一人焼肉や一人カラオケなど“おひとりさま”の楽しみが注目されている。“おひとりさま”がどれほど楽しいのかを探った研究も最近発表されているのだ。
■思っていたよりも楽しい“おひとりさま”体験
“おひとりさま”市場の拡大は日本だけでなく、海外でも無視できないトレンドになっているようだ。2015年8月に「Journal of Consumer Research」に掲載された研究では、“おひとりさま”がどれくらい楽しい体験になっているのかを探った実験が報告されている。
実験では、アートギャラリーの近くでこれから入場しようとする人を引き止め、今から観賞するアート体験がどのくらい楽しいものになるのかを予測してもらった。引き止めた人数は計86人で、1人で来ていた人もいればグループで来ていた人々もいた。そして彼らが観賞を終えて出てきたところで、実際に観賞を終えてどれくらい楽しい体験であったのかを再び評価してもらったのだ。
集められた回答を分析すると興味深い傾向が浮き彫りになった。1人で来ていた入場客は、観賞前はそれほど高い期待をしていないものの、観賞後には当初の予測を上回る楽しい体験であったことを報告する傾向があることがわかった。
これとはまったく逆に、グループの来場客は入場前はかなり期待が高かったものの、観賞後は思ったほどではなかったという評価を下しがちであることも判明した。
このことから“おひとりさま”は、これから行なうアクティビティにあまり期待しておらず、それが故に実際の体験が思ったよりも楽しいものになっていることが指摘されることになった。期待が低い分だけに、相対的に満足感が高くなるということだろう。その意味では“おひとりさま”はじゅうぶんに楽しい活動なのだ。
しかしハードルとなるのは、やはり“おひとりさま”でいることの心理的抵抗感である。別の調査では、かなり多くの人が公共の施設の中で1人でいる状態が異常であり、反社会的であるとさえ感じていることがわかっている。だが一方で、実際に1人でいる人々を見る我々の目には、決して異常な存在として映っているわけではないことも明らかになっているのだ。つまり当人が気にしすぎていることで“おひとりさま”になれないケースが意外に多いということになる。
「思っていたよりも楽しい」という“おひとりさま”体験を、周囲をあまり気にせず、忙しい生活の中での効果的な息抜きとしてエンジョイしてみてもよいのかもしれない。
■一人でいることと孤独は違う
何かとすぐに孤独を感じて周囲に訴える人もいれば、長期間にわたって一人っきりで行動していてもまったく平気な人もいる。冒険家や探検家などの中には何年もまったく他の人間に接することなく単独行動をする者がいたり、人里離れた場所で隠遁生活を送りながら創作活動に勤しむ芸術家なども珍しくはないだろう。一人でいたほうがクリエイティビティと集中力が高まるという研究も報告されている。
一方で高齢化社会を迎え、一人暮らしの高齢者も増えている昨今、孤独が健康に及ぼす悪影響がとりわけ懸念されているようだ。2013年の研究では、孤独がもたらすストレスで致死率が26%上昇するという研究結果が報告されている。物理的な単身生活であればまだしも、家族と死別するなど人間関係の絆が切れた状態、いわゆる社会的孤立に置かれることでさらに健康へのダメージが大きくなるということだ。
だが“一人でいること”と“孤独”は違うものであることを、YouTubeチャンネル「BrainCraft」の動画が解説している。動画のタイトルは「なぜ孤独を感じるのか?(Why Do We Feel Lonely?)」だ。
動画の解説者であるヴァネッサ・ヒル氏によれば、独り身にされて孤独を感じる人と、自分から独り身を選んで孤独を感じる必要がない人の2種類の人がいるということだ。そして孤独を感じ続けることで遺伝子レベルの変化が生じて健康を損なうことになるという。
カリフォルニア大学とシカゴ大学の合同研究チームが2007年に発表した研究では、孤独を訴える人の遺伝子に特有のパターンが発見されている。この遺伝子パターンは免疫細胞に影響を与え、人体の免疫システムの機能低下を招き感染症などに罹りやすくなるという。そして健康状態を悪化させる元凶になるということである。つまり人との交流や社会とのかかわり強く求めているにも関わらず、それがずっとなし得ないでいる状況では遺伝子が変化して健康に悪影響を及ぼすということになる。
ということは、常に孤独を感じている状態が続くことは健康面での大きなリスクになる。物理的に一人暮らしを余儀なくされている場合でも、何らかの手段で孤独を感じ難い状態にすることが求めらているといえるだろう。するとここでも“おひとりさま”をエンジョイすることの重要性が指摘されてくるのかもしれない。またSNSなどを使ったネット上のコミュケーションにも解決の糸口が隠されているように思える。
■天涯孤独になる“孤独遺伝子”が存在する?
たまには“おひとりさま”の楽しみを満喫するなどして、なるべく孤独を感じない生活を心がけたいものだが、残念というべきなのか、生涯を通して孤独感を払拭できない人々が決して少なくない割合で存在していることが最新の研究で指摘されている。そうした人々にはいわば“孤独遺伝子”を持って生まれているというのだ。
2016年9月に学術誌「Neuropsychopharmacology」(オンライン版)に掲載されたカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究チームの発表は、人々が抱く孤独感は遺伝的特性であり生涯にわたって長く続くものであることを示唆している。
アメリカの50歳以上の1万670人を対象に孤独や健康に関する詳細な質問に回答してもらいビッグデータが収集された。質問の内容は例えば、「人的交流がないと感じる頻度は?」、「自分が仲間外れにされていると感じる頻度は?」、「他者から孤立していると感じる頻度は?」といったようなものである。質問に答えてもらう一方、各人の属性や生活実態に関する情報も集められた。
収集したビッグデータを分析した結果、生涯にわたって孤独を感じているグループのうちの14~27%が遺伝的要因で孤独感に苛まれている可能性がきわめて高くなったのだ。
同じような家族構成、友人知人の数など、似たような環境で生活している者の間でも、孤独感を感じるか否かには大きなバラつきがあるため、結局のところ遺伝的な要因としてしか説明できないということのようである。また“孤独遺伝子”は統合失調症や双極性障害、うつ病の発症リスクをわずかに高めている可能性も言及されている。
しかしながら遺伝的要因が及んでいると考えられるのはあくまでも14~27%で、残る4分の3は後天的な要因であることから、これからさらに研究を深めていかなければならないようだ。独り身にとっては何かと寂しい思いをする時期などもあるが、あまり気にすることなくマイペースで過ごしたいものである。
参考:「The Atlantic」、「Medical Daily」、「UC San Diego」ほか
文=仲田しんじ
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