バイタリティに溢れる有能なビジネスパーソンのその後のキャリアを台無しにしかねない厄介なものが「燃え尽き症候群」だ。ストレスを溜め込まないよう、日ごろからリラックスできる時間を確保することなど心身のケアの重要性が指摘されているが、時には少し広い視野で物事を見てみるのもちょっとした息抜きになりそうだ。それというのも、もともと人間はそれほど勤勉にはできておらず、それどころかけっこう“ダメな存在”かもしれないのだ。
■人間の身体はなるべく楽をしようとする!?
健康への関心が高まる中、日常的にランニングやジムで運動を行なっている人も多いだろう。適度な運動は心身のリフレッシュのために実に有効な手段で、「燃え尽き症候群」の予防にも効果があると言われている。
日常的に運動をする人の中には、もっぱら摂取したカロリーを燃焼するための目的、いわゆるダイエット目的で行なっている人も多いと思われるが、先頃“ダイエット派”にはちょっと見過ごせないかもしれない研究が発表されている。なんと人間の身体は運動をすればするほど、カロリーを消費しにくくなるというのだ。
カナダ・ブリティッシュコロンビア州にあるサイモンフレーザー大学の研究チームは人間の歩き方に関する研究を行い先頃、そのレポートを科学誌「Current Biology」に発表した。研究によれば、歩行中に我々の神経システムは最もエネルギー消費量の少ない歩幅とスピードを探し出し、無意識のうちにそれに倣って歩いていることが判明したという。我々の身体はもともと“省エネ”最優先でできていたのである。すなわち我々の身体は、なるべく楽をしようとする“怠け者”であったのだ。
「我々の神経システムの正体は“怠け者”です。これは動作をできる限り少ないエネルギー消費で行い、最小のエネルギーで済むように動きを微調整することさえしています」と、研究を主導するマックス・ドネラン教授はNBC系列の健康情報サイト「Today」の取材に応えている。
外骨格型歩行アシスト装置を装着した実験も行なわれ、装置を調整して歩行に負荷をかけた状態にするとすぐさま歩き方に変化が生じ、最も省エネルギーで済む歩幅とスピードに短時間のうちに修正されたということだ。
常にエネルギー消費を最小限度にしている人体の素晴らしさに感服する研究結果であるが、“ダイエット派”には確かにあまり嬉しくないかもしれない。ランニングやジムの運動に慣れれば慣れるほど、我々の身体は“省エネ”になりあまりカロリーを消費しなくなるからだ。例えば走り始めの頃に30分のランニングで燃やしていたカロリーが、走りに習熟するとで30分では消費できなくなってくるということである。
「運動で減量をしようとしている人々にはあまり良いニュースではありませんね。しかしもしアスリートなら、自分の身体が自然にとる動きをもっと信頼していいということになります」(マックス・ドネラン教授)
身体に任せていると自然に省エネ歩行、省エネ走法になってしまうので、減量のためには意識的に歩幅を広くしたりスピードアップしなければならないということだ。“ウォーキング”の歩幅が広いのもこのためだろう。「水は低きに流れ、人は易きに流れる 」ということわざもあるように、人間の身体は元来、なるべく楽をするようにプログラムされていたのだ。したがって時に怠惰になることは人間にとってごく自然なことかもしれない。
■わかっていても食べ過ぎる“食物依存症”は存在する!?
人体の極めて優れた“省エネ”体質により、思ったほど運動ではカロリーが消費できないということは、摂取する方のカロリーを考え直さなければならないことにもなる。しかし最近の研究では、一部の人々にとって食べ物を制限することは考えらていた以上に困難であることもまたわかってきた。必要以上であるとわかっていながら食べてしまうのは脳の問題だというのだ。
2015年にオランダ・アムステルダムで開催された神経科学学会「28th ECNP Congress」において、スペイン・グラナダ大学のオレン・コントレラス・ロドリゲス博士が行なった研究発表で、これまでその病状の有無が議論の対象になってきた「食物依存症(food addiction)」が、やはり存在し得るものであることが報告されている。
研究発表のもととなった実験では39人の肥満体成人と、42人の標準体型成人に食べ放題形式(ビュッフェ形式)で菓子類を提供し、その後各人をMRIにかけて脳をスキャンした状態で、今食べた菓子の写真を見せて脳内の動きを調べた。すると肥満体の人々の脳には明らかに標準体験の人々とは異なる反応が見られたのだ。
肥満体の人に菓子の写真を見せると、脳の尾状核尾(dorsal caudate)と体性感覚皮質(somatosensory cortex)が刺激されて活発になりこの2つが繋がるというのだ。尾状核尾は人間の行動における「報酬系」を司る部分といわれ、また体性感覚皮質はその食べ物がどれほど食べ応えがあるのか判別する機能に関わっている。つまり脳内のこの2つの部分が結びつくことで、高カロリー食品を渇望するようになるというのだ。
一方、標準体型の人に菓子の写真を見せた際には腹側被殻(ventral putamen)と眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex)が刺激されて繋がるなど、もっと多くの部分が同時に活発な反応を見せるということだ。
「目下の議論である“食物依存症”の有無ですが、我々の研究を含めいくつかの研究では実際に存在することになります。薬物の依存症と同じく、食物摂取による“報酬系”の強化が、肥満の人々の脳神経系の変化に関係しているのです」(オレン・コントレラス・ロドリゲス博士)
過食は決して本人の意志が弱いわけでもなければ、欲深いわけでもなく、ある意味で不可抗力の“病気”である可能性が高いということになる。減量の手段はそれぞれ改めて対策を講じるとしても、食べ過ぎてしまったことに過度な罪悪感を抱く必要はないということだ。そう考えればダイエットにも気を楽にして取り組めるのではないだろうか。
■アダルトサイトを見続けるのは単に好色だからではない!?
ついつい度が過ぎてしまうのは食べ物だけではない。定期的にアダルトサイトをチェックしてしまうのも、まさに不可抗力に近い“習癖”だという研究も登場している。
アメリカでは3人に1人の女性が定期的にアダルト・コンテンツを見ており、18歳~24歳の男性の7割は少なくとも月に1度はアダルトサイトを訪れているという統計が出ている。インターネットの普及により以前よりも身近になってしまったアダルトコンテンツだが、アメリカでは氾濫するポルノ表現を規制すべきであるという組織がいくつか新たに設立されいる。それらの組織(「YourBrainOnPorn」や「Fight The New Drug」など)が主張しているのが「ポルノの氾濫は健康問題である」というものだ。なぜならポルノは脳に影響を及ぼすというのが彼らの立脚点である。
ではネットなどでアダルトコンテンツを見ると脳に何が起るのか? 最も顕著な変化としては、脳内に神経伝達物質・ドーパミンが大量に分泌される。ドーパミンは快感の感情を引き起こすとされており、前頭葉で作用するドーパミンは人の行動の動機となり得る「報酬系」に関わっていると言われている。しかし、当初は刺激的だったコンテンツも見続けているうちにドーパミンの分泌は減り、最終的には止まってしまうということだ。
2012年の「TED」のトークで、オンライン上のポルノ氾濫に警鐘を鳴らした心理学者のゲイリー・ウィルソン氏によれば、個々のアダルトコンテンツを最初に見たときに最もドーパミンが分泌されるということで、いったん“味をしめて”しまった者はドーパミン分泌を絶やさないために次々と新たなアダルトコンテンツを発掘して見続けなければならなくなるということだ。
ゲイリー・ウィルソン氏の「TED」トークより
定期的にアダルトサイトをチェックしなければ気が済まなくなってしまうのは、単に好色であるという以上に、脳が要求する行為だったのである。これも逆に言えば、ついついアダルトサイトを見てしまうことに過剰な負い目や後ろめたさを感じる必要はなく、冷静に対処すれば良いだけのことになる。
またネット上の“ポルノ中毒”になることで、主に男性は現実の性行為が困難(ED)になる傾向が認められるということだ。しかしこれは意識的な“アダルトサイト断ち”をすることで成人男性なら2ヵ月で回復するという。もし自覚症状がある向き(!)は試してみてはいかがだろうか。
……等々、人間が本来兼ね備えている“ダメさ加減”がいろいろとわかる事例を紹介したが、時には自分のダメさを大目にみながら、焦らず長い人生をやりくりしていくという観点に立ってみてもいいかもしれない。
参考:「Today」、「SBS News」、「Medical Daily」ほか
文=仲田しんじ
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