学業が優秀だったからといって必ずしも経営や起業で成功するわけではないことは世の中を見回してみればすぐに分かることだが、優秀どころかむしろ“凡才”のほうが起業で成句を収めているという。起業家は凡才に学ばなければならないというのだ。
■“凡才”から起業家精神を学ぶ
起業家として成功を収めることと、学生時代の成績はどのような関係があるのだろうか。ある調査では、優秀な学業成績と起業の成功にはほとんど関係がないことが報告されている。むしろ平均以下の学業成績だった者のほうが主流なのである。
一代で独立し成功した起業家を調査した研究で、学生時代の成績のデータも残されている。
●成績がA(優)だった者:21%
●成績がB(良)だった者:41%
●成績がC(可)だった者:29%
●成績がD、Fだった者:7%
成績がBかCだった者が70%を占めていることから、学業の優秀さが起業の成功に結びついているわけではないことがよくわかる。
スモールビジネス経営の専門家、ジェフ・ヘイデン氏によれば、成績がBやCだった者から多くのことが学べるのだと指摘している。“凡才”から学ぶポイントは以下の3つだ。
●補い合える人々を集める能力
学業が優秀だった者はとかく自分の力で物事を成し遂げようとする傾向があるが、凡才はその分野の専門家とのコネクションを作って人を集め、お互いに補完し合いながら物事を進めようとする。
いわばうまく他人の力をあてにすることで、独力ではできないことを成し遂げられるのである。自分が優秀になることも必要だが、優秀な人間と多く繋がっておくことも同じくらい重要なのだ。
●本物の体験をする
起業をしたいと考えた“凡才”の多くはまずは同業種で働いてみるという。一方で優等生はあまりこうしたことはしたがらない。
料理の腕に自信があればレストランを開きたいと考えるかもしれないが、シェフとしての働きと同じくらい給仕の仕事も重要である。したがってまずは給仕として働いてみることで、いろんな気づきがもたらされ有意義な職業体験ができるのだ。そして将来、どんな人材が必要になるのかもよくわかるようになる。
●良き助言者が得られる
優等生は独断先行しがちだが、その一方で“凡才”は先達の見解をよく聞く耳を持っている。真摯に聞く耳を持っているとすれば、多くの人々が将来の“商売敵”になる可能性があったとしても指導をつけてくれるということだ。
しかしながら「Amazon」の共同創設者でありCEOのジェフ・ベゾス氏によれば、こうして先達から得た教えを“金科玉条”にすることがないようにと忠告している。
「最も賢い人々は、彼らがすでに解決したと思っていた問題を再考しながら、常に彼らの理解を見直しています。彼らは新しい視点、新しい情報、新しいアイデア、矛盾点、そして彼ら自身の考え方への見直しについて常に開かれています」(ジェフ・ベゾス氏)
大切なのは学び続けることで、いったんは成功を収めても“絶対”はないことを肝に銘じたいものである。
■信仰と起業家精神の関係
成功する起業に学業の成績はあまり関係ないどころか、むしろ“凡才”のほうがチャンスが広がっている可能性が指摘されているのだが、気になる最近の研究で起業家になりそうもない人物の特徴が指摘されている。それは「繁栄の福音」を信じる敬虔なクリスチャンだ。いったいどういうことなのか。
一般的に宗教の教義では“お金儲け”はあまり肯定的にとらえられていないケースが多そうだ。キリスト教には繁栄の福音(prosperity gospel)という言葉があり、神の教えに忠実に従っている限りにおいて、信者は経済的に困窮することはないという“信念”がある。
米・ベイラー大学の研究チームが2019年4月に「Journal for the Scientific Study of Religion」で発表した研究では、繁栄の福音という信念と起業家精神の関係を検証している。
アメリカの1022人の働く成人を対象とした研究で、変化への開放性と野心などの自己啓発に関係する価値観が、チャンスの認識とリスクテイキングに関連しており、それが起業活動に関連していることが突き止められた。つまり変化を受け入れ、野心的で、機を見るに敏で、リスクを取れる性格特性を持つ者は、企業家になりやすいということになる。
しかし一方で繁栄の福音の信念は起業活動とはネガティブな関係があることが判明した。たとえば「神は信仰のうちに生きる人々の経済的成功を約束する」という文言に同意する者は、繁栄の福音を拒む人々と比べて起業する可能性は低いのである。
信仰の道に生きれば神に守られて経済的に困ることはないという“信念”は起業家精神と真っ向から対立していることになる。これまでの研究で、女性に起業家精神を持つ割合が低いことが報告されているのだが、今回の研究では繁栄の福音の信念を持つ者は性別に関係なく起業家精神が低いという興味深い点も明らかになった。
かつての社会学者、マックス・ウェーバーによる『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』ではプロテスタントと資本主義の相性が良いことが指摘されたのだが、労働には向いているものの起業には向いていないということになるのかもしれない。
■起業家の疲労回復に効果的な“マインドフルネス”
いずれにしてもいったん起業したからにはほとんどの場合、スタートアップから当分の間は忙しく動かなければならないのだろう。そこで問題になってくるのが、ストレスや睡眠不足などによる肉体的消耗である。最新の研究ではマインドフルネス(瞑想)の習慣によって、短時間で起業家の疲労を回復できることが報告されている。
米・オレゴン州立大学の研究チームが2019年1月に「Journal of Business Venturing」で発表した研究では、睡眠とマインドフルネスが、ストレスの多い起業家の疲労を緩和することを示している。
実験では105人のアメリカ人起業家を対象に疲労の度合い、マインドフルネスの習慣、睡眠状況についての詳細な調査を行なった。40%以上の起業家は週に50時間以上働いていて、平均睡眠時間は1日6時間以下であった。つまり現在の生活を続けていれば疲労が蓄積していく状況にあるのだ。
一方で長い睡眠時間を確保し、高いレベルのマインドフルネスの実践を行なっている者は、疲労の度合いが著しく低いことも突き止められた。
2つめの調査では、調査対象の起業家を329人にまで増やし、同じく自覚している疲労感、マインドフルネスの習慣、睡眠状況についての調査を行なったのだが、ここでもマインドフルネスの実践は疲労に対処できることが示された。
研究チームは1日10分間のマインドフルネスで睡眠時間を44分間伸ばしたことに匹敵する疲労軽減の効果があることを指摘している。
しかしひとつ注意したいのは、じゅうぶんな睡眠時間を確保しているのに疲労感が抜けないという場合は、マインドフルネスの効力が期待できないという点である。そうしてケースでは疲労感の原因は他にあり、別の対策が必要となる。ともあれ、ややもすれば起業家は長距離の道を短距離走の走りでダッシュしてしまいがちだが、起業家であるからこそ疲れを次の日に残さない生活が求められているのだろう。
参考:「Gusto」、「Wiley Online Library」、「Journal of Business Venturing」ほか
文=仲田しんじ
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