ドッキリさせられた時の常套句のひとつに「心臓によくない」というセリフがあるが、お化け屋敷などのアトラクションを体験するのはやはり「心臓によくない」のだろうか。
■“安全な恐怖”で精神が癒される
お化け屋敷は文字通りあまり心臓によくなさそうだが、もちろん健康であればその限りではない。むしろお化け屋敷などのスリルに溢れるアトラクション体験は、メンタルヘルスに有益であるという意見もある。
社会学者のマーギー・カー氏は、ピッツバーグで自ら「Scare House」というお化け屋敷を運営しているのだが、研究の一環でアトラクション体験者の脳の活動をスキャニング機器を通じて分析している。研究の結果、小規模でコントロール可能な恐怖は我々のメンタルヘルスに有益であるという仮説を導き出しているのだ。
「この研究で我々が発見したものは、恐怖のようなとても(スリリングな)高揚した感情は、不安障害や心配性の人々を手助けできるということです」(マーギー・カー氏)
お化け屋敷に加えて、ジェットコースターなどの物理的にスリリングで強烈なアトラクション体験は、日頃の些細な問題、仕事のうえでの悩みや経済状態について不安などをひと時の間忘れさせ、メンタルヘルスに寄与するという。強烈な恐怖であることがポイントで、ちょっとした恐怖では自己防衛本能が働いて行動にブレーキがかかり逆効果になるということだ。
カー氏が運営するお化け屋敷「Scare House」では科学的な手法でホラー演出を行なっており、効果的に入場者に恐怖を味あわせることができるという。特に低周波サウンドと点滅ライトが効果的に人間の自意識を失わせ、入場者は施設内にいる間、文字通り“我を忘れて”恐怖を味わい日常から離れることで不安や懸念を払拭し、結果的に精神が癒されるのだ。
アメリカでは2015年の10月の1か月だけで2800万人がお化け屋敷を訪れていたという。ハロウィンの季節だからとはいえなぜこうも人工的な恐怖体験が“味をしめる”ものになっているのか? カー氏によれば、恐怖体験を耐え抜いた後には深い達成感と満足感を得て、それが自己肯定感に結びつくという。この思いに“味をしめて”またお化け屋敷に入ったりジェットコースターに乗りたくなったりするということだ。
カー氏はさらにこの恐怖のメカニズムを研究することで精神疾患を恐怖体験で治療する“恐怖療法”の可能性も現実味を帯びてきていると話す。メンタル面でどうにも充実感を得られないという時など、お化け屋敷やスリリングなアトラクションで意識的に“安全な恐怖”を味わってみてもよいかもしれない。
■“怪奇現象”は科学的に説明できる
メンタルの健康のためにも“安全な恐怖”を積極的に活用することを考えてみてもよさそうだが、一方で世界各地には本当に“出る”と噂されるお化け屋敷物件が多く存在している。本当に“出る”とすればこれらの物件やスポットを訪れることは“安全な恐怖”ではなくなってしまうが、進化心理学の見地からはリアルなお化け屋敷の恐怖体験は科学的に説明できるということだ。
鍵を握るのは人類が進化の過程で身につけたといわれる黒幕探知(Agent detection)という心のメカニズムである。“出る”と噂される物件は多くの場合、その外観やロケーションからしていかにも出そうな佇まいであるのだが、生物としての人間の当然のリアクションとして、そういう場所へ入り込めば普段よりも警戒心が働き、身の回りの出来事に敏感になる。
そして物音を聞いたり動く影を見たり、異様な匂いを嗅いだりといった周囲の出来事に、意思を持った“黒幕”の存在を感じ取る傾向があるのだ。具体的には襲いかかろうとしている者や生物の存在で、それらの存在を素早く検知する“黒幕検知”の能力が発達しなければ、人類は今日までサバイバルできなかったといわれている。しかしこの能力があるが故に、お化け屋敷の存在ががまことしやかに語り継がれることになってもいるのだ。
つまり、風が原因で発せられるまったくランダムな物音や、何がが動いた気配やカビ臭い匂いなどが、全体としてひとつの意図を持ったものではないかと“考えすぎて”しまうのである。そして何からの“意思”を感じ、それが幽霊などの心霊現象であると認識されるというわけだ。
そして“出る”場所であると信じ込んでしまうことで、ますます“怪奇現象”は多くなる。何かちょっと奇妙な音を聞いたり、自動車のライトの光が一瞬差し込んできたり、壁のシミの奇怪な模様などの些細なことが、すべて心霊現象に結びつけられてしまうのだ。またやはりロケーションや外観が持つ影響力は甚大で、郊外にある昔の大邸宅などは、見た目そのままに“出る”という先入観を与えてくれる。さらに建物が古ければ古いほど1つや2つはそこで過去に陰惨な出来事があった可能性が増すので、もしあればその言い伝えがますます“出る”という信ぴょう性を高めることになるのだ。
ということは、これら“リアル”お化け屋敷を訪れて恐怖体験を味わうこともたいていは“安全な恐怖”ということになるのだが、それでも古い建物などは経年劣化が進みもろくなっている箇所も多いと思われるため、物理的な危険性は拭い去れないだろう。廃墟趣味でない限りは、やはりアトラクションなどで“安全な恐怖”を楽しんだほうがよさそうだ。
参考:「Quartz」、「The Conversation」ほか
文=仲田しんじ
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