決してギャンブルだけの話ではなく、ビジネスの上でも生活の中においても、リスクを覚悟した選択肢が魅力的に思えるケースがあったことはないだろうか。シビアなビジネスシーンにおいて、リスクをとることは厳に戒むべき軽率な行動であるという認識も根強いのだが、最近はリスクをとることの“効能”と、リスクをとりがちな人(リスクテイカー)の再評価がいくつか見られるようになってきている。
■あなたはリスクテイカー?
リスクをとるか、とらないか――。行動心理学や最近注目を浴びているモチベーション科学などにおいて、ある個人にそのどちらの傾向があるのかは、その人物の社会的ポジションとそれに起因する「世界観」の問題であるという認識がこれまで一般的であった。つまり現状が好ましくこのまま続いて欲しいと考えている個人はあまりリスクをとることはなく、現状に満足しておらず挑戦を厭わない個人はリスクをとる傾向があるという解釈だ。
したがって、その個人の環境の変化とそれに伴う「世界観」の変化で、リスクに対する認識も変化し行動も変化することになるが、現時点で自分がどちらのタイプの人間であるのかを把握しておくことは無駄ではないだろう。そこでリスクとる人(リスクテイカー)であるかどうかが簡単にわかるテストがある。その内容はコイントスをすると仮定したシンプルな8つの設問で、イエスかノーかの2択である。
1.表が出れば50ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
2.表が出れば100ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
3.表が出れば150ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
4.表が出れば200ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
5.表が出れば250ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
6.表が出れば300ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
7.表が出れば350ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
8.表が出れば400ドルが貰える。裏が出れば100ドル支払わなくてはならない。あなたはコイントスをするか?(Yes/No)
質問自体は他愛のないもので、表が出たときに貰える金額が50ドルずつ増えていくというものだが、Yes回答の数によってリスクに対する基本的な姿勢が判明するということだ。
●Yesの数が5~6:平均的人物
確率50%の賭けで、失敗した場合の損失よりも成功した時の儲けが1.7倍以上になった条件でリスクをとるのは平均的人物であるということだ。
●Yesの数が7~8:リスクテイカー(リスクをとる傾向のある人物)
失敗した場合の損失よりも成功した時の儲けが1.7倍以下であってもリスクをとるのはリスクテイカーと分類される。
●Yesの数が0~4:リスク嫌い
基本的に持っているお金をなるべく減らしたくないと考えているリスク嫌いである。
テストはいかがだったであろうか。検証してみると、損失と儲けが100ドルずつの“1倍”でコイントスをするのかどうかが、リスクテイカーかそうでないかの分かれ目のようだ。
■チャンスに気づいてリスクをとることで人生が大きく拓ける
ギャンブルや投資のケースでは、当然のことながらリスクをとらないほうが利益を手にする可能性は高い。しかし複雑な人間関係が入り組んだビジネスシーンや、一筋縄ではいかない人生上の判断の場合はどうやらそうとばかりは言えないようなのだ。
自己啓発本の著書を数多く手がけ、セラピストでもあるステイシア・ピアス氏は彼女のクライアントの1人で、15年公務員として働いた後に起業を決意した人物の話を紹介している。
安定した公務員という立場を捨てて起業するか否か、彼がまだ決断に迷っていた時期に相談を受けたステイシアは、彼に対して起業をしたいと思う情熱がどこから来るものなのかを正確に突き止めることを指摘し、起業(彼の場合は都市設計会社)後の現実的な収益プランを入念に組み立てることをアドバイスしたという。シビアなビジネス環境を直視することで、彼は一度きわめてナーバスになり、今回の計画がこれまでの人生で最大のリスクテイキングとなる“大博打”であることを身に染みて実感することになったということだ。
しかしこの現実を直視する過程を経て遂に起業を決断し実行に移した彼は、一年後には予想もしなかった数の仕事を引き受け、公務員時代の6倍もの収益を手にすることになったのだ。彼は幸せを実感し、自身の人生が新たな段階に入ったことをありありと実感することになったのだという。“リスクをとった”末の彼の成功の秘密とはいったいなんなのか? ステイシアはリスクをとることの6つの“効能”を挙げている。
1.リスクをとることは、新たな挑戦とチャンスを切り拓く行動になる。その際に、経営者にとって必須のスキルである人前でのスピーチ能力などを否応なく身につけることになる。
2.リスクをとることはこれまでの領分を超え、新たな活動領域を広げる行為になる。“安全地帯”から抜け出る恐怖も伴うが、これにより生活の幅が広がり、自身の持つ能力が最大限に発揮される。
3.リスクをとることによってクリエイティブな存在になれる。自ら責任をとり言い訳ができない状況に置かされることで、これまで考慮に入れていなかったさまざまな考えに柔軟に検討するようになり、新しい試みを厭わなくなる。
4.自らリスクをとったビジネスは努力に応じた報酬をもたらす。これにより結果に対して前向きになり、自分の仕事が評価を受けていることが実感できる。
5.リスクをとることで自身が本当に望んでいるものが明確になる。そして目標がクリアになることで、仕事に集中して取り組むことができ後悔することもない。
6.リスクをとることに慣れてくることで常識にとらわれない自由な考えが可能になる。同じところに留まっているよりも、新たな挑戦ができる立場に身を置いたほうが大きな見返りを生むことを実感することになる。
以上はもちろん、ステイシア・ピアス氏の心理学の知見とこれまでクライアントを診てきてた経験に基づく見解であるが、彼女は人々にもっと“直感”を信じて大胆な選択肢を選ぶことを奨励している。我々の腹の底の感覚は、これまで分け入ったことのない道の先にある“宝のありか”に勘づいているのだという。もちろん保証はできないことだが、チャンスに気づいてリスクをとることで人生が大きく拓けると彼女は主張している。本当に成功できるのかどうかはひとまず置いておいたとしても、人生を積極的に生きるための指標にはなるのかもしれない。
■リスクテイカーの脳には“高速道路”が張りめぐらされていた!?
“自己啓発”の観点から、時にはあえてリスクをとって主体的に行動することで、人生が好転するきっかけになるという“生き方指南”を紹介したが、つい先日、科学の観点から「リスクテイカーは利発である」という研究が発表されて話題を呼んでいる。
フィンランドのトゥルク大学の研究チームが先頃、ノルウェー産業科学技術研究所(SINTEF)の学術サイトで発表した論文によれば、リスクを覚悟してチャンスを掴み困難な状況を切り抜けている人は、おそらく発達した脳の持ち主であるという見解を述べている。
研究チームは、18歳または19歳の男子学生34人に実験に参加してもらい、脳内の働きを逐次検知できる装置であるfMRI(機能核磁気共鳴断層装置)と、脳内の活動を一目瞭然にするDTI(拡散テンソル画像)を駆使して脳内の動きを分析することで、リスクテイカーとそうでない者の意志決定プロセスを研究した。
1964年に米・デラウェア大学のマーヴィン・ズッカーマン教授によって開発された、ある個人がどの程度リスクを求める傾向にあるのかを示す指標「Sensation-Seeking Scale」に基づいて、この34人の実験参加者はあらかじめ「リスクイカー」と「非リスクテイカー」に分類された。また、本実験に先立つテストですべての参加者には脳機能障害などが一切認めらないことが確認されている。
そしてこの2つのグループの実験参加者それぞれに、車を運転するビデオゲーム(ドライビングシミュレータ)をプレイしてもらったのだ。20個の交通信号があるドライビングコースで交通ルールを守りながら車を走らせ、なるべく短いタイムでフィニッシュすることがゲームの目的である。もちろん信号が赤であれば一時停止しなければならないが、黄色であれば走り抜けることも可能だ(もちろん現実の世界では微妙だが)。しかし黄色信号を走り抜ける場合、左右から来る他の車と衝突する危険がゲームシステムに盛り込まれている。ゲームでは信号待ちの一時停車は3秒、もしほかの車と衝突した場合は6秒のロスタイムとなる。
ゲームはタイム競争であることになっているが、実はフィニッシュのタイムは実験にはあまり関係はない。なるべく早くゴールしようと奮闘する中で、脳の働きをfMRIとDTIを駆使して詳細に分析することが研究の主眼である。具体的にはプレイヤーが現在直面している交通状況の中でアクセルとブレーキをどう判断して“踏んで”(ゲームではボタンを押すことだが)いるのかを分析したのだが、リスクテイカーはどちらを踏むにしても躊躇なく行なう傾向があることがわかった。一方、非リスクテイカーは特にアクセルを踏む前に“ためらい”があり、僅かではありながらもタイムをロスする原因になったという。しかし非リスクテイカーでもブレーキのほうはためらいなく踏むということだ。
2つのグループのこうしたドライビングの違いもさることながら、特に顕著だったのが、MRIで浮き彫りになった脳そのものの構造の違いだ。リスクテイカーの脳は明らかに白質(White matter)が多いという。脳の白質はいわば神経線維の“束”であり、白質が多ければそれだけ脳内の情報伝達が量、速度ともに大きな値となる。リスクを伴う局面でも即断即決するリスクテイカーの脳は、脳内“高速道路”が張りめぐらされていたのだ。
研究チームは当初、リスクを伴う意思決定に慎重に時間をかける非リスクテイカーのほうが、即断即決するリスクテイカーよりも脳の神経組織が複雑に発達していると考えていたのだが、実験はまったく逆の実態を突きつける結果をとなったのだ。「向こう見ずでリスクを厭わない行動を見て、好ましくない常軌を逸した行動パターンであると考えることを、もう我々は止めなくてはなりません」とSINTEFの研究者で行動分析学者のダグフィン・モエ氏は語る。
時には大胆過ぎると思われるリスクテイカーの“動物的な勘”と思われていたものは、実は優れた回路を持った脳が瞬間的に下すハイレベルな判断であったということになる。脳内の白質が多いからリスクテイカーになるのか、リスクを厭わない思考と行動を重ねることで白質が増えるのか、今のところはよくわかっていないようだが、“リスクテイキング”な行動にはこれまで考えられていた以上の秘密が隠されていたようだ。これを機会に、リスクをとることについて少し意識的になってみてはいかがだろうか。もちろんその結果については当然ながら自己責任になるが……。
参考:「Huffpost」、「Medical Daily」ほか
文=仲田しんじ
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