振舞えるチャンスがあった場合はモラルに反して行なう選択肢を含めるようになるのだ。
もちろん最終的にはその個人の道徳観の問題にはなるが、海外の多様な文化に触れることにこうした“ダークサイド”もあることを知っておいてもよさそうだ。
■63年間の歳月が人を別人にする!?
住んでいる土地柄と旅行体験が個人のパーソナリティーに少なからぬ影響を及ぼすことが示唆されているわけだが、さらに強力な影響力を及ぼすのが“時間”だ。時間は我々をすっかり別の人物に変えてしまうほどの力を持っているのだ。
“三つ子の魂百までも”という諺があるように、持って生まれた性質や幼少期に形成された性格はなかなか変るものではないとこれまで一般的に信じられてきた。しかし最近発表された研究では、同一人物の幼少期と老人期のパーソナリティー特性はまったくの別人といっていいほど変化していることが報告されている。
英・エディンバラ大学の研究者らが2016年12月に心理学系ジャーナル「Psychology and Aging」に掲載した研究では、1947年の時点で14歳であった174人の性格診断データと、その65年後の2012年に77歳になった同一人物の性格診断データを比較検証する研究が行なわれている。
自信、忍耐力、落ち着き、誠実性、独自性、優越願望という6つの基本的な性格特徴を計測する性格診断テストを同一人物に65年の歳月を隔てて行なった結果、2つの時期の間の人格にほとんど何の関係性も見出せないという驚きの結果が明らかになったのである。
強いてあげるとすれば、落ち着きと誠実性にはわずかながらも弱い関係性があるということだが、それは似た性格の他人のようなものあり、14歳と77歳ではほとんど“別人”といってもよいパーソナリティーであることが指摘されることになったのだ。
「研究の結果、パーソナリティーのゆっくりした変化は、短期間においては比較的安定していますが、生涯を通じて変化するため、時期を隔てるほどに変化の度合いが大きくなります。同一人物の性格特性は63年を経過することで人格的な関連性がほぼなくなることが示唆されることになりました」と研究チームは説明している。
65年という歳月を経て行なう研究はなかなか実現が難しく、きわめて貴重な研究であったといえるだろう。卒業文集に記した“将来の夢”がおおむね的外れなものであっても当然ということにもなる。周囲の環境やカルチャーショック体験など、我々は多くの影響を受けながら今この瞬間にもパーソナリティーを僅かずつ変えながら生きているということになりそうだ。
参考:「Science Direct」、「APA PsycNet」、「National Library of Medicine」ほか
文=仲田しんじ
コメント