美の基準はその地域の文化によってかなり異なるものだが、昨今の気候変動によってキリリとした“北国の美男子”の劣化が進んでいるというのだが……。
■温暖化で北国のオスの小鳥がブサイクに?
シニア層を中心にバードウォッチングの人気が再燃しているというが、確かにカラフルで美しい野鳥の姿を発見して観察できた時の嬉しさは格別なものかもしれない。だが最近、北国の小鳥のオスが、それまでの精悍な容姿を失いつつあるという。いったいどういうことなのか。
スウェーデンの南、バルト海に浮かぶゴットランド島で30年もの間、野鳥を観察しているチームが、島に生息する小鳥の姿に変化が起っていることに気づいた。スズメ科の小鳥であるタイランチョウ(flycatcher)のオスの体表の模様がここ最近で変ってきていることがわかったのだ。
オスのタイランチョウは繁殖シーズンを迎えると頭部に大きな白いマークがクッキリと浮かび上がり、周囲のメスたちにアピールする習性がある。このマークの大きさと鮮明さがオスとしての優秀さをあらわし、不明瞭で小さいマークのオスは“敗者”となって最悪の場合は子孫を残せないという、種としての適者生存の社会が築かれていた。
しかしこの彼らの習性に、最近変化があらわれてきたという。繁殖期を迎えても白いマークが目立たないオスが増えてきたというのだ。
スウェーデン・ワプサラ大学の研究チームが生物学誌「Nature Ecology & Evolution」で発表した研究によれば、小鳥たちのこの外観の変化はグローバルな気候変動による温暖化が原因であるということだ。
地域の温暖化により、小鳥たちの天敵の活動状況も変化している。クッキリとした大きな白いマークは、天敵に発見されやすく当然狙われるリスクも高くなる。この30年あまりの間に、春先の繁殖期シーズンの気温が平均で1.5度上昇しており、天敵の行動がそれまでよりも長い期間で活発になった。そのためタイランチョウのオスたちはその性的魅力の象徴であったマークを目立たせなくする選択を種として選んだと考えられるのだ。マークのクッキリしたオスと、目立たないオスの個体数の逆転が起きたのは1990年代半ばのことであるという。その後も今日まで残念ながら(!?)“美男子”は減り続けているということだ。
研究チームはこの現象を“劇的な退行”とネガティブに表現しているが、その一方でこの後また別の模様を生じさせる可能性が残されており、新たな評価基準による“美人(美男)コンテスト”がはじまることも考えられるという。ひょっとすると天敵に見つからない迷彩柄(!?)の個体が美しいとされる時代がくるのだろうか!?
■温暖化でサンショウウオが小型化している
気候変動による温暖化は地球上ののほぼすべての生態系に影響を及ぼしており、一部では遺伝子レベルの変化を招いているというから驚きだ。
オーストラリア・クイーンズランド大学をはじめとする合同研究チームが2016年に科学誌「Science」で発表した研究によれば、地球規模の温暖化によって動植物の生態系の幅広い領域で変化が起っているという。これは人間が引き起こした生物界の“進化”であり、この流れを科学者たちは放置できないものであることを指摘している。
研究チームによれば気温の極端化傾向が、多くの動植物種に進化的適応を促し、姿形の変化はもちろん遺伝子レベルの変化をも生じさせているという。具体的には高温耐性の獲得や、同一種内における雌雄の比率の変化、ボディサイズの小型化などの変化である。
陸上と海洋のの主要な生態系の82%が気候変動の影響を受けているということだ。そしてこれはこの数十年間、誰も予想していなかった事態である。
例えば、アメリカ東部のアパラチア山脈に生息するサンショウウオの一種であるウッドランドサラマンダーは、この50年で平均8%小型化しているという。小型化することで温暖化の中にあって体温の上昇を食い止めていると説明されている。
「気候変動がもたらすさまざまなレベルでの生態系への影響は、我々人間にも及んできます。例えば感染症の蔓延、農作物収穫量の不安定化、漁獲量の減少など、我々の“食”に対する大きな脅威になっています」と研究チームの一員であるトム・ブリッジ博士は語る。
2015年12月採択された気候変動に関する国際的な取り決めである「パリ協定」は、産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑え、平均気温上昇を1.5度未満にすることを目指すというものだ。しかし多くの専門家からは、この協定の目標は低すぎて、そもそも協定を結ぶのが遅きに失していると批判している。
「将来への懸念などというレベルの話ではありません。我々が今すぐさま二酸化炭素排出量の削減をしなければ、地球上のすべての生態系が根本から変ってしまうでしょう」と今回の研究のリーダーであるジェイムス・ワトソン准教授は警鐘を鳴らす。地球温暖化対策は待ったなしという状況なのだ。
■2050年に海産物業の市場規模は現在の9割に縮小
昨今、海産物産業は市場と消費層の変化や密漁による乱獲など、さまざまな問題に直面しているが、海水温上昇による漁獲量の減少も徐々に深刻化している。特に世界でも有数の海産物消費国である日本にとってみれば、海水温の上昇は日々の食卓に直接影響を及ぼす問題だ。
2016年9月にカナダ・ブリティッシュコロンビア大学の研究チームが科学誌「Scientific Reports」で発表した研究によれば、このまま温暖化問題を放置すれば世界の水産業に多大な損失をもたらすということだ。損失の金額たるや、2050年の時点で年間100億ドル(約1兆1300億円)にのぼり、地域によっては地元漁業の崩壊へと繋がるものになるという。
「海水温の上昇は(個体数の減少だけでなく)、魚のボディサイズの小型化にも繋がります。これらの海洋の変化によって、海産物が主要な食糧であり産業である世界中の地域が深刻な事態に直面することになります」(研究論文より)
海水温の上昇で高緯度の海域、例えばグリーンランドやアイスランドなどでは漁獲量が増える見込みがある一方、熱帯の海洋(回帰線一帯)では深刻な漁獲量の減少が想定されるということだ。オセアニアの洋上にあるツバルではなんと79%もの漁獲量の減少が見込まれ、同じくキリバスでも70%の減少が予測されるという。これはこの両国の漁業がほぼ壊滅することを意味する。
研究では2種類のシナリオを想定して影響を分析している。現在、世界の海産物業の市場規模は1000億ドル(約11兆3000億円)といわれているが、何も対策を行なわなかった場合は2050年までに海産物産業の漁獲高が10%(約1兆1300億円)失われることが見込まれている。一方、国際社会の努力で海水温上昇を2度未満に抑えこむことができた場合、7%(約8000億円)の損失に留めることができるという。ある意味自然な流れで“魚離れ”が進んでしまう気配も濃厚だ。
地球温暖化は人類の文明に関わる問題でもあるだけに、漁獲量減少の流れを根本的に解決することはできないのかもしれないが、減り方をなるべく緩やかにすることで、その間に画期的な養殖法などが開発される可能性も残されているだろう。2014年にはニホンウナギウナギが絶滅危惧種に指定されたりと、すでに食に関するさまざまな動きが日本人の食生活に影響を及ぼしているが、魚をめぐる事情もまたこれまでと同じ認識では立ち行かなくなりそうだ。
参考:「Nature Ecology & Evolution」、「Science」、「Scientific Reports」ほか
文=仲田しんじ
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