サラリーマン生活を離れて独立起業を決意するに際してはさまざまな理由があるのだろうが、総じて明るい未来を思い描き前向きな気持ちで決断するのかもしれない。しかし楽観的な気持ちで起業することには無視できないリスクがあることを最近の研究が指摘している。
■楽観主義者の独立起業に高いリスク
イギリスの調査では2016年に国内で41万4000もの新たなビジネスが立ち上がったが、年内のうちに32万8000が撤退したということだ。実に8割近くのスタートアップが1年も持たずに廃業しているのだ。また別の調査ではイギリス国内で創設から5年間営業が継続できる事業はたったの15%であるという。初年度を持ちこたえられれば営業継続の確率は高まるものの、それでも徐々に姿を消していることに違いはない。
失敗をしようと思って独立企業をする者はいないだろうが(!?)、それでもこの“成功率”の低さはいったいどこからくるのか。それは安易な“楽観主義”にあることが最近の研究で報告されている。
英・バース大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、カーディフ大学の合同研究チームが2018年9月に「European Economic Review」で発表した研究では、16歳から65歳のビジネスパーソン600人を18年間追跡した調査を分析して、起業における楽観主義のリスクを指摘している。
もちろん起業家には“失敗を恐れない”気持ちも必要とされているのだろうが、それでも多くの起業家は自らの成功を過大評価し、失敗を過小評価することで残念な結末を迎えている。その一方で現実主義者と悲観主義者は起業の“成功率”が高いという。
収益についても大きな差があり、楽観の度合いが平均以上の経営者の収益は、平均以下の経営者よりも約30%も低いという。楽観している場合ではないのである。
それでも世の中では一般的に楽観主義は蔓延しているのは事実で、国民の8割は程度の高い楽観主義者であるという。楽観主義は野心の強さと粘り強さ、そして他者との協調性を高め、パフォーマンスを向上させるという多くのポジティブな側面を持つ。しかし皮肉にも楽観主義は希望的観測による誤った選択を行いやすく、失敗へと繋がりやすい傾向があるということだ。
そもそも悲観主義者はあまり独立起業を選択しないのかもしれないが、楽観主義者よりは経営者に向いていることにもなる。
先進各国のビジネスシーンでは独立起業が奨励されている空気もあるのだが、楽観主義者による安易な起業によって本来必要のない“不幸”を数多く生み出している実態があるのかもしれない。そして廃業が増えれば国の税収も目減りするだろう。
後先考えないがむしゃらな熱意で“成功”を収める起業家も少なくないのだろうが、それでもこうしたデータからすれば独立起業では感情を排した現実的な“眼力”が求められているようだ。
■成功した経営者の起業時の平均年齢は45歳
ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブス、マーク・ザッカーバーグなど、成功した起業家はご存知のように大学を中退するなどして二十歳そこそこの若さで起業している。
彼らのように若いうちに起業しないと大きな成功は望めないようにも思えてしまうのだが、実態はそうでないことを最近の研究が報告している。彼ら若い起業家のほうがレアケースなのだ。
米・マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院の研究チームは米国内で2007年から2014年の間に起業(自分以外に1人以上の従業員)した270万人もの起業家のプロフィールを調査・分析した。
分析の結果、起業時の平均年齢は41.9歳で、20代での起業はきわめて稀である実態が判明した。それなりの収益をあげる事業では、起業時の平均年齢は45歳とさらに上になった。
研究チームは業界ごとにデータを分けた分析も行なっている。それによれば、ハイテク企業の起業時の平均年齢は43歳、ベンチャー支援企業では42歳、特許関連企業では45歳と、こうした分野でも起業時の年齢は40代前半から半ばであった。
「我々の主な発見は、成功した起業家は若者ではなく中年であるということです。20代前半の創業者は業績を上げたり、トップ1000社に入る成長企業を作る可能性が最も低いです」と研究チームは言及している。
フェイスブックを19歳の時にスタートさせたマーク・ザッカーバーグや、マイクロブログサービス「Tumblr」を20歳の時に創業したデイヴィッド・カープなどの若い創業者は目立つものだが、実はきわめて稀な存在であったことになる。業種にもよるとは思うが現在の仕事に特に問題がないようであれば、独立起業は決して急がなくてもいいのかも知れない。
■ネコと起業家精神との奇妙な関係
起業家に関する話題として興味深いのは、ネコと起業家精神との奇妙な関係である。ひょっとすると愛猫家に起業家が多いのかもしれないのだ。
米・コロラド大学をはじめとする合同研究チームが2018年7月に学術誌「Proceedings of The Royal Society B」で発表した研究では、ネコに寄生する原生生物であるトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)と人間の起業家精神の関係を探っている。
トキソプラズマはメジャーな寄生虫で、一説には世界人口の3分の1、約20億人が感染しているいとも言われている。感染すればトキソプラズマ症を引き起こすのだが、人間の場合はたいていは免疫系に抑え込まれてごく軽い症状しか発現しない。それでも妊娠期間中に感染すると胎児へのリスクが懸念される。
これまでの研究で、トキソプラズマに感染したネズミは恐怖心が薄まり、ネコを恐れなくなることから捕食されやすくなることが報告されている。こうした“戦略”によって、トキソプラズマはまんまとネコに寄生するのだ。
ではトキソプラズマに感染した人間は、ネズミと同じようにあまり恐怖心を感じなくなるのだろうか。特に経済活動においてリスクを取る行動が躊躇なく可能になるのだろうか。
研究チームは1495人の大学生の唾液テストを行い、トキソプラズマ感染の有無を調べた。するとトキソプラズマ陽性の学生の40%以上が経営学を専攻しており、さらにその中の70%以上の学生が“マネジメントと起業家精神”を学業のテーマにしていたのである。
さらに起業家セミナーに参加した200人に対しても同様の唾液テストを行なったところ、トキソプラズマに陽性だった者は、陰性の者よりも2倍、その後実際に起業していたことが明らかになった。
また42ヵ国のトキソプラズマ陽性率を探った調査では、やはり陽性率の高い国では起業が活発で、逆に陰性率が高い国では“失敗への恐れ”が強く独立起業が少ない傾向も浮き彫りになった。
トキソプラズマ感染と起業家精神についての因果関係はまだ証明されてはいないのだが、自由気ままに人生(猫生)を謳歌しているネコを飼っている人は、知らず知らずに独立心が芽生えてくるのかもしれない!?
参考:「University of Bath」、「MIT Sloan School of Management」、「The Royal Society」ほか
文=仲田しんじ
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