欧米ではこれまであまり食べられてこなかったタコだが、日本のタコ焼きの人気は海外でも意外にも高まっていて、食用ダコの消費が増える傾向も見られている。しかしその不吉な前途を予見して一足先に退散しようと思ったのか(!?)、完璧な“大脱走”を成し遂げたタコが報告されている。
■水族館から“大脱走”を成し遂げた賢いタコのInky
証拠を一切残さずに“完全犯罪”の脱出劇を成功させたのは、ニュージーランド国立水族館で飼われていたタコのInky(インキー)だ。水槽の上部にあった僅かな隙間から身体を変形させて外に這いずり出て、床に降りてからは4mほど先にある直径15cmの排水口に入り込み、海へ繋がっている50mにも及ぶ排水パイプを伝って海洋へと逃れたということだ。
「タコは有名な“脱出アーティスト”です」と語るのは同水族館のマネジャーであるロブ・ヤレル氏だ。「Inkyは“犯行”の時期を窺っていたのでしょう。タコはもともと個体で行動する生物ですから、私たちは彼がこの水族館で孤独に暮らしていたとは思いません。しかし彼はとても好奇心に溢れているので、外の世界がどうなっているのか知りたかったのでしょう。これは彼固有のパーソナリティーです」と、ヤレル氏はInkyがとても頭の良いタコであったことを述懐する。
実にクレバーなこのInkyだが、近くの海でイセエビ漁用の壺に入っていたということで、見つけた地元の漁師が水族館に譲ったタコであったという。とすれば、もしこの地でタコが食用魚だったならば、おそらくInkyは水族館に渡ることなく食べられていたかもしれない。
水族館側は当面のところ、空になったInkyの水槽に入れるほかのタコを仕入れることは考えていないという。「信じられないと思いますが、Inkyのことであればひょっとしていつの日かここへ帰ってくる可能性もあるんですよ」とヤレル氏は話している。再びInkyが漁師の仕掛けに入ってくる時までは、タコ焼き人気が高まらないほうがよいのかもしれない!?
■タコの皮膚のように“伸び~る”伝導体が登場
いろんな意味でタコに注目が集まっている昨今だが、科学界からはタコの伸縮自在の皮膚から着想を得た“やわらかい電子機器”の開発が進んでいる。
米ニューヨーク州・コーネル大学の研究チームが2016年に学術誌「Science」で発表した研究で、タコが持つきわめて柔軟性に富んだ皮膚からアイディアを得て、元のサイズの6倍まで引き伸ばすことができる新しい伝導体素材が公開された。軟体動物であるタコやイカなどの頭足類の皮膚は、新素材開発においてこれまでも科学者たちに注目され続けてきた研究対象である。
伸びることだけが特徴ではなく、光を検知して人工筋肉を伸縮させたり、瞬時に色(蛍光色)を発色させたり、肌理の質感を周囲に応じて変化させることなどができる。例えばカメレオンのように周囲の景色や模様に同化して身を隠す機能を追求する研究開発も考えられている。
少し考えてみても、さまざまな用途への可能性を秘めたこの人工“タコ風”皮膚なのだが、研究チームは今回3つの特徴に絞って素材を開発した。その3つとは、光らせる、感触を知覚する、何倍にも伸びる、ことの3点である。そしてこの3つのコンセプトを具現化した、5層構造の薄いラバー画素伝導体を開発したという。
当面考えられる開発の方向性としては、折り畳んだり丸めたり、引き伸ばしたりすることができる電光掲示板の開発で、今後画素数をあげていくことでPCやタブレット端末などのディスプレイにも適用できるものになるかもしれないということだ。そしてもうひとつの方向性は軟らかい“ソフトロボット”の開発である。研究論文と共に公開された動画では、3色の蛍光色を発しながら尺取虫のような動きで前身する“毛虫ロボット”の試作品も収録されていて興味深い。
一部からは“デビルフイッシュ(悪魔の魚)”という不名誉な呼ばれ方もしているがなんのその、食べてよし、水族館で眺めてもよし、そして科学者の研究対象としても魅力的なタコの人気はどうやら昨今急上昇中のようだ!?
参考:「The Guardian」、「Science」ほか
文=仲田しんじ
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