左利きは人口の1割ほどに過ぎないと言われているが、野球やボクシングといったスポーツの分野では珍しくない。それはやはり“サウスポー有利”だからであることが最近の研究で報告されている。
■ボクシングでは54%の確率でサウスポーが勝利
ボクシングの試合で右利きと左利きの選手が対戦した場合、例えばイギリスのブックメーカーでどちらに賭けたらよいのか? 選手の実力が同程度であればやはり、サウスポーに賭けたほうが良いことが最新の研究で示されている。
英・マンチェスター大学の研究チームが2019年2月に「BioRxiv」で発表した研究では、格闘技においては左利きが有利であるいう「ファイター仮説(fighter hypothesis)」を検証すべく、1万人以上のボクサーと武道家のデータを分析している。
分析は「ファイター仮説」をサポートする結果となった。試合で右利きの選手と左利きの選手が対戦した場合、54%の確率で左利きの選手が勝利していることが導き出されたのだ。ボクシングをはじめとする格闘技において、数字のうえからも左利きが有利であることが判明したのである。
ボクシングの試合におけるサウスポーのアドバンテージの1つに“サプライズ効果(surprise effect)”がある。右利きの多くの選手がサウスポーにあまり慣れていないのに対して、サウスポーの選手は普段から右利きの選手を相手にしている。この経験の差が、右利き選手にとって、時にはサプライズとなる予測が難しい攻撃に晒される要因となっているのだ。
そしてこうした“サウスポー有利”の背景もあり、実際にボクシング界には左利きが多いことも明らかになっている。一般男性の左利きは12.6%であるのに対し、ボクシング界では左利きが17.3%にまで増えている。また女子選手においても、一般女性の左利きが9.9%であるのに対し、女子ボクサーの12.6%がサウスポーであった。
研究チームによれば、ボクシングにおいてサウスポーと対戦することはまったく異なる格闘技体験になるということだ。つまり選手はサウスポー対策を一から準備しなくてはならないのである。そしてさらに対応が難しいのは試合中に“スイッチ”してくる両手利きのボクサーであるという。
日常生活において何かと不便な思いをする左利きだが、その“意外性”が格闘技などにおいて有利に働いていることは間違いなさそうだ。
■早くから哺乳瓶で育つと左利きになる?
ではなぜ左利きに育つのか? 人間の利き手を決めるメカニズムについては“遺伝子説”をはじめ諸説あるのだが、今のところはどれも決定打に欠けるようだ。なぜ左利きが極端に少ないのかについても依然として謎のままである。
しかしこの問題について、意外な側面から有力な新説が登場している。乳幼児期の授乳スタイルが利き手に影響しているというのだ。哺乳瓶で粉ミルクを飲んで育った者はなぜか左利きが多くなるのである。
米・ワシントン大学の伝染病学者であるフィリップ・フジョー教授が2018年12月に学術ジャーナル「Laterality: Asymmetries of Body, Brain and Cognition」で発表した研究では、母乳での授乳期間と利き手の関係を5ヵ国6万組以上の母子データを分析して探っている。
一般的に生まれてすぐの新生児には母乳を与える傾向が高く、その後徐々に哺乳瓶での授乳の確率が高まるといわれているが、研究では母乳での授乳を1ヵ月未満、1ヵ月以上~6ヵ月未満、6ヵ月以上~9ヵ月未満、9ヵ月以上という区分で区切り、左利きの発生率を計算した。すると、9ヵ月未満において、母乳での授乳期間が長くなるほど左利きになる確率が低くなっていることが判明したのだ。9ヵ月がピークで、それを過ぎてからの数値は頭打ちになった。
母乳が長いほど右利きが増え、早くから哺乳瓶にするほどに左利きが増えるとは単純には結論付けることはできないのだが、これまでになかった興味深い研究結果になっている。ちなみに母乳の期間が6ヵ月未満の乳幼児が左利きになる確率は約20%に高まっている。
研究チームは、母乳と粉ミルクの栄養成分の違いでこのような差が生まれるというよりも、母乳授乳による母子のホルモンレベルの反応が関係しているのではないかと考えているようだ。母乳を与えることで母子は密着し、乳幼児が母親の心臓の鼓動を感じる機会が多くなることなども、右利きに導く要因の1つかもしれない。
またこれまでの研究で双子と早産児には左利きが多いこともわかっているのだが、双子の場合は母親の負担軽減のために哺乳瓶を早期に使う傾向が高いと考えられ、また早産児は最初は治療室で過ごすことから母乳は“オアズケ”になっている。これらの例は母乳期間の短さが左利き児童を輩出するというこの仮説をサポートするものにもなる。
それでもまだまだ謎に包まれている左利きだが、授乳スタイルが影響を及ぼしているとすれば興味深い限りだ。
■左利きにまつわる3つの誤解と3つの真実
左利きについてはまだまだ謎が多いのだが、博士号を持つ科学ジャーナリストのクリスチアン・ジャレット氏によれば、左利きにまつわる3つの誤解と3つの真実があるという。
●誤解1:左利きは内向的で知的でクリエイティブである
利き手について考察した『Right Hand Left Hand』の著者である心理学者のクリス・マクマナス氏によれば、左利きがクリエイティブであるというのは科学的にほとんど根拠がないということだ。またかつてのニュージーランドの研究では内向性などの性格特性と利き手の間にはなんの関係もないことが確かめられており、IQについても利き手が関係しているファクターは何もないということだ。
●真実1:左利きは言語運用において左脳への依存度が低い
言語の運用においては主に左脳が使われているとされている。左脳がダメージを負うと言語運用能力が低下するのはそのためである。言語運用において右利きはその95%を左脳が担っているのだが、その一方で左利きは70%にとどまるという。つまり左利きは言語運用の3割程度は右脳でも行なっているのだ。
●誤解2:左利きは感染症に弱く早死にする
かつての研究で左利きの野球選手は寿命が短いことが報告されているのだが、前出のマクマナス氏によればこれは統計上の誤謬であるということだ。またクリケット選手を対象にした別の研究では左利きの選手が特に早死にしているわけではないことも報告されている。さらに左利きは免疫力が低く感染症に弱いという事実もないということである。
●真実2:齢を取ると両手利きが増える
2007年の研究で右利きの25歳前後、50歳前後、75歳前後のグループに手の器用さを計測する課題行なってもらったところ、50歳前後のグループでは一部の能力が左手でも右手と同程度になり、75歳前後のグループでは両手の器用さがほぼ同じになった。しかしこの高齢のグループにおいては右手の器用さが衰えているという側面もあるという。しかしながら一部のスポーツ選手などが後天的に左利きになるように、生まれつき右利きでも左手は“開発”できるのだ。
●誤解3:左利きは差別されている
確かに左利きには何かと不都合なこともあり、少なくない左利きが一度は右利きになろうと努力してみた経験があるという。しかしそうだからといって左利きがマイノリティとして社会的に差別されている形跡は少なくとも先進国の中ではまったくないことが、2013年のニュージーランドの研究などからも示されている。
●真実3:左利きは多くのスポーツで有利である
前出の話題にも繋がるが、対戦種目において左利きは有利である。“サウスポー有利”の「ファイター仮説(fighter hypothesis)」は科学的事実なのだ。
社会の中では少数派の左利きだが、日常生活の中であまり利き手を意識することのない暮らしを送りたいものである。
参考:「bioRxiv」、「University of Washington」、「Psychology Today」ほか
文=仲田しんじ
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