今すぐ必要というわけでもなく、いつか必ず買うと決めていたモノでもないのに、あるタイミングでつい購入してしまった体験を持つ人も多いだろう。この時、どんな要素が我々の背中を押していたのか? 消費行動を促す要素についての興味深い研究が報告されている。
■味覚・触覚に訴える情報には“即効性”がある!?
なんとなく気になっている商品のテレビCMや広告ポスターに目を奪われることもあるだろう。しかし実際に購入に結びつく広告と、興味は惹かれるが今すぐの購入には至らない広告がある。その差はいったいどこにあるのか。
米・ブリガムヤング大学のライアン・エルダー准教授をはじめとする合同研究チームは、4つの実験とこれまでに発表された1100もの研究論文をレビューし、広告において消費者に訴える味覚・触覚の感覚と、聴覚・視覚の感覚の効果を比較検証している。
研究を積み重ねた結果、味覚・触覚に訴える広告は“即効性”があることがわかったという。つまり味や手触りを想起させる広告は、その後の早い購入に結びつくということだ。
ひとつの実験では、実験参加者に2つの架空のレストランの紹介レビュー記事を(架空とは知らせず)に読んでもらった。レストランAを紹介した記事では、味覚・触覚に関する情報に焦点が当てられており、レストランBの記事は聴覚・視覚情報の解説がメインであった。
レビューを読んだ後に参加者は、半年以内に2つのレストランを予約するように求められた。するとレストランAについてはそれぞれの都合の中でなるべく早い時期に予約をする傾向がはっきりと浮き彫りになったのだ。つまり味覚・触覚に訴える情報には“即効性”があったということになる。
もうひとつの実験では、今週末と来年に開かれる夏祭りの紹介記事を読んでもらった。記事はそれぞれ2パターンあり、記事Aは出店する飲食店情報など味覚・触覚に訴える情報がメインで、記事Bではライブに出演する歌手などの聴覚・視覚情報の説明が中心であった。
どれか1つの記事を読んだ参加者はそれぞれその夏祭りに行きたいかどうかを尋ねられた。今週末の夏祭りについては記事Aを読んだグループのほうが参加希望者が多かったが、しかし来年の夏祭りに関しては記事Bを読んだグループのほうが行きたいと望む者が多かったのだ。つまりやはり味覚・触覚は“即効性”があるものの、しかし話がだいぶ先のことになるとあまり効果を発揮しないこともわかったのだ。
また、飲食店評価サイト「Yelp」のレビュー投稿で読んだ人から“役立った”のボタンが多く押されている記事を分析してみると、味に関する情報をより多く盛り込んだ記事は現在形で書かれていることが多く、店の雰囲気や使い勝手などをメインに書いた記事は過去形で書かれている傾向があることもわかったという。これらは“感覚マーケティング”と呼ばれ、消費行動研究として現在活発な分野であるということだ。
■ホリデーシーズンに変化するオンライン消費行動
ネット上での広告もすっかり普通のことになり、今では有名企業のテレビCMがそのままYouTubeなどでも流れる時代を迎えているが、ネット広告の効果たるやいかほどのものなのか? もちろんネットに広告を出したからといってすぐさま売り上げが伸びるということはあまりないと思うが、それでもまだまだネットには可能性があることが示唆されている。その鍵を握るのがホリデーシーズンであるという。
米サンフランシスコのマーケティング会社「RadiumOne」は2016年に年末のホリデーシーズンのアメリカ人のオンライン消費行動のビッグデータを収集した調査結果を発表している。調査報告ではまだまだオンラインで顧客を獲得できることが指摘されることになった。
スマホの普及によってSNSユーザーもまた劇的に増えたが、その一方でユーザーのネット利用履歴の不透明性が増したといわれている。スマホ版のSNSアプリ上からのリンク先移動や、メールやインスタントメッセージに添付されたURLをコピペ入力してサイトにアクセスするなどの行為も増えて、どこを経由してきた来訪者なのか管理者側にもよく分からないアクセスが増えてきたのだ。これらの不透明なアクセスはダークソーシャル(Dark Social)と呼ばれている。
そして調査報告では、ホリデーシーズン中にシェアされる82%もの情報がこのダークソーシャルであるという驚くべきデータが示されている。休暇中のオンライン行動の8割は、いわばネット上の“口コミ”だったということになるのだ。したがってこのオンライン上の口コミに何らかの方法で影響を及ぼすことができれば、まだまだ多くの顧客を獲得できる可能性があることになる。
アメリカのホリデーシーズンはおおよそ11月終盤のサンクスギビングデー(感謝祭)からクリスマス、大晦日あたりまでといわれている。そして今回の調査では、休暇シーズンの直前、人によっては休暇の序盤となる11月終盤に人々のオンライン行動が平均の2倍に跳ね上がることを示している。この時期に人々はさまざまな検索やオンラインショッピング、SNS活動を普段の倍、行なっているのだ。
この時期に38%のネットユーザーがクリスマスプレゼントなどをネットで検索して購入しており、実店舗のみで商品の選定、購入を行なっているのは僅か8%しかない。しかし一方で28%は実際の購入は12月に入ってから行なっており、5%は12月最終週まで待つということだ。
また約半数のユーザーは休暇中にネットやスマートテレビなどを経由して映画などの映像コンテンツを観賞する機会が増えているという。それだけCMを目にすることも多くなるのだ。そして休暇に入ってしまうと、72%のユーザーが身内や友人知人との間でお互いの写真や動画などを共有している。このシェアの仕方のほどんどがやはりダークソーシャルなのである。
これらはもちろんアメリカでの事情だが、日本でも大型連休の前や最中には普段とかなり違ったオンライン消費行動実態になっていることが予想される。そしてそこにはまだまだいろんな商機が隠れているのかもしれない。
■常に賢い買い物をする人々とは?
人々の消費行動についての理解が深まる研究が続いているが、特に賢い買い物をするある種の人々が存在することが最新の研究から指摘されている。それは自閉スペクトラム症の人々だ。
世の中で売られている商品には、我々が考えられている以上にさまざまなトリッキーな仕掛けが施されている。その代表的なものが誘引効果(attraction effect)だ。
例えばある牛丼店で並盛り500円の牛丼と、量が並盛りの1.5倍ある大盛りの牛丼が750円で提供されていたとする。どちらを注文しても客は量に関して損も得もしない。
しかし昨今のダイエットブームで外食でもあえて小食にしている人が若干いることもあり、そうした人々の要望に応えるために、店は並盛りの半分の量の小盛りを400円でメニューに加えた。量が半分だからといって250円にしないところがポイントだ。
ダイエット志向のお客のためという大義名分(!?)を立ててはいるものの、実はこの小盛りはデコイ(decoy)と呼ばれるおとりメニューで、店はこの小盛りが実際に売れることを期待していない。ではなぜわざわざ加えたのか?
この小盛りを加えた本当の動機は、並盛りのお得さを引き立たせるためにほかならないのだ。これこそが誘引効果である。そして実際、この小盛りをメニューに加えることで並盛りの注文が増えるということだ。
店が客の回転率などから、並盛りを多く売ったほうが良いと考えた場合、こうした手段が取られることになる。もし大盛りを数多くさばいたほうが利益が上がると判断した場合には、今度は大盛りを売るための異なるデコイが用意されるのだ。
英・ケンブリッジ大学の研究チームは90人の自閉スペクトラム症の人々に実験に参加してもらい、さまざまな商品を3つの選択肢の中からどれを購入するかという一連の課題に次々と挑んでもらった。携帯電話やオレンジジュース、USBメモリなどさまざまな商品が提示されたのだが、3つの選択肢のうちの1つは必ずデコイで、残る2つの商品のどちらかの誘引効果を高めるために混ぜられている。そして誘引効果を高められた商品が他方と比べて必ずしもお買い得というわけでなく、個々の課題によりけりである。
そして実験の結果は、自閉スペクトラム症の人々はデコイを見分ける能力が高く、デコイの誘導にもあまり影響を受けずに本当にお買い得な商品を選択する確率が、一般の人にくらべてかなり高いことが明らかになったのだ。
自閉症の傾向を持つ人々は、いわゆる“空気が読めない”ために対人関係に支障をきたすといわれている。つまり対人関係における“文脈”を把握できないため円滑なコミュケーションが難しいとされているのだが、逆に“空気が読めない”ことで先入観を持たずに商品を判断できるのではないかということだ。いわば感情を排した“ドライな判断”ができるということになるだろう。
我々が現実に直面する商品選びはとんどの場合は3択では済まず、デコイの数も1つや2つではないことも多い。あまりにも“最善手”を追求しすぎるのも問題だが、商品購入に際して許される時間内で慎重に検討したいものだ。
参考:「Oxford University Press」、「RadiumOne」、「Association for Psychological Science」ほか
文=仲田しんじ
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