将来のより良い意思決定に繋がる“後悔”のメカニズム

サイエンス

 値下げセールを行なう店と“毎日が特売(エブリデイロープライス)”の店はどちらが有利なのか。小売店が市場競争に勝ち抜くための鍵は消費者に“後悔”させることだという。そしてこの点で値下げセール店のほうが有利であるというのだ。

■値下げセール店は顧客を“後悔”させている?

 アパレル業界ではシーズン終盤にセールを行なう店舗が多い一方、シーズンに関係なく常に割引率が高いアウトレット店やディスカウント店もそれなりに人気だ。店舗の経営戦略としてどちらが優れているのだろうか。

 値下げセール店の消費者は2つの“後悔”を経験させるという。シーズン初旬の定価で購入した商品がセールで安くなっていた時の「高い買い物をしてしまった」という後悔と、今度は逆にセールを待っていたら欲しい服が売り切れてしまった時の「早く買っておけばよかった」という後悔である。この2つの“後悔”が消費者を次の消費行動に駆りたてる“カンフル剤”になっているという。

 値下げセール店はこのように消費者を何かと後悔させているのだが、一方、アウトレット店などのエブリデイロープライス(EDLP)店は消費者にこうした後悔させることは基本的にはない。

 米・カリフォルニア大学リバーサイド校とテキサス大学ダラス校の合同研究チームが2018年9月に「Management Science」で発表した研究では、もし値下げセール店のセール時の同一商品の価格がEDLP店よりも安くなっている場合において、値下げセール店のほうが経営面で有利であることを指摘している。値下げセール店の“後悔マーケティング”が有効に働けば薄利多売の戦略よりも利益が上がるということだ。

 大手百貨店チェーン「JCペニー」が2011年の経営改革でセールを行なわずに一斉に値下げするというEDLP戦略を採用したのだが、これが見事失敗に終わってしまった。値下げセール店がEDLP店に転換することにはきわめて大きなリスクがあることを研究チームもまた忠告している。

 しかしながらセール時は利益を度外視した値付けが必要になることは言うまでもない。また複数の値下げセール店の競争が激しい市場では、新規参入するEDLP店にアドバンテージが生まれる可能性が高くなるということだ。

“後悔マーケティング”は多くの場合で有効だが、度が過ぎれば消費者に飽きられてしまうこともあり得る。あくまでも具体的に市場を分析することがやはり重要なのだろう。

■ギャンブラーの脳は“後悔”ばかりしている?

 消費者を後悔させる“後悔マーケティング”が有効であることが指摘されているのだが、実際に人が後悔しているときの脳活動が研究されている。脳科学的に後悔とは、前回下した判断を思い返して反省することであるという。

 人間の脳の眼窩前頭皮質(orbitofrontal cortex)の活動は物事の評価と選択、後悔、リスクテイキングに関係があるとされ、いずれも未来の意思決定をより良いものにするための脳活動であることが示唆されている。

 米・カリフォルニア大学バークレー校の研究チームが2018年の9月に「Current Biology」で発表した研究では、実験参加者の眼窩前頭皮質の活動をモニターした状態で単純なギャンブルを行なってもらう実験を行なっている。

 収集した脳活動のデータを分析したところ、ギャンブルで賭けを決めた時点と結果が出た時点で、勝っても負けても眼窩前頭皮質の同じ部分の活動が活発になっていることが明らかになった。この部分は“後悔”している時に活動が活発になるといわれている。ということはギャンブル中は常に後悔ばかりしていることになるのだ。

 負けた時に後悔するのは理解できるが、研究チームによれば勝った時はなぜもっと大きく賭けなかったのかを悔やんでいるということだ。したがってギャンブル中には後悔してばかりいるのである。

 そしてこの後悔の念がどこからくるのかを探ると、前回の賭けを思い出してどうして負けたのか、あるいはどうしてもっと多く賭けなかったのかといった反省からきていることを研究チームは突き止めている。

「眼窩前頭皮質でコード化された最も一般的な情報は、前回の意思決定で経験した後悔であったことが判明しました」と研究チームのイグナチオ・サエス助教授は語る。

 つまり後悔という感情は前回の意思決定を振り返って反省することで生まれ、これが次のより良い意思決定に繋がっていると考えられるのだ。

 どうも後悔することが多いと感じている向きもあるだろうが、後悔が次のより良い判断に繋がっているとすればまったく悲観することはなさそうでむしろ望ましいことなのかもしれない。

■人生最大の後悔を解消するためには

 経験から多くを学ぶという意味では後悔することはむしろ良いことであることが指摘されているのだが、それでも人生の上での後悔はことあるごとに我々を悩ますものになるだろう。

 米・コーネル大学の研究チームが2018年4月に「Emotion」で発表した研究によれば、我々の4分の3は自分の夢や理想を遂げられなかったことを後悔しているという。義務や責任を果たせなかった後悔よりも、夢や理想を諦めたことのほうが大きな後悔になっている人が多いということになる。

 研究チームは数百人のオンライン回答者を対象に6つの調査を行ない、実際の自分、理想の自分、そうであらねばならない自分についての認識がどのようなものであるのか、そしてこれまでの人生で一番後悔しているのはどんなことであるのか、それぞれの回答を収集して分析した。

 分析の結果、76%もの回答者が理想の自分になれなかったことが最大の後悔であると認識していることが明らかになった。これは2013年に終末期医療看護師が編纂した死期が近い人々の“後悔”に準ずる結果でもあるということだ。実に多くの人々が、これまでの人生で果たせなかった夢や理想に後悔の念を抱き続けているのである。

 人生の上でそれぞれに与えられた義務や責任を果たすことも重要だが、それは労力を惜しまなければ果たせるものであるからこそ与えられたものだ。しかし夢や理想の追求には継続的な努力が必要となり、諦めざるを得なかった場合などは確かに禍根を残すことになるだろう。

 しかし研究チームによればこうした後悔は実に簡単に解消できるという。それは単純に再びはじめてみることだ。語学習得でも楽器演奏でもいつからはじめても遅いということはないのだ。思い立ったが吉日ということで、いままで諦めていたことに今から再び挑戦してみてもよいのかもしれない。

参考:「University of California,Riverside」、「University of California Berkeley」、「Cornell Chronicle」ほか

文=仲田しんじ

コメント

タイトルとURLをコピーしました