容姿の美しさや可愛さ、格好良さをほめられれば基本的には悪い気はしないと思うが、事はそう単純な話ではないらしい。外見をほめられると計算能力が低下するというのである。
■容姿をほめられると計算能力が低下する!?
そういう身になったことがないからわからないが、美しい女性であれば何かにつけて男性陣から「お美しい」とほめられる生活を送っているのかもしれない。こうして人から容姿を頻繁にほめられることで、当人のメンタルに何らかの影響が及ぶのだろうか。最近の研究ではなんと、異性の他者から外見をほめられると算数が苦手になるというから興味深い。
イスラエル・テルアビブ大学とドイツ・オスナブリュック大学の合同研究チームが2018年3月に心理学系ジャーナル「Psychology of Women Quarterly」で発表した研究では、実験参加者の大学生に異性の面接官による面接を受けてから算数のテストに挑んでもらう実験が行なわれている。
最初の実験では女子大生88人、2番目の実験では女子大生73人に加えて男子大生75人が参加したのだか、どちらの実験においても異性の面接官に容姿をほめられた学生は本来の実力よりも算数のテストが低くなることが明らかになったのだ。容姿以外の要素をほめられた者や、一切ほめられることのなかった学生は算数テストの成績が下がることはなかった。
なぜ容姿、外見をほめられると計算能力が落ちてしまうのかについては今後の研究課題になるのだが、研究チームは他者から容姿をほめられることで、自己客観化(self-objectification)が起きるからではないかと説明している。
他者に容姿をほめられることで自分の容姿に対して意識的になり、また他者からどう見られているのかも常に気になり、こうしたことに脳の認知機能の一部が使われてしまっているのだ。つまり“我が身を忘れて”全身全霊でテストに挑むことができないのである。そして算数テストのみならず、あらゆる知的な課題において同様のことが起り得る。
多くの文化で、女性は男性に比べて容姿についてのジャッジを受けることが多いが、能力をいかんなく発揮するという点においては、美しい女性は著しく不利な立場にあるということにもなる。容姿をほめることでこうした影響があることを、特に教育界や世の親たちに深く理解されることが求められているといえるだろう。容姿端麗な人物にはその周囲に思わぬ落し穴があったのだ。
■“SNS映え”で美容整形手術を受ける若者が増加
SNS全盛の時代を迎えてネット上では自撮り写真(セルフィー)が氾濫する事態を迎えているが、この自撮り写真にも思わぬ落し穴が待ち構えているようだ。スマホの自撮り撮影のせいで一部の人々には抗し難い美容整形への誘惑に駆られてしまっているのだ。いったいどういうことなのか?
形成外科医であるボリス・パスコーバー氏は、最近になって鼻を小さくしたいという希望を抱いて美容整形外科を訪れる若者が増えていることを報告している。鼻を小さくするというリクエストは今までなかったトレンドなのだが、これには自撮り写真の急増と関係があることが判明したのだ。
「ヤングアダルトは常にSNSに投稿するためにセルフィーを撮っていて、その画像がどのような印象を与えるのかとても気にしていることで、本人のメンタルに何らかの影響を与えている可能性があります。セルフィー撮影は本質的に歪んだ鏡を覗き込む行為であることに気づいてもらいたいのです」(ボリス・パスコーバー氏)
至近距離から撮影することが多い自撮り写真では、レンズの構造上ある意味当然なのだが顔がワイドに膨らんでしまうことをパスコーバー氏は指摘している。特に顔の中心にある鼻が、自撮り写真では大きくなってしまうのだ。まさに“歪んだ鏡”に映った顔である。
ラトガース・ニュージャージー医科大学とスタンフォード大学の合同研究チームが発表した研究では、1.5m離れて撮影した写真と比較して、30cm(12インチ)の距離から撮影した自撮り写真は、鼻全体が30%も横に広がり、同じく鼻先が7%横に広がることが報告されている。そして自撮り写真の鼻が大きく見える現象を“セルフィー効果”と名づけている。
そしてこのセルフィー効果に逆らって“SNS映え”を高めたいと望む若者たちは鼻を小さくする美容整形手術を受ける誘惑に駆られ、実際に手術に踏み切る者も少なくないということだ。今や美容整形手術を受ける理由の55%が“SNS映え”なのである。SNSが普及したがゆえに本来は必要ない整形手術が増えているとすれば困惑するばかりだ。
■外見が及ぼす8つのサイエンス的事実
気軽に撮ったスマホ写真だからといって侮るなかれ、一枚の写真からその人物に備わった実に多くの情報を読み取ることができる。人物の外見が見る者に及ぼす影響は考えられている以上に多いのだ。
1.魅力的な人物は外見のほかにもポジティブな要素を多く持つ
魅力的な外見の人物はやはりビジュアル以上の好印象を与えている。これは“ハロー効果”と名づけられ、容姿の優れた人物は知性や能力も高い印象を与えていることが各種の研究から確かめられている。
2.パーソナリティーをきわめて反映している
上記の“ハロー効果”はあくまでも印象レベルの話なのだが、実際に一枚の人物写真で数多くの性格特性が把握できる。2009年の米テキサス大学の研究では、実験に参加した学生たちは写真の人物の外向性、自信の度合い、信仰度、社交性、誠実性をかなり正確に言い当てられたことが報告されている。
3.人々は顔の構造から攻撃性を見極めている
いわゆる“強そう”で“恐そう”な顔に敏感なのは危険を回避するための本能的な反応といえる。実際にこれまでの研究で、代表的な男性ホルモンであるテストステロンの値が高い人物ほど顔が横に広くガッチリしたアゴを持つ傾向が高いことが判明している。そして人々はこうした構造の顔の人物は攻撃性が高く上昇志向のある性格特性の持ち主であると見なし、ある意味で“危険視”していることもわかっている。
4.友好度、信頼度、腕っ節の強さを表情で判断している
上記の話にも繋がるが、人々は人物の表情から友好度、信頼度、腕っ節の強さを判断していることが2015年の研究で確かめられている。笑顔などの幸せそうな表情の人物は友好度と信頼度が高く評価され、やはり横に幅広い顔からは腕っ節が強い印象を受けていることが報告されている。
5.信頼性に欠ける顔は“犯罪者顔”
“犯罪者顔”が実際にあることもわかっている。2012年のイスラエルの研究では警察の逮捕者写真(マグショット)を使って写真の人物の性格特性を評価する実験が行なわれ、信頼性が低い顔がいわゆる“犯罪者顔”であることが突き止められた。
6.目で健康状態がわかる
写真の人物の健康状態は目で判断されている。目の充血やまぶたの腫れ具合など、人々は目から健康状態を正確に判断していることがこれまでの実験で報告されている。
7.男性は手から健康リスクがわかる
写真に写った手もまた健康状態の判断材料になる。これまでの研究では、人差し指の長さが薬指と同等以上の男性は前立腺がんのリスクが高まることが報告されている。
8.身長からも健康リスクがわかる
写真からおおよその身長がわかる場合は、背の高さから健康リスクを推測できる。一般的な傾向として背が高い人々は心臓疾患リスクが低くなり、背の低い人々はがんのリスクが低減する。
SNSに投稿した1枚の自撮り写真からもこうして実にさまざまなことがわかる。投稿する前に折に触れて思い返してみてもいいのかもしれない。
参考:「SAGE Journals」、「Mirror」、「Science Alert」ほか
文=仲田しんじ
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