最も確実でシンプルな仕事パフォーマンス向上法とは?

サイエンス

 たとえ少人数だとしてもグループの中で行なう言動は、1人を前にした対面コミュニケーションとは違った気分になるのではないだろうか。最近の研究は“観客”の存在がパフォーマンスを向上させることを指摘している。

■見物人の存在でゲームの成績がアップ

 陸上競技や水泳の選手は練習中にも何度も記録に挑んでいるが、やはり自己ベストを出すのは参加した大会においてであるだろう。観客のいる大会はプレッシャーや緊張ももたらすが、たいていの場合はパフォーマンスを向上させていることが最近の研究で報告されている。

 米ジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームが2018年4月に神経科学系学術ジャーナル「Social Cognitive and Affective Neuroscience」で発表した研究では、20人の実験参加者にビデオゲームをプレイしてもらう実験を行なっている。

 参加者(19歳~32歳)はシューティング系のビデオゲームに挑んだのだが、一定の成績を収めると小額の賞金が与えられることを予め伝えてインセンティブがもたらされた。それぞれの参加者は1人でプレイするパターンと、2人の見物人の前でプレイするパターンのどちらにも挑んだ。

 収集したゲーム成績データを分析したところ、20人のうち18人は、1人でプレイするよりも見物人の前でプレイしたほうが成績が良いことが判明した。1人でプレイしたときよりも見物人の前でのプレイは成績が平均で5%良くなっていた。中には20%も成績がアップした参加者もいたということだ。

 プレイ中の参加者の脳活動の状態がMRI機器を使ってモニターされたのだが、見物人の前でプレイした場合には前頭前皮質の一部の活動が活発になっていた。この部分は他者の思考や意図を推量する活動に関係している。また報酬系を司る脳の部分も活発に働いていることから、他者に見られることで快感を感じていることを指摘するものにもなる。

 加えて腹側線条体(ふくそくせんじょうたい、ventral striatum)と呼ばれる部分の活動も活発になり、動作と運動神経が向上していることも判明した。

 研究チームは少数の見物人はパフォーマンスを高める発奮材料になると結論づけた。しかしこれは「カッコいいところを見せたい」というよりも、「人前で恥をかきたくない」という心性のほうがおそらく強いということだ。

 今回の研究ではたった2人の見物人であったが、これが大勢の“観衆”になったときにはどうなるのかについては、また別の研究が必要とされている。“観客”レベルではもしかするとプレッシャーに押し潰されてしまうケースもまた増えるのかもしれない。

 ネットの普及で場所を選ばずに仕事ができる環境がますます整っているが、それでも人が集うオフィスや仕事場がなくならないのも、仕事のパフォーマンス向上やモチベーション維持において“他人の目”の必要性が実感されているからかもしれない。

■仕立ての良いスーツで仕事が捗る

“他人の目”がパフォーマンスの向上に役立っていることが指摘されているのだが、人の視線を得るには外見が重要になってくるのはある意味で当然だ。そして実際に、プロフェッショナルな服装をすることで仕事のパフォーマンスを高められることがこれまでにも各種の研究で指摘されている。

 2012年にノースウェスタン大学の研究チームが「Journal of Experimental Social Psychology」で発表した研究では、「身を包む認識(enclothed cognition)」という概念が提案されている。身を包む認識とは、服装が着ている当人の自己イメージと仕事のパフォーマンスに重大な影響を及ぼし得る心理学的メカニズムである。

 実験では参加者に集中力を要する作業を行なってもらったのだが、その際に白衣を着て行なうパターンと、白衣を着ないで行なうパターンで2度挑んでもらった。結果は白衣を着たときのほうが作業がはかどることが判明したのだ。

 服装は権威とプロフェッショナル性を示すもので、医師の白衣のようにその職業の“正装”を身にまとうと、男性ホルモンであるテストステロンの分泌が活発になり、自尊心と自信を高めることができるということだ。

 ビジネスパーソンにとっての“正装”はもちろんスーツだ。現在のスーツはイギリスのヴィクトリア朝に起源を持つと言われており、200年にわたって今日まで男性の“正装”となっている。

 成功のための服装(dress for success)というフレーズがあるが、この言葉は心理学者が分析するよりもはるか前から、世の紳士たちが仕立ての良いスーツが自信を高め成功に導くものであることを熟知していたことを示している。

 2015年の米・コロンビア大学の研究でも、フォーマルな装いは当人をよりクリエイティブにし、全体を俯瞰した観点から物事を考えられるようになることが実験で確かめられている。仕事が停滞気味だと実感している向きは、ジャストフィットする新しいスーツを新調してみるのもひとつの打開策になりそうだ。

■最も確実でシンプルなパフォーマンス向上法とは

 最も確実でシンプルなパフォーマンス向上法はないものなのか? 低下した海馬の機能を元に戻す最も確実でシンプルな方法――それは運動である。

 アメリカ・ブリガムヤング大学のジェフリー・エドワース博士をはじめとする合同研究チームが2018年2月に学術ジャーナル「Neurobiology of Learning and Memory」で発表した研究ではマウスを使った実験で、断続的なストレスにさらされて起る海馬の機能低下を、運動によって打ち消すことができることを報告している。

 実験ではマウスを4グループに分けた。それぞれ、ストレスがなく運動をしないマウス、ストレスがなく運動するマウス、ストレスにさらされて運動しないマウス、ストレスにさらされて運動するマウスである。

 実験の結果、海馬のシナプスの長期増強(Long-term potentiation)の値が、ストレスのない運動しないマウスとストレスにさらされ運動するマウスでは同レベルであることが判明した。つまりストレスにさらされていても運動している限りは、ストレスを受けていない状態と同じ程度の脳の健康を保つことができるのだ。そして八方向迷路(Radial 8-arms maze)を使った実験でも、ストレスにさらされて運動するマウスの認知機能と学習能力の低下は見られなかったのだ。

 運動はストレスが海馬にもたらすいくつかのネガティブな影響を打ち消すことができると研究では結論づけられている。

 もちろん運動には海馬の機能保持以外にもさまざまな効能がある。20分の中程度の運動で気分が優れた状態が最大12時間持続することもかつての研究で確かめられている。加えて脳内のタンパク質生産を活発にして全体的な脳の健康を保つということだ。

 もちろんできるだけストレスの少ない環境に身を置いて仕事に集中したいものだが、そうした恵まれた環境は誰しも手にできるわけではないだろう。しかし運動は億劫がらなければ誰にでもできる。日頃の運動習慣がますます重要視されてくる話題だ。

参考:「Oxford University Press」、「ScienceDirect」、「ScienceDirect」ほか

文=仲田しんじ

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