権威主義者とはニオイを気にする人々だった!?

サイエンス

 自分や他人の体臭に敏感な人もいれば、気にならないという人もいる。ニオイに対するこうした態度は個人のパーソナリティーに影響を及ばしているのだろうか。

■ニオイを気にする人は独裁的なリーダーを支持する!?

 最近の研究で体臭に敏感で気分を害しやすい人ほど、権威主義的な考えを持ちやすいことが指摘されている。

 スウェーデン・ストックホルム大学の研究チームが2018年2月に英国王立協会のオープン学術ジャーナル「Royal Society Open Science」で発表した研究では750人以上の実験参加者が、オンラインで政治思想と倫理観を浮き彫りにする質問に加えて、汚くて危険な“バイ菌”をどれくらい気にするかの度合いを計測する数々の質問に回答している。その中には“体臭”にまつわる質問も含まれていた。

 収集した回答を分析したところ、他人の体臭(汗や尿のニオイ)が気になって気分を悪くする人物ほど、政治的に権威主義に傾く傾向が顕著にあらわれたのだ。こうした人々は選挙の際には独裁的なリーダーに投票する可能性が高いことになる。

 体臭に気分を害される度合いと、独裁的リーダーを望む度合いとに強固な結びつきがあり、独裁的リーダーには過激なデモを抑止し、異なるグループをそれぞれの“持ち場”から出さないという期待があるという。そうすることで異なるグループ間の接触を減らし、少なくとも理論的にはいろんな意味での“感染症”に罹るリスクを減少させているのだと研究チームは説明している。

 ニオイへの敏感さは、人間が本能的に培ってきた病原菌や腐敗をいち早く検知する能力のひとつであると考えられ、我々は基本的に危険なニオイを発する物や場所からは本能的に遠ざかろうとする。そしてこの進化人類学的に獲得した嗅覚力が政治的権威主義と結びついているのである。

 今日の社会の世界的な傾向といわれている“右傾化”の問題の一部は“ニオイ”の問題であるのかもしれない。

■人間の嗅覚は犬にも劣らなかった

 ニオイが気になるという向きも、あまり気にならないという人も、我々はこれまで考えられている以上に鋭敏な嗅覚を持っていることが最近の研究で報告されている。犬と比較してもそれほど引けを取らない嗅覚能力を我々は持っているのだ。

 米・ラトガース大学の神経科学者、ジョン・マッギャン准教授は14年間に及ぶ嗅覚システムの研究の結果、人間の嗅覚がほかの動物に比べて劣っているという従来の考えは完全に間違っていると結論づけている。

 研究によれば人間の嗅覚が劣っているという固定観念をこれまで長い間人類は検証しておらず、嗅覚を研究している人々でさえこの固定観念に長らく疑いを持たないできたが、実は人間は、犬やげっ歯類の動物たちと同程度の嗅覚を持っているという。

 これまでの見解では、人間はせいぜい1万種類程度のニオイを嗅ぎ分けられると考えられてきたのだが、マッギャン准教授の研究ではなんと人間は1兆種類のニオイを嗅ぎ分けられるというから驚きだ。ある種のニオイの検知に関しては、人間は犬よりも優れている場合もあるという。

 明らかになった人間の鋭敏な嗅覚を鑑みると、医療の多くの分野でニオイの効能が見逃されているとマッギャン准教授は指摘する。さらに嗅覚は、記憶を呼び覚ますことから性的パートナーを惹きつけることまで、気分を変えて人間の行動に影響を与えるということだ。

 我々の嗅覚は、他人を知覚したり、コミュニケーションを図ったり、つきあう相手を選んだり、食べたいメニューを決めたりと、意識するしないに関わらず重要な役割を果たしているという。また心的外傷体験を扱う場合、ニオイで引き起こされる感情はPTSDを活性化させる引き金にもなる。これまで見逃されがちであったニオイの影響力に広い理解が求められているようだ。

■嗅覚を失うと同じ食事量でも痩せる?

 これまで軽視されがちであった嗅覚に対して理解を新たにすることが求められているのだが、ではもし嗅覚が鈍くなったり失われた場合は我々にどんな変化が訪れるのだろうか。

 料理を味わう際の“風味”を楽しむには、味覚のみならず嗅覚もフルに発揮されているだろう。もし嗅覚が鈍感になったり失われてしまった場合、食べ物が美味しくなくなって食べる量が減り、その結果として体重が減ったとしてもおかしくない。しかしマウスを使った実験では、同じ量を食べても嗅覚が損なわれたマウスは痩せていくことが判明したというから興味深い。

 カリフォルニア大学バークレー校の研究チームが2017年7月に「Cell Metabolism」で発表した研究では、ほぼ同じ体重のマウスを2グループに分けて、高脂肪のエサ(チーズケーキとピザ)を与えて健康状態をチェックする実験を行なっている。片方のグループのマウスは、ジフテリアを使って嗅覚を一時的に失わせている。

 3ヵ月後、2つのグループの不思議な違いが顕著に示されることになった。嗅覚を失ったマウスは正常なマウスよりも体重が16%減量したのだ。嗅覚を失ったマウスはエサを食べ残してはおらず、運動量が多いわけではない。また肥満のマウスの嗅覚を失わせた別の実験でも、やはり嗅覚を失う前とエサの量が変わらなくとも時間の経過と共に体重が減ることが確かめられたのである。

 同じ量を食べても嗅覚が失われたマウスのほうだけ体重が減るのはどういうわけなのか? この不思議な現象はまだ解明されていないものの、研究チームは嗅覚が失われることで脂肪の燃焼が促進されるのではないかと考えている。

 ではどうして嗅覚が失われると脂肪の燃焼が促されるのか? 嗅覚が失われたマウスの身体を詳しく調べてみると、より熱を発生させる褐色脂肪(brown fat)の燃焼が特に促進され、一方で白色脂肪が次々に褐色脂肪に変化していることが明らかになった。

 こうした新陳代謝の変化から研究チームは、嗅覚が失われた状態、つまり味覚の楽しみだけで食べ物を食べた場合は実際よりも多く食べたと脳と身体が判断し、より脂肪を燃焼する新陳代謝のモードに切り替わるのではないかと推測しているということだ。

 つまり「嗅覚が失われると痩せる」ということになるのだが、もちろんこれが人間にそのまま当てはまるメカニズムであるのかどうかはまだわからない。しかし今後の研究の次第では、努力を要しない画期的な“ダイエット法”が編み出されてくるのかもしれないとすれば興味深い限りだ。

参考:「The Royal Society」、「Science」、「Cell」ほか

文=仲田しんじ

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